助けた蛇が恩返しと称していきなり求婚と誘惑してきたんだが
桜味
第1話 大きな白蛇様
その日もため息をつきながら、小さな新聞社勤めの黒尾鷹矢は例の老人のもとへ向かっていた。
「チッ、あのキチ谷が……」
社用車のウィンカー音さえ苛立ちを加速する音源となる。タバコを吹かしたい衝動を無理やり抑え、黒尾はアクセルを踏んだ。
今日の朝。市内に住む鬼谷という老人が「うちの山に大きな白蛇が出た」という眉唾な情報を黒尾の勤める新聞社へ入れた。
この鬼谷という老人はかなりの変わり者であった。鬼の子孫を自称し、今までも「河童が出た」「天狗が出た」などと新聞社や近隣民へ騒ぎ立てては疎まれている厄介な人物だった。
そんな彼を、黒尾は侮蔑の意を込めて「キチ谷」と呼んでいた。
(はあ、ツイてねえ……やっと転職できたとおもったら、あの痴呆じじいの介護を押し付けられるとか、ほんとツイてねえ)
一年前、黒尾は都心の大手新聞社から、逃げるようにしてこの地へやって来た。
大学時代に民俗学を専攻していた黒尾は、故郷のI県で開催される国民体育大会に合わせ、その地へ伝わる民俗伝承を特集する企画を提案した。
しかし、前上司はそれを「田舎のカルト」と一蹴し、逆に民俗活動団体を批判する記事を書くよう命じた。
故郷を侮辱された黒尾は激昂し、上司と衝突した。
その結果、突如過疎化したI県支社への異動を言い渡された。
『お前の地元だろう。貴重な働き手になれよ』
思い出したくもない、前上司の台詞だった。
会社と上司に呆れ果てた黒尾は、異動を拒否し退職を決意した。
何とか地元の小さな新聞社へ再就職を果たしたものの、良くも悪くも片田舎らしさ全開の社風に黒尾はやや辟易していた。
『黒尾君、悪いけどまた鬼谷さんとこ行ってもらっていいかな。一応、取材って名目で。すぐ戻ってきて良いからさ、ね?』
チーフからのお願い、もとい押し付けを思い出す。
鬼谷はこの新聞社とは古くからの付き合いで、昔はよく無駄に広い所有地の取材をさせてもらっていた。その縁もあり、これだけ突飛もない取材の依頼ががあっても無闇に断れないのであった。
(でも自分で選んだこと、地元の新聞社に拾ってもらえるなんてありがたいこと―――なーんて思えるくらい、俺は奴隷根性にはなれねえんだよ)
スレたアラサー男は、上手く行かない人生に一人ぼやくことが多くなっていた。
田んぼ道を進んだ奥。やたら広く大きな家が見えてきた。
その前に立ち、こちらへ大きく手を振る老人―――
「おおーい! おお、またタカっちゃんが来てくれたんだか!!」
「……その呼び方やめてくださいって言ってるでしょう」
鬼谷は老人にしては軽やかすぎる足取りで、車を降りた黒尾にまとわりついた。
「なんでもすげぇんだよ! タカっちゃん!! おらいの山さ出だんだよ!! おおーきな白蛇が!!」
あれは神様の遣いに違ぇねぇ、と鼻の穴を膨らませて喚き立てる老人に黒尾は目眩をこらえた。
黒尾は老人と二人、山道を歩いていた。この新聞社へ入社して早一年、幾度この山道を歩かされただろう。嫌でも道を覚えてしまった。
「今度こそ大当たりだ! タカっちゃん大出世だな!! なんせあの白蛇様だもの、神様の遣いだよほんに!」
独特のイントネーションで訛る声が鼓膜をすり抜ける。今度こそ当たりだ、という台詞はもはやお約束だった。
河童や天狗も、もちろん発見できたことはない。しかし、謎の足跡や何の鳥のものか分からない羽根を収集したことはあった。鬼谷はそれを河童の足跡だ、天狗の落とした羽根だと主張し、情報を求める小さな記事にしたことがあった。
それに味をしめたのか、ここ何年も鬼谷は"妖怪"の証明に躍起になっているようだった。
「はあ……それで、どの辺で見たんすかね? その蛇様とやら」
「もうすぐだよ! ほら、あの辺だべさ」
鬼谷は小さな沢を指した。光る苔が密生したそこは、確かに何か不思議なものが住んでいそうに見えた。
「ここで見たんだ。そりゃあ大きくて綺麗な蛇さんだったよ! 写真に収められなかったのが残念でならねえ! でもほら、見てみろ、タカっちゃん」
鬼谷は透明なポリ袋を黒尾へ差し出した。
「……なんすか? これ」
「よぐ見てみろ! 蛇の鱗だよ。それもおおーきくて真っ白な……」
だるそうにそれを受けとり、黒尾は少しだけ目を丸くした。
光沢のある、数センチほどの薄い箔のようなものが袋に入っていた。
確かにこれは、蛇の鱗のように見えた。
「おらいがびっくらこいて、声を上げちまってよお。そしたら白蛇様が驚いて逃げちまったんだ。何か光ってると思って白蛇様がいた所に行ってみたら、こいつが落ちてたんだよお」
興奮して唾を飛ばしながら喋る老人から離れ、黒尾はその鱗のようなものを見つめた。
(なんか、やたら綺麗だな、これ。アクセサリーにしたら売れそうなくらいだ)
「こいつあ白蛇様の鱗にちげえねえ! 昔親父から聞いたが、ここいらには白蛇族っつう神さんの遣いがたくさ棲んでたんだとよお。それを強欲な人間どもが、鱗とその肉欲しさに狩り尽くしちまったんだ。白蛇様はきれーなねーちゃんさ化けて、男を唆して食っちまうって言い伝えもあるが、それは乱獲を正当化したい人間のでっち上げだと俺の親父は言うてたがね!」
二人がそれぞれの思いにふけっていると、茂みから葉が揺れる音がした。
「……ん?」
「……おっと、動くなよタカっちゃん。熊か、猪かも知れねえから」
腰からナタを取り出した鬼谷は、物音のした方へゆっくりと向かっていった。
「いや、キチ―――鬼谷さん、動いたらかえって危ないんじゃ」
「山の男を舐めてもらっちゃあ困るね。この様子だと、そんなに気荒くはなさそうなもんだからな」
意味不明なことを抜かしながら、鬼谷は茂みの奥へと消えていった。
「おいおい、こんな所で一人にされても……いやあの爺さんといるよりましなのか?」
黒尾はしばし考えたが、早く帰社したいため鬼谷がさっさと戻って来るのを待った。
すると―――。
「きゃああああっ! 誰かっ、助けて!」
老人が消えていった方向から、やけに甲高い悲鳴が聞こえた。
「なっ、まさか爺さんか!?」
黒尾は茂みを掻き分けてその方向へ走った。自分の身長近くまで生い茂った草木が、思った以上に進行を阻んだ。
「くそっ、なんだこれ」
近くにあった木の棒で草木を払いながら、やっとのことで茂みの向こう側へたどり着く。
目に飛び込んできた光景に、黒尾は目が飛び出そうになった。
「たすけてっ……!」
「うー……うー……しろへび、さま……」
人間のような上半身から、白い蛇の尻尾が生えた生き物が、鬼谷に押し倒されてもがいていた。
「………っ、お、おい爺さん!! 一体何やってんだよ!!」
情報量の多さに数秒間石化していた黒尾は我に返り、気色悪くしがみつく老人を引き剥がそうとした。
「うっ………!」
その生き物へ近づいた瞬間、今まで嗅いだことのない香りが鼻をかすめた。
この世のどんな香水にも替えがたい、淫靡で独特すぎるその香り。
彼はむせかえりそうになった。 一気に噴き出る汗が首筋を滴っていった。
老人の振り上げた腕が顔面を直撃し、黒尾は再び我に返った。
「いでっ……! おい、鬼谷さん、あんた何やってんだよ! いい加減にしろ!」
力ずくで鬼谷をその生き物から引き剥がす。すると鬼谷は勢い余って近くの木へ激突した。
「ぐげっ! うぅ〜……ん……」
動かなくなった鬼谷に一瞬肝を冷やしたが、「しろへびさまぁ……」と寝言を抜かすそれに、黒尾は胸を撫で下ろした。
「……あの、貴方、人間、ですよね」
そよ風が笑うような声に、彼は振り返った。
(やっぱり、見間違いじゃねぇ……)
人の言葉を話すそれは、人間の上半身から白い蛇の下半身が連なっていた。
普通だったら腰を抜かす所だが、黒尾はその美しさに見惚れるように見つめていた。
「ああ。えっと……あんたは……」
純白の長い髪。青白い肌。吸い込まれそうな濃紺の瞳がこちらを見つめていた。一瞬、しなやかな女性かと思ったが、上半身は人間の男性のそれであった。
「僕は生き長らえただけの、ただの蛇です。貴方たち人間に危害など加えません。だから、どうか殺さないでください……!」
むしろ簡単に人間を殺せそうなその生き物は、怯えた目で黒尾を見上げた。
「分かったよ。あんたが人間に危害を加えないなら、俺はなんもしねぇよ」
「はあ、話が通じそうで良かった……僕、いつもはこの山奥で人間から隠れて暮らしているんですけど、こちらのご老人がさっきいきなり飛び掛かってきて」
「ああ、悪かったな。この爺さんちょっとボケてるらしくて、最近色ボケも始まったみたいだ。悪気はないんだ。許してやってくれないか」
適当なことを言い、 とりあえずこの場を収めようとした。
(変に刺激したら絞め殺されそうだしな……面倒事になる前にじじいをさっさと回収して帰ろう)
「とりあえず、人間界では、この辺はこの爺さんが所有地してる土地らしいんだ。済まんがもっと山奥で暮らした方がいいぞ。またこの色ボケに捕まっちまうからな」
むにゃむにゃ言いながら伸びている鬼谷を小脇に抱え、黒尾は足早に退散しようとした。
「あの」
しゅるり、と地を這い、それは黒尾へ近づいた。
「助けてくれて、ありがとう」
律儀に頭を下げるそれへなんとも言い難い感覚を覚えつつ、彼は足早にその場を去った。
伸びた老人を鬼谷宅へ運び込むと、老人はやっと目を醒ました。
「うーん……ん? あれ? タカっちゃん?」
夢うつつの顔のまま、鬼谷は玄関に座っている黒尾を見つけた。
「ああ、やっと気が付きましたか。いきなり倒れたんで驚きましたよ」
「あれえ? おれは気絶でもしてたんだか?」
「ええ。猪が出てきて急に後ろから鬼谷さんに飛び掛かって。すぐに逃げて行きましたけど」
「あんれえ? そないだったか? きれーな鱗を見た気がするだ―――」
「白蛇なんかいませんでしたよ。猪でした。俺が棒を振り回したらすぐに逃げて行きました」
「だあ、そうだったのかー……?」
「はい、そうですもちろん。いやー心配しましたよ、気絶してるんですから。あ、でもさっき見せてもらった鱗っぽいのは一応写真に撮らせてもらいましたよ。記事になるかは分からないすけど」
「おお、そうか! あれは絶対に白蛇様の鱗にちげえねえ! おらいの親父もガキの頃に見たっつったんだ!」
頭のコブをものともせず、また興奮して語り出す鬼谷を余所に黒尾は玄関の戸へ手をかけた。
「じゃあ、俺はこれで。頭とか痛くなってきたらちゃんと病院行った方いいっすよ」
「なにを! 山の男を舐めるんでねえ! なにこれぐれえで!」
鼻の穴を広げて息巻く老人へ別れを告げ、黒尾は庭に停めていた社用車へ戻って行った。
「チッ、予想以上に時間食っちまった。あの色ボケじじいめ」
鬼谷を放って帰ることもできずにいたら、終業時間をとうに過ぎていた。チーフへは事情と結果を報告し、社用車で直帰する旨を連絡した。
(しかし、あんなものが今もこの世にいるとはな。じじいの妄言だと思っていたが)
黒尾が生まれたこの地方には、古くから庶民へ伝わる逸話が多数存在した。河童の棲む川、天狗が舞い降りる大樹、山に暮らす大男、大女―――。
挙げ始めればきりがないほど、この地には不思議な話が息づいていた。
黒尾は幼少期、民俗学者だった祖父が語るその逸話に心惹かれたこと、大学に入り、地域に根付くそれらを熱く研究したことを思い出した。単身フィールドワークへ繰り出し、この今にも何かが飛び出して来そうな自然を駆け回っわたあの日々――。
(そんなことを熱心に研究しても、実生活では何の役にも立たなかったけどな)
街灯だけが細く照らす夜道を走り抜け、やっと自宅の駐車場へたどり着いた頃には眠気が首をもたげ始めていた。
「あーあ、なんか今日はいつもにも増して疲れたぜ」
マンションの自室へ入り、やっと一息つく。さっさとシャワーを浴びて寝てしまいたかった。
カラスの行水のようなシャワーを済ませ、寝る前の一杯をビールグラスへ注いでいた時。
コン、コン―――。
ベランダから窓を叩くような音が、すでに灯りを小さくしている室内へ響いた。
(なんだ? カラスでもいるのか?)
コン、コン、コン―――。
聞き流していると、今度は確かに三度、叩く音がした。
「カラスがゴミでも漁りにきたのか?」
コンコン、コン、コン――!
徐々に強くなるそれは、カラスがぶつかる音とは明らかに異なっていた。
すでに深夜0時を回ろうとしてる刻、黒尾の背筋に嫌な汗が走る。
(ここは4階……酔っ払いじゃないとなると……)
彼は玄関から箒を取ってくると、静かに右手に構えた。
その間に響き続けるノック音。
カーテン越しに窓の鍵を開けると、黒尾は意を決して窓を開け放った。
「うぉ……っ!!!」
目に飛び込んできた光景に、黒尾は口を覆って叫びを噛み殺した。
反射的にぶん投げてしまった箒が"それ"にクリティカルヒットする。
「いっ、たあ……!」
月明かりを受けて青白く光る鱗。長い髪がゆらめく頭を抱え、"それ"はうずくまっていた。
「おっ、お前は!」
「いたた……いきなりこんな固いのを投げつけるなんてあんまりです……」
鬼谷の山にいた半人半蛇が、今はベランダにいた。
「なんでここにいる! こんな夜中に叫ぶところだったぞ!」
「貴方のクルマ? の後ろが開いてたから、一緒に乗ってきたんです」
「いつの間に……! もしかして爺さんのとこから帰る直前、一服してた時か……」
鬼谷が目を醒ました後、黒尾は勝手に人様の庭でタバコを吹かしていた。荷物を入れるために社用車のトランクを開放したまま一服ついていたことを思い出す。
「貴方がさっさと家に入っちゃうから……脱出するのに手間取ってしまって」
「そしてどうやってここまで登ったんだ。ここ4階だぞ」
「そこの柱を這って」
半蛇はそれ、とすぐ近くの電信柱を指さした。
黒尾はなんだかめまいがしてきた。
「はあ……とりあえず帰れ」
「いやです」
「なんでだよ。ここはお前みたいな生き物が来るところじゃねぇぞ」
「承知の上です。ここは人間の領域」
「だったら何しに来たってんだ。色ボケ爺さんに襲われた報復か?」
半蛇は力強く頭を振ると、静かに言った。
「恩返しに来ました。貴方が、助けてくれたから」
めまいが頭痛に変わるような気がした。
これ以上のやり取りをベランダで続ける訳にもいかず、黒尾は根負けした。
「はあ……しゃーねぇ、とりあえず入れ。隣人にお前の姿を見られたら厄介だ」
ぱあっと照らしたように明るい顔をした半蛇を、黒尾はしぶし部屋へ迎え入れた。
「待てお前、土だらけじゃねぇか。待ってろ。部屋を土くれまみれにされたら敵わん」
黒尾は濡らしたタオルを持ってくると半蛇へ手渡した。
「これで拭け」
「……ありがとう」
半蛇はタオルで身体をぬぐい始めた。
鱗が湿り気を帯びて、艶めかしく部屋の灯りを反射する。
「……なあ、俺は別に恩返しなんざ求めてねぇよ。明日仕事休みだから、また爺さんの山まで送り届けてやるよ」
土で汚れたタオルを受け取りながら提案する。何か面倒なことになる前に、さっさとこの不思議な生物を手放したかった。
ところが、半蛇は再びゆっくりと頭を振った。
「恩返しできるまで帰りません。それに、貴方名前すら聞けていない」
「恩返しって具体的に何してくれるんだよ……必要ねえって。気持ちだけで十分――」
「僕は白月(びゃくげつ)と言います。白蛇族の最後の一人です」
白蛇族―――。
幼い頃、祖父に山を連れられながら聞かされた逸話。白月の言葉を聞いた瞬間、黒尾の記憶の扉が開いた。
「白蛇族……最後の一人だと?」
黒尾は白月をまじまじと見つめた。
この地方では、白蛇は神の遣いであると同時に、美女に化けて男を食らう妖怪であるとも言い伝えられていた。
(今日、キチ谷も言ってたな。人間のでっち上げとかって。うちのじいちゃんも同じことを言っていた)
文献片手に語る祖父を思い出す。
『長生きして人の姿を持つようになった白蛇様のことを、白蛇族と言うんだ。私が子どもの頃、白蛇様、そして白蛇族は山にたくさんいたよ。しかしその美しさに魅入られた悪い大人たちが、彼らを大量に狩ってしまったんだ。人を化かすなどとこじつけてね。』
(そして、じいちゃんも子どもの頃、白蛇様と会ったことがあるとか言ってたっけ―――)
白月は深い藍の瞳で黒尾を見つめ返していた。
「先日、僕の婆様が寿命を迎えられて、とうとう僕一人になってしまったんです」
「……そうか。あんたも何かと苦労してんだな……おっと、申し遅れたが、俺の名は黒尾鷹矢だ。小せえ地元の新聞社勤めよ」
とりあえず自己紹介だけしたものの、黒尾は上手い返しが見つからなかった。白蛇族が絶滅しかけているのは人間のせいだとは解っているが、自分が犯した訳でもない罪を詫びるのはかえって傲慢な気もした。
「さあ、念願の俺の名も聞けたことだ。あんた絶滅危惧種なら尚の事、早く山へ帰った方が良い。ここは白蛇族が棲むような所じゃな―――」
「だから恩返しに、貴方の妻になります」
「ああ、だからそう、妻に―――――って、えっ!? はっ……!?」
目の前の白蛇が何を言ったのか理解できず、思考が石になった。
(恩返しに妻……?? なんだそりゃ?? 白蛇族では妻って言葉を人間界とは違った意味で使ってんのか??)
混乱しまくる黒尾へ、白月はしゅるりと絡まるように抱きついた。
「……今から僕たち、夫婦になりましょう」
白月の瞳孔が鋭く細められる。人間離れしたそれは、正真正銘蛇の瞳だった。
「ねぇ、鷹……さん」
独特の香りが黒尾の五感を刺激する。
(なんだこれ……鬼谷を引き剥がした時にも、こんな)
この世のものとは思えない、淫靡で独特すぎるその香り。
全身の血が沸騰し、筋肉が膨張していく。自身の下半身へ血と神経が嫌でも集中していくのが解った。
「貴方に、恩返ししますから……」
遠くから響くような声が、黒尾の聴覚を挑発するように刺激した。
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