第45話 魔導杖1

 上級生からのレクチャーを受けるという話を聞いてから、厳しすぎる相手だったらどうやって波風を立たせずにしのげるだろうかとか、授業まであと三日か、みたいなことが頭の中でぐるぐると回っていた。

 そういう答えが出なくて嫌なことを延々と考えていると気分が萎えて面倒になって、元々低かったモチベーションが地の底だ。

 さらには、昨日あった学園の終わり挨拶で担任に杖を持ってない方はちゃんと買っておいてくださいと言われたことで、定休日であるのにもかかわらず外に出なければいけなくなったことでより面倒な気持ちが増幅されている。


「そういえば、許可証みたいなやつ持ってなくね」


 校門に近くになってきて、外出するには許可証のようなものが必要であったことを思い出す。


 そもそもどうやってもらうのか知らないんだけど……。

 となると、用務員のような人からどうやって許可証をもらうのかを聞くところから始める感じか。

 ……だりぃ。


「セオドアさん」


 とつぜん名前を呼ばれて振り向くと、フィリス様がいた。


「あ、はい。どうも。……もしかしてフィリス様も校外に?」


「はい。気分転換に外に出ようかと」


「……なら、一緒に出させてもらってもいいですかね。自分、許可証みたいなやつを持っていなくて。もちろん、学園を出たら各々で行動するってことでいいですから」


 渡りに船だと思い、フィリス様にそう提案した。


 校外に出るときは許可証が必要だけど、学園に戻るときは学生証があればよかったはずだから。


「……私の外出許可書を使ったとしても、セオドアさんは校外に出られませんよ。事前に、誰と一緒に校外に出るのかを申請しないといけませんから」


 え?そうなの? ……そりゃそうか。

 申請していない人も外に出ていいってことだったら、何のために許可証があるのか分からないからな。

 ……ああ、面倒くせぇ。


「そうなんですか……。なら、別に――」


「平日ならともかく休日だと外出許可書は必要ありませんよ」


「あ、そうなんですね」


 休日なんて街に出る人も多そうだし、いちいち許可を取ってたら手間がかかってしょうがないもんね。

 

「もしお邪魔でないのであれば、一緒に街を回りませんか。私は特に用事があるわけでもないので、セオドアさんの用事に付き合いますよ」


「え、いやでも……。杖を買いに行くだけなので、自分について来ても楽しいことがあるわけでもないですよ……」


「かまいません。一人ぶらぶらするのはいつでもできますけど、セオドアさんと一緒に街を回る機会はなかなかありませんから。それに、どこのお店がいいかなんかも紹介できますよ」


「あー……、じゃあお願いします」


 そんなこと健気な感じを出されたら断れないだろ……。


 それにしても、休日に雇い主とのお出かけか。 

 可愛い女の子と出かけることを楽しめるような性格なら嬉しい状況なんだろうけど……。


 そんな、幾ばくかの緊張と不安を抱えながら、前にいた用務員のような人がいない校門を出る。

 いつもは考え事をしながら人の後ろについて行くだけだったためどんな店があるかをよく見ていなかったせいか、学園を出てすぐのところで魔法関連の店が立ち並んでいることに今さら気づいた。

 

「これだけいっぱい魔道具のお店があると、どこで買えばいいか迷っちゃいませんか?」


「確かに……。これは案内がないと困りますね」


「そうですよね。私もこれだけ多いと迷っちゃいますから」


「え?店を紹介してくれるんじゃなかったんですか?」


「お店を紹介するとは言いましたけど、私はあまり魔法については詳しくないですから、杖の良し悪しが分からなくて。でも、ここに並んでいる魔道具店に入ったことはありますよ」


 ……じゃあなんで、紹介するなんて言ったんだ、この人。


「すみません。一緒にお出かけをしたくて、セオドアさんの気を引くようなことを言ってしまいました」


 フィリス様は少し背が高い俺に目線を合わせながら、少し頬を赤くして照れたような笑みを浮かべた。


 ……ちょっとあざとすぎない?普通に可愛いすぎて動揺しちゃったんだけど。


「あの店とかどうなんですかね?杖の専門店のように見えますし」


 俺はフィリス様に心を揺さぶられたことを隠すために、話題をお店のものに戻した。


「あそこは……、ちょっと見てみましょうか」


 杖専門だと分かりやすくするためか一メートルぐらいある杖が看板の上に飾ってある店に近づいてみると、ゼロが七つ並ぶ杖が展示されている。


「ここは見ての通り、かなり値が張るところなんですよ」


「確かに、ちょっと厳しいですね」


 貯蓄のことも考えると、あと数年頑張っていろいろやりくりすれば払えなくもないかもしれないがという値段だな。

 フィリス様に勧誘された時ぐらいの給料をもらっていれば今でも買えた可能性はあるけど、手が届くとしても買うかどうかは別の話だしな。

 ちなみにフィリス様に年に一千万で雇いますよと言われたのだが、貰ったら頑張らないわけにはいかないだろうし期待に応えないといけなくなるだろうからと、今は前の世界での新入社員ぐらい給料をもらっている。


「私が杖を買った店に行ってみませんか?もともと杖自体が値の張るものなので安くはありませんが、手が出せる値段でしたよ」


「じゃあ、その店の案内をお願いします」


 こんだけ高い杖だとどんな効果があるんだろと思いちょっと覗いてみたい気持ちもあったが、知っても買えるわけでもないからなとフィリス様について行くことを選択する。


「それにしても、どうして今、杖を買おうと思ったのですか?」


「その、二日後ぐらいに上級生から指導を受ける授業があるじゃないですか。そのためには杖が必要らしくて」


「セオドアさんもその授業を受けるのですね」


「まあ、強制参加ですからね」


「強制参加?私のクラスでは自主性でしたよ」


「え?……クラスによって違うんですかね」


「恐らくですけど、私のクラスメイト達は人から教えを受けることが難しいプライドが高い方が多いですから、任意参加なのかもしれませんね」


 フィリス様のクラスって貴族ばっかりなはずだから、教える上級生の地位が下だと教えてもらう気にならないとかありそうだもんね。

 トラブルを起こされても学園側としては困るだろうし、任意参加にさせたんだろうな。


「セオドアさんはその授業があるから、いい杖に買い替えようと考えたわけですね」


「あ、そういうわけじゃなくて、もともと杖を持ってなかったから買わないといけないんですよ」


「持っていなかったのですか?杖は魔法師の必需品と聞いていたのですが?」


「まあ……。さっきフィリス様が言っていたように、杖ってちょっと高いですから冒険者時代だと手が出せなくて。フィリス様に雇ってもらった時には買えたと思いますけど、周りに魔法師はいないですし、自分は杖を使ってこなかったんで存在自体を忘れてたんですよね」


「なるほど。杖と魔術師はワンセットだと思っていたので、セオドアさんは持っているものだと思っていました」


「お金がなかったので、仕方なくって感じですけどね」


 実は冒険者時代でも安い奴なら買えなくはなかったんだけど、実践レベルの魔法を使えるというだけで目立つから、魔術師の象徴とされている杖を持たなかったのが本当の理由なんだけどね。

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