1-2-2 元魔術師
俺はユイちゃんを宿に残し、グラネス周辺を走っていた。
朝食をとってから、俺も隣で睡眠をとった。
夜の七時になったところで俺の体はいつも通り目覚めた。
そのままユイちゃんが起きるのを待ってもよかったのだが、どうも体が疼いて落ち着かなかった。
仕方なく俺はいつものトレーニングをこなしていた。
「はぁ、はぁ、はぁ...。おかしい」
こうして体を動かすことで、確かな異変に気づく。
「前より身体能力がめっきり落ちてる。元々そんなになかったとはいえ、もう息が切れるなんて」
いつも行っているトレーニングの半分もこなしていない。
それなのに、俺の体はすでに疲れ切っていた。
(昨日の戦いの影響か?)
大量の化物を相手に俺は一人で戦った。
魔術を駆使し、今までの俺とは見違えるように素早く、力強く戦った。
しかし、今の俺はそれとは全くかけ離れたように弱い。
「この力のせいなのか。それとも俺自身のせいなのか。...何もかもさっぱりだ!」
俺は両手で頭をかきむしる。
そうして、空を見上げる。
そこには綺麗な星空が広がっていた。
「...そういえば、昨日俺飛んでたよな?」
無我夢中でやってのけた芸当。
あれも魔術による力の一部なのだろう。
「飛ぶことだったらできるか?」
俺は瓦礫が積み上がり、地面から少し高い場所へと行く。
(この高さなら落ちても大丈夫だな)
俺は唾を飲み込む。
「...せーの!」
俺は勢いよく宙へと飛び出す。
「あれ?...うわぁぁぁ!」
結果、俺は真っ逆さまに落ちた。
「痛つつ。くそっ、火とか出せるのに飛ぶことはできねぇのかよ」
この力の使い方が分からなくなった。
昨日の戦いの中では勝手に体が動いてくれていたが、今では上手くいかない。
俺はそこでトレーニングと実験を切り上げ、宿へと帰る。
「今度会ったら怒鳴りつけてやる」
そうやって俺は光る女にふつふつと怒りを持つ。
宿に帰ると、ユイちゃんが起きていた。
「...お兄ちゃん。どこ行ってたの?」
その声はどこか寂しげで、顔には涙の跡が残っていた。
「ごめんね。ちょっと辺りの様子を見てきたんだ」
俺はグラネスの中をもう一度見てきた。
まだ他に生き残っている人がいないか確認をしたのだが、やはり生存者は他にはいなかった。
(さてと、これからどうするか)
俺の中には候補が三つあった。
一つ。このままグラネスに残り、助けを待つ。
しかし、この選択はすでに除外されていた。
他にも生存者がいた場合なら考えたが、他に人はいない。そして街は崩壊しており、食料不足や化物に襲われる危険がある。
二つ。西の海を渡り、仲間たちと合流する。
この選択はまだ迷っている。
まず移動するにしても船が残っていないため、一から作る必要がある。そんな労力はない。
俺一人ならまだしも、ユイちゃんがいる中でおんぼろ船での移動は怖い。
三つ。南の街を目指す。
この方法が一番無難ではある。
北は雪が降り続くほどの寒さを誇る。今の装備では無理なのは確実。
東は森が続き、化物が蔓延っている。
なら、最後の選択としては南の街へ行くしかない。
あそこなら商業が盛んであるため、情報が多く行きかっている。
さらに、移動するための馬車も多い。少しの間だけそこで生活し、すぐに移動するにはうってつけだ。
「やっぱ南に行くしかないか」
俺個人の意見としてはあまり進まない。
(あそこはあまりいい思い出がないんだよな~)
俺はユイちゃんを見下ろす。
ユイちゃんは俺の足にべったりくっついたまま離れない。
(俺が勝手にいなくなって心配したんだろうな)
彼女のことを考えるなら、やはり三つ目の選択肢以外はありえないだろう。
「よし決めた。ユイちゃん、グリーンコーストへ行こう」
♢
グリーンコースト。東国リサラの南にある都市。
比較的暖かい気候で、多くの物が行き交う商業街。
俺とユイちゃんはグラネスから離れ、グリーンコーストへと向かった。
道中で商人の馬車に乗せてもらい、一週間かけてようやくたどり着いた。
「ふぅ。ようやく来れたか」
普通ならグラネスからグリーンコーストまでは三日とかからずに行ける。
いつも直接グラネスとグリーンコーストを行き来する馬車が通っていなかった。更に商人たちの馬車の数もめっきり少なかった。
どうやらグラネスが崩壊したことがすでに広まっているようだ。
「まずは装備を整えたいけど...」
ここ一週間は移動続きで、野宿ばかりだった。
服は汚れ、体も汗ばんでいる。
ちら、とユイちゃんを見ると同様に汚れを嫌がっていた。
「さすがにシャワーが先か」
グリーンコーストにはシャワーを貸すだけの店がある。
「お、まだここは潰れてなかったか」
俺が目を向ける方には『銭湯』と書かれた暖簾がかかった大きな建物だ。
俺が入口をくぐり抜け、受付へと向かう。
しかし、そこには受付の人は立っていなかった。
「なんだ留守か?」
いつも通りであれば、受付には憎たらしい女が突っ立っているのだが。
「仕方ない。また後で挨拶すればいいか。とりあえず今は早く風呂に浸かりたい」
「...」
受付を通りすぎると、『男』と書かれた暖簾と『女』と書かれた暖簾がある。
「ユイちゃんはあっちの赤い扉の方へ行って体を流してきな。俺はちょっと長めに風呂に入るから、ユイちゃんも風呂でゆっくりしなよ」
「...」
そう俺が女湯へユイちゃんを促すが、その場で止まったままだ。
「フロってなぁに?」
「へ?」
俺がどうしたのだろうと見ていると、急にユイちゃんが質問してきた。
「もしかしてお風呂を知らないの?」
「うん」
(どうしたものか...)
お風呂を知らない子供を一人で入らせてよいものか。
もし何も分からずユイちゃんが溺れでもしたら、俺は一生風呂に入れなくなる自身がある。
だからといって女の子と一緒に風呂に入ってよいものか。
それはそれで風呂に入るのが恥ずかしくなりそうだ。
「お兄ちゃん私早くシャワー浴びたい」
「あ、あぁ分かった。それじゃあ行こうか」
(えぇい!こうなったら意地だ!)
相手は自分よりも子供なのだ。変に意識するのがおかしい。
俺とユイちゃんは同じ青い扉の方へ入る。
脱衣所でユイちゃんが服を脱ぎ終わると、俺はタオルを手渡し、体に巻かせた。
渡す際にまだ発育途上の体が少しだけ見えてしまった。
余分なものはなく、ただぷにぷにした肌が目に焼き付く。
(服脱ぐ前に渡しておくべきだった!)
俺は頭を大きく壁に打ち付け、正気を取り戻す。
「はぁ。落ち着け俺。これは犯罪じゃない...」
俺も服を脱ぎ、タオルを腰に巻く。
そして、大浴場の扉を開く。
すると、広々とした浴室が目に入る。
「他に客はいないみたいだな」
俺が周囲の視線を気にして辺りを見回すが、シャワーを使っていたり、風呂に入っている人は見つからなかった。
しかし、一人だけ例外が現れた。
「——あれ、お客さん?すみません、まだ営業時間じゃないん、です、よ」
浴室に入る扉とは違い、掃除道具などを片付けておく部屋から従業員が出てきた。
客に事情を説明しようとするが、最後の方は言葉が途切れ途切れになっていた。
「テスタ?」
「よう、久しぶり」
俺は以前グリーンコーストにいたことがあった。
この銭湯はその時よく利用していた場所であり、従業員とも親しくなっていた。
彼女の名前はリサ。まだ若いのに一人でこの店を切り盛りしている店長兼従業員である。
「いやー、まさかまた会えるとは思ってなかったよ。しかも連れがいる、なん、て」
久しぶりの再会。
しかし、リサがユイちゃんの方に視線を向けるとまたも言葉の最後が途切れ途切れになった。
「...変態!犯罪者!このロリコン!」
「うわぁぁぁ!ちょっと待った。誤解だ!」
ユイちゃんは先に一人でシャワーを浴びに行き。
その間俺は腰にタオル一枚で正座させられ、事情説明と説教をされた。
DUAL TRIGGER 律 @Ritsu-859415
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