初恋の味は「若鶏半身揚げ」

イタミノサケ ケサノミタイ

初恋の味は「若鶏半身揚げ」

新千歳空港を降り立つと、5月の中旬だというのに肌寒さを感じる。

20年以上前の新緑の季節、当時女子大学生だった私は飛行機のチケットを握りしめ、恋をした男性に会うため北海道へ飛んだ。


はるばる大阪から北海道・小樽までの旅。

フレンチスリーブのブラウスでは耐えがたく、持参したニットのカーディガンを羽織る。はやる気持ちを押さえるようにカーディガンで胸を押さえ、千歳から電車で小樽駅に向かっていた。



せっかく北海道まで来てくれたのだからと、彼はおいしい店を選んでくれているそうだ。鶏肉が好きだという彼は、私を「なると」へ連れて行ってくれた。


ーこの人、鶏肉が好きなのか。知らなかった。


「なると」の正式な店舗名は「若鳥時代 なると 本店」。大衆食堂のような店構えである。小樽では、かなり有名な店らしい。

グルメ情報に疎かった私は、もう少しおしゃれなお店でご飯を食べたいと思ったが、彼の気持ちを考えると言い出せなかった。数日前のメールで、この日のために『じゃらん』でいろいろ調べておくと彼が言っていたからだ。


お店の名物料理である「若鶏半身揚げ」がテーブルに運ばれてきた。

きつね色に揚げられた鶏肉の半身は、想像していたものより小さかった。なにしろ、ニワトリの大きさが頭によぎっていたので、ものすごく巨大な料理が運ばれてくるのではないか、食べきれるかな、など考えていたから。


「若鶏半身揚げ」は、手羽とモモ肉の部分の関節が「くの字」にキュッと曲がっている。まるで母親の胎内にいる胎児のように見えた。何に見えようが、食欲は不思議とわいてくるものだ。


早速、初恋の彼は、慣れた手つきで「若鶏半身揚げ」を捌いていく。

私は、両手で「若鶏半身揚げ」を持ち上げてかぶりつきながら食べるものだと思っていたから、先に食べ始めなくてよかったと少し恥ずかしくなった。

彼に教えてもらいながら、手羽・モモ・胸などの部位を食べやすく捌く。揚げたてのアツアツなので、「熱っ」「あっつ」と二人で言いながら、肉の付いた骨を関節部分から取り外す。なぜか二人とも楽しくて、ちらちらと目をあわせて、お互い笑い合っていた。

彼の指も私の指も、揚げ油と鶏の脂でテラテラに光っていた。


記憶を辿ると、確かモモ肉から口にしたと思う。そう、初恋の彼が


「ここ、食べてみ。うまいよ。」


と言っていた部分が、モモ肉だったのだ。カリっと香ばしく揚がった鶏皮と、ジューシーでプリンとした肉質は、今まで食べたことのない感覚で驚いた。

しかし、モモ肉特有の筋肉質的な食感や脂身がそれほど好みではない。

むしろ、脂身のないたんぱくなムネ肉を好む私。「若鶏半身揚げ」のムネ肉は、これもまた今まで食べたことのないおいしさ!なんという歯ざわり。なんというやわらかさ!


ーこんなにおいしいムネ肉より、モモ肉の方が好きだなんて。


誰でも食べ物の好みが違うのは当たり前だけれど、初恋の彼のことをあまりよく知らない自分にショックを受けた。


実は、この初恋の彼と二人きりで会うのは、この日が初めてだった。

二人が出会ったのは、私が高校の修学旅行で訪れた北海道のスキー場。インストラクターをしていた彼に、私が一目ぼれをしてしまったのだ。いわゆる「北海道マジック」や「リゾラバ」というものか。

連絡先を教えてもらい、当時はガラケーでメールのやり取りをしていた。



初めて会った日から再会の日まで、半年ほど月日が過ぎている。

この半年間は、身を焦がすような恋が続き、胸が痛いほどだった。


半年後の再会は、アツアツの「若鶏半身揚げ」を手で捌いていたひと時にピークを迎える。そして、「若鶏半身揚げ」が冷めていくのと平行して、なぜか私の気持ちも冷めていった。

再会までの間は毎日のようにメールをして、人に言えないような内容で盛り上がっていたのに。この現実を受け入れられない気持ちは何なのだろう。


爆風スランプの「リゾ・ラバ」が私の頭の中で流れていた。

「全部嘘さ そんなもんさ 冬の恋はまぼろし」


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初恋の味は「若鶏半身揚げ」 イタミノサケ ケサノミタイ @omila

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