第23話 人助け

 セオドア、あいつも結局馬鹿の一人だったな。

 あいつと俺は同類だと思っていたが勘違いだったらしい。


「英雄を気取るのは気分がいいのかもしれないが、死んじまったら意味がねえ」


 英雄を気取りはどうでもいいとして、とりあえずはギルドに村のことだけでも伝えるぐらいはやるべきか?いや、ギルドに顔を出さなければ死んだとみなされる可能性があるし、さっさとずらかる方が……。

 どうなっているかぐらいは伝えてやるか。


 じゃあ伝えた後どうするかって話だけど、どっかの国に逃げた方が良さそうだよな。この国の上の連中は腐ってるとよく耳にするが、俺にとっては住み心地の悪くない故郷だから惜しい気持ちはある。

 ただそんなこと言っても、お嬢様が逃げろと命令されたからと弁解したところで、護衛の責務を放棄した俺は停職で済めばまだましという感じだろからな。……帝国にでも行ってみるか?

 大体十年前くらいにいきなり発展して、この国なんかよりもずっと進んでいるって聞いたことがあるし、次の拠点としては悪くなさそうだ。

 念のために、もっとこの国から遠いところってのもありだけど……、そんなことよりもクローディアと鉢合わせた際にどう対応をすべきがを考えるべきか。


「ありのままのことを伝えたら、村まで案内しろって顔を真っ赤にしながら言ってきそうだよな。そうなると逃げる余裕がなくなっちまう」


 めんどくせぇーな……。やっぱり、ギルドに報告なんてしなくてもいいか。


「そこのあんた、ミーゼルに行くつもりか?」


 ぱっぱと逃げちまうかという考えになりつつあったところに、どこかで見覚えがあるような気がする男が話しかけてきた。

 ただ、思い起こそうとしても上手くいかないので、街ですれ違った程度だろうと考えることを諦める。


「ああそうだ」


「ならやめておいた方がいいぞ。街中から魔物が現れて今パニックになってるはずだ」


「それは知っている。ただ、俺には用事があるんでね」


「そうか……。なら仕方ないか」


 男はそう口にして、あの村に続く道へと向かっていく。


「おい、ちょっと待て」


 時間はあまりかけたくないんだがなと思いつつ、何も忠告しないであの地獄に送り込むのは違うかと考え、走り去ろうとしている男を呼び止める。

 男は俺の呼びかけに応じるつもりなのか足を止めた。


「この先にある村に向かうつもりか?」


「ああ、そうだけど」


「ならやめておけ。あの村の方がミーゼルなんかよりも酷いありさまだぞ」

 

「そうなのか。だとしても、ミーゼルに戻るのも……」


「いや、そんなことはない。少なくとも今は、関所やギルドもしっかり避難場所として機能している……」


 待てよ……。なんでこいつは今更ミーゼルから逃げてきているんだ?

 ギルドの対応は少なくとも俺たちがいた半日前からはしているはずだし、関所にいたとしてもわざわざ逃げ出すとは思えない。

 だとしてたら、今までこいつはどこにいたんだ?

 ……やっぱりこいつ、見覚えがあるような。……思い出したぞ!


「お前、半日前にここでミーゼルが危険だからとか言ってたやつか!?」


 どこにでもいそうな見た目だったから忘れていた。

 初めて会った時と同じようなシチュエーションだったおかげで思い出せたが。


「うん?ああ貴方、あの時通った少女と一緒にいた方ですか」


 ……なんだ?

 いきなり言葉遣いが変わったぞ、こいつ。


「ということは認めるんだな。あの時のやつだって」


「ええ」


「なんでそんな意味不明なことをしているんだ?」


「いや、だってあの銀髪少女をミーゼルに通しちゃったら、簡単に魔物を倒しちゃうじゃないですか」


「……何言ってんだ、お前?」

 

「結局ミーゼルの方に行っちゃったみたいなので、意味がなかったようですけど。駄目じゃないですか、あんないたいけな少女を危険な場所に連れて行くなんて。ミーゼルに近づけないようにしないと」


 どこにでもいるような平凡な見た目だが、どうにも言動と雰囲気が不気味すぎる。……魔物を倒されないようにミーゼルに誘導しないようにしたってことは、こいつもしかしてこの魔物を呼び込んだ元凶か?

 だとしたら、どうやったかは知らないが魔物をおびき寄せてこんな騒ぎを起こす奴なんて、逃げられるなら逃げたいが……。

 ただ俺が逆の立場だったら、逃がさないようにするだろうな。だとしたら、仲間や魔物を呼ばれる前に――、


「うるせえ!俺だって、ミーゼルに寄らないように提案はしたんだよ!」


 不気味な男の元まで走りながら腰に差している短剣を引き抜き、首を跳ね飛ばした。


 ……思っていたよりもたいしたことなかったな。


「あ、そうだったんですか」


 やるかやれるかという状況にそぐわない、悠長な調子の声が聞こえてきて、首を飛ばしたはずなのに腕を背中に回してナイフを取った。

 

 は?

 

 俺は何が起きているのか理解できなかった。が、首のない体がナイフで斬りかかってきたので、一歩引く形で避ける。


「だとしても、納得させられるように説得するのが普通ですよね?」


 なんで動いているんだ、どこから喋っているんだ、と口を動かしたが言葉にならない。


「ああ、質問しても返答できないですよね、すみません。このナイフには友人からもらった、強力な麻痺効果のある毒が塗ってあるので、喋れませんよね」


 顔のない体は俺が切り飛ばした顔を左腕で持ち抱えた。

 その持ち上げた顔の口が動いており、その口から日常会話をするかのように語り掛けてくる。

 

 胴と頭が離れてんのに、なんで動いてるんだよ!

 それに麻痺だと!?

 ……確かに喋れねぇし、手も足も動かせねえ。……これはまじぃ!!


「あ、でもちゃんと意識をしっかり保てる優れもので」


 ぁぁぁ!?いてぇ!?


「痛みとかは薄れないようになってるんですよ。ほんといいですよね、これ」


 腹にナイフを刺され、叫びたかったが声にならない。


 なんなんだよこれ!?なんでこうなるんだよ!

 普段はいないはずのB ランクのハイオーガに襲われて死にそうな目に会って、そういう化け物と関わり合いにならないために冒険者を辞めたっていうのに!

 こんな顔を赤らめながら人を刺す変態と対峙しなきゃいけねぇんだよ!!


「次はどうしようかなぁ~。……ああ駄目だ、この方は何も悪いことをしてないから。私に気づいてしまっただけですから。こういうのは良くないです。危ない、危ない。こういう感情はクズにしかぶつけなよいようにしているんですけど、申し訳ありません」


 俺が死ななきゃいけないこと何かしたってのかよ!

 確かにあいつら二人を見捨てたけど、それがそんなに悪いのかよ!

 あんなん、あいつらみたいな人助けに酔っている異常者じゃなきゃ、逃げるだろうが!!

 てかなんで俺はこいつに声を掛けたんだ!あのガキがあんなことしようとしたせいだ、絶対に!そのせいで、人助けなんていう気の迷いが出来ちまったんだ!クソッ!


「ちゃんとひと思いに殺してあげますね」


 クソクソクソ、動け!!


「では、さようなら」


 やめろぉぉぉ!!!


 首を手に持った化け物がナイフを左胸に突きつけてくるのが視界に映る。

 

「……おや、もうそろそろ時間ですかね」


 どこにでもいそうな男はなんてことない様子で胸からナイフを抜き取り、道のない森の方へ向かっていった。


 死にたく……ねぇ……。

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