1-2-1 元魔術師
長い夜の戦いが終わった。
グラネスは半壊状態。建物も人も多くを失った。
「ちゃんと俺の言いつけ通り逃げたみたいだな」
俺はグラネスの西にある港にいた。
港には船が一隻も残っておらず、街の全員がここから逃げたことが分かる。
街の中は静寂に包まれていた。
昨夜の騒動で動物や虫が一匹も存在していなかった。
グラネスは中央都市だが、そこまで大きい訳ではない。
すぐ隣に森と海が広がっている田舎だ。
更にこの国の王が住む居城は北の都市にあり、南にある都市の方がアクセスしやすいためにそちらの方が盛んである。
そもそも、国がかなり東に存在するため発展国家という訳でもない。
「まぁ、とりあえずは今後どうするのか考えよう。...の前に、朝飯からだな」
今回の騒動でこの街に残っているのは俺ともう一人。
まだ名も知らぬ可愛らしい少女との二人だけである。
「朝飯は何が食べたい?」
「...パン」
「パンか。どっかに残ってりゃいいけど...。とりあえず探すか」
俺は瓦礫まみれになった街を見て、気が遠くなりそうになりながら、パンを求めて歩き出す。
(そういえば、あの光る女は何だったんだ。俺の幻か?)
あの戦いの後、彼女はまた消えてしまい、声も聞こえない。
あれは俺の妄想だったのかと疑ってしまう。
「”
しかし、それは俺の手から出る炎によって現実だと教えられる。
この力は彼女が俺の頭に数式を流したことで使えるようになった。
(魔術。聞いたことがないな。おとぎ話に出てくるのは魔法だし。それに、なんで俺はこの力の使い方が分かってる?)
まったく知らない知識であるのに、なぜだか体は思うように動く。
「あっ。そうだ!これなら...」
俺は目を閉じ、周囲へ感覚を巡らす。
「”
俺は周囲への感知能力が高まり、第三者の視点で辺りを見渡す。
そこら中が酷い状態だ。
しかも化物たちが通ったせいで、生気がめちゃくちゃにされている。
そしてその中で俺は見つけた。
「あった!」
俺は魔術で目的の物を探し当てると、その場所へ向かってみる。
そして、たどり着いた場所はまだ壊れずになんとか建っている宿だった。
中に入り、厨房を探してみると...。
「おっ。本当にあったぞ。まだ全然食えるパン」
他にも色々食料は残っていたため、これで何日かは耐えることができる。
なんとか食事がとれるようにテーブルとイスを用意し、パンや目玉焼きにソーセージが本日の朝飯となった。
「いただきます」
「...いただき、ます」
少女は少しずつだが、パンをつまんでは口に入れていた。
あんなことがあったんだ。まだまだ小さい子供には大変だったろう。
「自己紹介がまだだったね。俺の名前はテスタ。君の名前はなんて言うんだい?」
「...ユイ」
「そうか、ユイちゃんね」
この街に結構いるが、俺の知らない名前だ。
「...お兄ちゃんのことは知ってる」
「えっ」
「最強のパーティにいた人でしょ?」
「あ、あぁ。そうだね」
(まさか俺のことを知ってたなんて。パーティのみんななら認知度は高いけど、俺のことを覚えていたなんて)
俺は少し嬉しかった。
「そういえば、ユイちゃんのお父さんやお母さんはどうしたの?」
「...」
(あれ?返事が返ってこない)
こんな状況で聞いちゃまずかったかと、おそるおそるユイちゃんの顔を覗く。
「...すぅ。...すぅ」
「...寝ちゃったか」
昨夜のあの後、俺たちは休憩がとれていない。
化物を全部倒したとはいえ、まだ他にいるかもしれないため、俺は夜通し警戒を続けた。
ユイちゃんは恐怖からか震えていたため、
俺はユイちゃんを抱き上げ、宿のベッドに寝かせてあげた。
その隣にあった椅子に腰かけ、一息つく。
(まさかあの俺が人を助けられたなんて)
家族を失った時、俺は何もできなかった。
仲間のために戦おうとした時も、俺は挫けてしまった。
それでも、この少女を守れたことが俺にとってはかけがえのない奇跡だった。
「”
俺はその奇跡がなんなのか確認するために、もう一度魔術を使う。
(不思議な点は三つ)
一つはこの魔術という力が一体なんなのか。
二つ目は俺がこの力の使い方を知っていること。
「そして三つ目は金と銀と銅の武器が俺の体に融合したこと」
あの女にこの力をもらった際、手に持っていた武器がその場から消えた。
いや、正しくは俺の体の中へ入っていった。
「
カランッ
俺がその武器たちを呼ぶと、それらは実体を持ってどこからともなく目の前に出現した。
「...まったく、意味が分からねぇよ」
観察力には自信があったが、俺はさっぱりだった。
♢
テスタが一休みしている頃。
場所は都市グラネスから西の方向。
リサラ西部に存在する大陸。その小さな港町。
「これで全員です」
「今回はありがとうございます。突然の訪問であり、避難民を受け入れていただきまして」
「いえ、三種族の英雄様と聖女様の頼みでしたらなんなりとお申し付けください。では、私はこの辺で」
ここにはグラネスから船で逃げてきた民とラヴィアナたちパーティがいた。
「いい加減オレたちも休むとしようぜ。ラヴィアナとアリアはもう限界だろ」
「そうですね。避難も完了しましたしね」
「...」
「おい、ラヴィアナよ。お主大丈夫か?」
「...やっぱり、あの時私たちも残るべきだったかしら?」
その言葉に他の三人が黙る。
そんな空気を破ったのはカルドスだった。
「ラヴィアナ。今後そのことを考えるな。もう過ぎたことだ」
「でも!忘れられないの。テスタの後ろ姿が。頭の中でずっと」
「...それはオレも一緒だ。だけどな、考えることと忘れることは全く違う」
カルドスはいつもとは打って変わって真剣に話す。
「あの時のことは忘れるな。この先、あんなことは二度と起きないように教訓として。ただし考えるな。今考えたところで後悔しか答えは出ねぇだろ。なら、考えるのはまだ先だ。今はとりあえず必死に生きろ。心が死んじまったら、この先苦しいだけだぞ」
カルドスの言葉にみんなが聞き入る。
「まったく。一番年上のわしが恥ずかしくなるわい。こんな坊主に説教されるとはのう」
「坊主言うな。まったく。爺さんまでうじうじしちまいやがってよう」
「...そうですね。カルドスさんの言う通りですね。今は何よりも生きることをしましょう」
「ありがとう。あなたのお陰で気持ちが楽になったわ...。それにしても、あなたあんな風に喋ることもできたのね」
「あぁ?どういう意味だこらぁ!」
ラヴィアナたちパーティはいつも通りとは完璧に言えなくとも、前に進む決心をすることができた。
「ならまずは武器を手に入れなくちゃね。逃げる際に手放してきちゃったから」
「なら、わしがいいところを知っておる。ちょうどこの先、西へ行くと帝国がある」
「なるほどな。確かにあそこだったらいい武器がゲットできそうだな」
帝国インフェリオ。通称軍事国家と呼ばれるその国にはありとあらゆる武力が集まっている。
武器を入手する場所としては打ってつけである。
「では行きましょう。インフェリオへ」
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