1-1-2 お荷物魔術師
俺は部屋でパーティの備品整理を終えて時計を見る。
時刻は昼の十二時を回ったところ。
「もうこんな時間か...」
窓の外を眺め、強い日差しに目が起こされる。
「そろそろ寝ないと明日に響くな」
俺たち化物狩は昼に眠り、夜に起きる。
そんな体を悪くしそうな生活をしているのには訳がある。
化物は夜に現れるから。
俺たちがこの職を続けるためにはこうするしかない。
だから、太陽が真上になるこの時間までが俺の頑張りどころ。
荷物持ちの荷物がこのパーティに貢献することができる。
備品整理にパーティの帳簿。最近の情報を街から森の中までを細かく集めておく。
「俺にできることはこんなことしかできないから。だから、これくらいは全部しっかりやらないと...」
別に俺は自分の弱さを悔やんでいない。
彼女らは俺ができることを必要としてくれている。それを続けることができるのなら、俺は弱いままでいい。
『本当に?』
「ッ!?」
がたっ...
声が聞こえたような気がして、俺は素早く後ろに振り向く。
しかし、椅子が静かに音を立てる。それがこの部屋に響くことで、何も他に聞こえないことが明確になる。
「...少しこんを詰め過ぎたか?」
俺は目頭を優しく押さえ、深呼吸をする。
リラックスできたところで、俺はそのままベッドへと横になる。
すると、疲れが一気に押しでたのか。俺はすぐに意識を失う。
そして、夢を見る。
「ここは...?」
現実ではないことは分かる。
ただ、現実性が異様に高い夢だということを俺は自覚していた。
俺が立っている場所は広く、どこまでも続く空間だった。
そして、俺の立っている場所を境に前と後ろに違う空間が生まれていた。
前も後ろも多くの化物が群れになって進行していた。
前の空間では一人の男がその群れを一振りで片づける姿があった。
「すごい...」
同じように化物を狩る仕事をしている俺にはその強さが異次元の、別格の存在だということが肌で感じられた。
もしかしたら、俺のパーティのみんなよりも遥か先の...。
俺はそこで思考を振るった。自分よりも強い仲間を毎日見てきた。その都度、己の弱さを理解していった。そして今、そんな彼女らよりも強い存在がいるかもしれないという現実に惨めさを思い知らされた。
そんな夢から俺は目をそらそうと後ろを振り向く。
「あ...」
するとそこには、自分がいた。
前にいた男が最強なのだとすれば、後ろにいた男は最弱だった。
先ほどの男が一振りで葬った群れに対し、今度の男は一蹴りで殺されてしまった。
その姿がまるで、未来の自分だと思った。
「うっ...おぇ...」
考えが、夢が、未来があまりにリアルに訴えてきたせいで吐いてしまった。
だがここは夢。吐いても何も自身から出る物などなかった。
♢
「——ください」
「んー...」
遠く霞んだような声が聞こえてくる。
そしてそれは、少しずつより鮮明にはっきりと聞こえてくるようになる。
それに伴い、意識が覚醒しだす。
「はぁ、ちょっとどいてなさい」
「な、なにをするんですか!?」
「何って。起こすに決まってるでしょ!!」
「うぎゃっ!?」
起きようとしたところで俺の腹に強い衝撃が入る。
「
じんじんと痛みを訴えてくる腹をさすりながら、俺は何事だと起き上がる。
「ラヴィとアリア?」
目を開けると、二人が俺の部屋にいた。
「殴り起こすなんてひどいじゃないか」
「仕方ないでしょ。いくら呼んでも一切起きないんだから」
「だからってなぁ...」
「あの、大丈夫でしたか?なにやら
「ん...あぁ、大丈夫。ちょっと変な夢を見ただけだから」
言われて初めて俺は自分の体が汗でびっしょりになっていることに気づく。
今ではうっすらとしか思い出せないが、嫌な夢を見ていたと思う。
「で、どうしてお前らが俺の部屋にいるんだよ」
「だから言ってるでしょ。あなたを起こしに来たのよ」
「起こしにって...。今何時だ?」
「今は夜の八時を過ぎたくらいでしょうか...」
「...はぁ?!」
俺はつい変な声をあげてしまった。
俺たち化物狩には夜が生活の時間だ。普通の人が朝の七時くらいから活動するとしたならば、俺たちは夜の七時から活動をする。
そして今は夜の八時過ぎ。約一時間ほどの寝坊をしてしまったらしい。
「それは俺が悪いな。ごめん」
「あなたにしては珍しいわね。あんまり無理して遅くまで作業してないで早く寝ることね」
「はは、仰る通りで...」
やはり疲れが溜まっているのか。たまにはちゃんと休日を過ごした方がいいかな。
俺が支度を整え、宿のロビーへと向かう。
そこにはパーティの皆が集まっており、俺は合流する。
「なんか騒がしくないか?」
「おう。ようやく起きてきたか寝坊助」
「テスタ。どうやら異変が起きておるらしくてのう」
「異変?」
カルドスとバルグレイムが挨拶と質問について答えてくれる。
「えぇ、化物が一体も見当たらないらしいわ」
「それについてギルドが理由を探るために偵察隊を派遣したらしいです。その報告が返ってくるまでその他化物狩を含めた者たち全員が街の外へ出るのを止めているようです」
「なるほどね。だから化物狩が多いこの宿がこんなに騒々しいのか」
(異変か...。嫌な予感がするな)
なんとなくだが、俺にはその異変とやらがただ事だとは思えない。
嵐の前の静けさ。そんな言葉を聞いたことがある。
「何もないといいんだが」
そんな風に俺が考えていたのも束の間だった。
「はぁっ?軽く万を超える化物の群勢だぁ?そんなもんがマジでいたっていうのかよ」
「えぇ、化物が一切出てこなかったのでより奥深く森へ入っていったその先に待ち構えていました」
「待ち構えていたとな?」
「まるで何かの合図をまっているかのように...」
「ふむ...」
カルドスとバルグレイムと俺でギルドへ話を聞きに行くと、とんでもないことを知ってしまった。
ラヴィとアリアには宿で待ってもらっているが、すぐにこのことを知らせないといけない。
「カルドス、バルグレイム。俺は宿に戻って二人にこのことを知らせてくるよ。二人はその化物たちがいつ動き出すか分からない。このままここでギルドの人たちと待機していてくれ。緊急時にはそのままギルドと行動してくれ」
「あいよ」
「うむ。承知した」
おそらく俺が一番弱い。
このパーティでも。このギルドの中でも。化物狩の中で一番...。
もしその数万の化物たちが一斉に襲ってきた場合、おそらく俺が一番最初に殺される。
そんな考えがずっとちらつく。
だが、それでも俺の体は動いていた。
(自分に負けるよりも、化物に負けた方がマシだ!)
俺はラヴィとアリアがいる宿へと足を走らせる。
視界から通り過ぎていく建物たち。それらが生む裏通りを横見した一瞬。
「ッ!?」
俺は通り過ぎてしまったその建物と建物の間を振り返る。
(今、俺を見ていた人がいたような...)
誰も通っていない道の真ん中を必死に一人走っている俺。
それなら俺に目が移ってしまうのも仕方ない。
「だけど、あの視線は...」
何かおもしろいものを見つけた子供のような目。
部屋で聞こえた声にも感じたものと同じものだった。
『君は仲間のために死ねと言われたら、死ぬことができるかい?』
「...は?」
俺は驚かなかった。
突然背後から声がした。しかし、体が反応することはなかった。
ただ、その言葉の内容が俺には無視できなかった。
「当たり前だ。こんな俺を仲間だと手を繋いでくれるみんなを助けるためなら。俺は自ら死を選ぼう」
『...期待しているよ』
俺が背後を見ると、そこには誰もいなかった。
「急がないと」
何か嫌な予感がする。
♢
もう数年前の話だ。
化物に両親と妹を奪われた。
突然家に化物が一匹現れ、両親は俺を守ろうと戦った。俺は恐怖から足が笑い、なにもできなかった。そんな俺を元気づけようと妹は俺よりも幼いながらに頭を撫でてくれた。
そして夜が明けると両親と妹の姿はなく、俺だけが残っていた。
化物に挑んだ父と母。俺を助けようとしてくれた妹。
何かしようと。あの絶望の中で動いてくれた人たちがいなくなり、何もできなかった俺だけが生き残った。
「...」
もうこの世に未練はない。そう思って自殺しようとも考えた。
だけど、俺はできなかった。死を恐怖して、自ら命を絶つことすらできなかった。
そんな俺を彼女たちは...。
「君。私たちと一緒に来ない?」
「あなたは弱くなんてありませんよ。あたなは今必死に恐怖と戦っているのですから」
「弱い自分が嫌なら強くなりゃいいだろ?」
「お主はまだまだ若いのだ。失くしてしまった分、この先で取り戻せばよい」
そんな俺を彼女たちは、地獄から救ってくれた。
だから、彼女たちのためなら。
「この命を化物に売ったって構わない」
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