1-1-3 お荷物魔術師
息が切れる。
いつも通る道。そんなに長い距離を走った訳でもないのに、何故だか今日はやけに長く感じる。
「ラヴィ!アリア!」
俺が宿の扉を強く押し弾き、二人の名前を呼ぶ。
「どうしたの?」
「やはり何かあったのですか?」
「あぁ。化物の群勢だ。軽く数万はいるらしい」
その言葉を聞いて、二人は言葉も出ないという様子だった。
「それで、カルドスとバルグレイムは?」
「二人は今ギルドにいる。何かあったらそのままギルドに協力できるように置いてきた」
俺はこれからすることを説明した。
「まず街の人たちに安全な場所に移動してもらおう」
「そうは言っても、どうされるのですか?安易にこのことを言ってしまえば混乱を招きます。それに、まだギルドは避難命令を出していません」
「だが、避難命令が出るのは化物が動き出した後だ。今の内に行動しないと間に合わない。今街の外に異変が起きてることはもう知られてるんだ。なら、そのまま俺たちがギルドの使いだと装って誘導してやればいい」
「で、その安全な場所って?」
「西だ」
この国は東に森、西に海が広がっている。
化物たちは太陽の光を嫌う。そのため、開けた海よりも密集している森によく現れる。
報告があった群勢も森の向こう側だと言っていた。
なら逆の方向へ逃げるのは確実な選択だ。
そして、海に出れば船がある。もしものことがあれば船で逃げることができる。
「分かりました。ではそれぞれで別の地区へ——」
バァッッン!!
「くっ...」
今まさに決行しようとしたそのタイミングで、激しい爆発音と地響きが起こる。
「なんだ?!」
宿の外へ出てみると、東側。森のある方向で火と煙が立ち上がっていた。
「もう来たのか!ラヴィ、アリア避難誘導を頼む!」
俺は爆発が起きた場所へと向かう。
(さっきから止めどなく溢れてくるこの気持ち悪い胸騒ぎは...)
おそらくカルドスとバルグレイムもあっちへ行っているだろうと考える。
化物を狩るか、避難誘導か。
どちらをすれば被害を小さくできるか。
(俺の力じゃ何の役にも立たないかもしれない。だけど、少しでも皆が逃げる時間を稼げれば)
俺の体は脳が考えるよりも先に適切な行動へと移っていた。
爆発が起きた場所に来てみると、既にギルドの人たちと化物の戦いが始まっていた。
背中にかけておいた剣と盾を持ち、俺もその渦中に飛び込む。
「くそっ。きりがない」
どれだけ時間が過ぎたか。
気がつくと、辺り一帯が炎の海になっていた。
だがそれでも、化物たちはより一層数を増して湧いてくる。
(カルドスとバルグレイムはどこだ?!)
すぐに二人と合流し、状況の整理を付けたい。
それに俺の体力ももう限界だ。ここまでよくもった方だろう。
(せめて数を減らすことができれば...)
俺はまだ一体も化物を倒すことができていなかった。
結果、減ることはなく無数の敵が四方八方から襲って来る。
俺の攻撃ではこの化物たちを倒し切るだけの力がなかった。
一体相手でもかなり時間がかかってしまうのに、この数だ。とてもじゃないが無理だった。
カキンッ!
「しまった!」
と、思考に穴ができてきたタイミングで化物の攻撃が俺の剣を弾き飛ばす。
すると剣は俺の手からするりと離れてしまった。
そしてその隙を逃さないと言わんばかりに化物は俺に攻撃を続ける。
ドンッ!
「——グハッ!」
重い衝撃が俺の体を弾き飛ばす。
俺の体はボールの様に跳ねながら転がり、宙に舞った。地面が急になくなったのだ。
(...水?)
下には川が流れていた。
バシャン!
ゴポゴポと俺の体は意識とともにゆっくりと沈んでいった。
♢
テスタが川に落ちる数分前。
「ラヴィ!アリア!」
「カルドス。それにバルグレイムも」
「お主らここで何をやっておる。ここはもう危険だ。早く住民たちを逃がさんか」
「そうしたいのですが、火の回りが早くて...」
ラヴィアナ、アリア、カルドス、バルグレイムが合流していた。
「あとはここ一帯で避難は完了するわ」
「分かった。それまでオレとこの爺さんでなんとか時間を稼ぐ」
「お願いします」
ラヴィアナとアリアは住民の避難を進め、カルドスとバルグレイムが化物の対処をすることとなった。
「くそっ。どんだけ倒しても切りがねぇ。あとどれだけ凍らしゃあ気が済みやがる」
「落ち着かんか馬鹿者。お主ならこ奴等を凍らせられるが、わしは燃やすこともできんのだぞ」
「つったって爺さん。俺のこれだって周囲が火の海じゃすぐに溶けちまうぜ。そう長くは足止めできねぇ」
バルグレイムが持つ銅の武器では化物を燃やすことができるが、建物に燃え移ってしまう。
カルドスが持つ銀の武器では化物を凍らせることができるが、周囲の熱によって簡単に溶けてしまう。
彼らが持つ武器の力は化物たち以外に影響を及ぼし、及ぼされる。
「カルドス、バルグレイム。そこどいて」
「なっ」
その言葉を聞いてカルドスとバルグレイムは化物から距離をとる。
その直後、金色の輝きが周囲を包む。
「このゴミ屑共め。我が光で滅してやろう」
ラヴィアナが渾身の一撃を溜める。金でできた武器から大量のエネルギーが放出される。
それはまるで巨大化した剣のようだった。そして、ラヴィアナは化物に向けて剣を振り下ろす。
「はぁぁぁっ!!!」
ジュワァァァ!!
気づくと化物たちは蒸発音と共にその場から姿を消していた。
「はぁ、はぁ、はぁ...」
「おい。ラヴィアナよ。大丈夫か?お主避難誘導をしておったじゃろう」
「大丈夫。全員終わったから」
ここ一帯の避難と化物の討伐が済んだことでみんなようやく一息ついた。
そう思っていた。
「見てみろ!まだまだ来やがるぞ」
カルドスの声に反応して、指さす方を見ると、そこには大量の化物が蔓延っていた。
「あれは...皆さん!」
化物が集まっている場所を見たアリアが叫ぶ。
「あの化物たちの中心で戦っている人がいます!」
「なんじゃと!?」
「なんだって!?」
化物の姿、形は様々だが、基本的には動物の形とその特性を持つものが多い。
今遠くで群がっている化物は狼型のものだ。
狼たちは互いに意思疎通を図り、凄まじい連携で一匹も死ぬことなく戦い続けている。
そんな中で戦うことはかなりの悪手であった。
「あんな場所で戦うなんて...。助けに行かないと!」
「お前ら、まだまだ行けるよな!」
ラヴィアナ、カルドス、バルグレイムの三人は既に何十、何百の化物を倒していた。
そのせいで、かなりの疲弊を強いられていた。
「私が力をちゃんと使えていれば...」
「アリア。自分を責めないで。あなたはその特殊な力が使えていなくても、十分人を助けることができている。だから、大丈夫」
「...はい。ありがとうございます」
アリアは聖女であり、化物にとって一番嫌いな力を有している。
だが、それは今現在使用することを止められていた。
まだ力のコントロールが完全ではなく、周りに被害をもたらしてしまう可能性が高いため。
「よし。お主ら、行くぞ!」
バルグレイムの声と共に化物の集団の方へ走り駆け始める。
外側から化物の数を削る。
そして、あともう少しのところで中心へ辿り着ける。
その時だった。
「...今助けに——」
「——テスタ?」
化物の中心にいる人物が誰だか分かった。
四人全員がそれに気づき、視線を集中したその瞬間。
バシャンッ!
テスタが化物の攻撃で吹き飛ばされ、川へと落ちてしまう。
「——テスタ!!」
ラヴィアナが光の如く速さで化物たちの間を切り抜け、川へと飛び込む。
「おい、アリア!ここ壊しちまっていいから力使え!」
「分かりました」
聖女には
それは生気を何十倍にも凝縮した対化物用の兵器と言っても過言ではない。
ただ、聖女といってもやはり人の身。自身の生気の何十倍もの力を簡単に使いこなすことは容易ではない。
普通に生活できるようになるのに数年を費やすほどだ。
アリアは五歳には生活に支障が出ないようにコントロールすることができた。これは過去の聖女と比べても異例の早さである。
しかし、それでも化物相手に力を使うにはまだまだコントロールしきれない。
コントロールに失敗すると聖力が周囲の物体に流れ込み、脆いものは砕け散り、強いものは暴れまわる。
「清く逝きなさい」
アリアの周囲が光を発し始める。
それは周囲に温かさと希望を見せた。化物はこの力を特に嫌う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます