命の価値
神父猫
命の価値
「お前、人を殺したことがないだろう。」
私は、震えていた。
「はい。ありません。」
「いいか、よく聞け。仕事だ。お前も肉は食うだろう。誰かが仕事で動物を殺し、食肉として食卓に並ぶ。お前はその誰かがいなければ、肉を食うことができない。これも仕事だ。引き金を引け。」
震える手で目の前の怯えた女に銃口を向ける。
呼吸が乱れ、視界が歪んでいる。
目の前の女は何を考えてるのだろうか。
「おい。早く殺せ。」
「分かってます。仕事。ですから。」
引き金を引けない。
「目の前の女が何をしたか知っているか。この女は、五人の老人から金を騙し取った。その内、三人を殺害した。極悪人だ。今すぐ地獄に送るべき人間だ。」
女は泣き叫んだ。
「私が悪かったよ。申し訳ないと思ってる。だから命だけは見逃してほしい。お願い。撃たないで。」
私は、引き金を引くことができない。
「調子に乗るな。お前が殺した人間は、お前と同じように命乞いをしたはずだ。それでもお前は殺した。何を今更、殺される事を恐れている。私のような者は殺してください、だろ。ほら、言ってみろ。」
男は女の右目をナイフで刺した。
恐ろしい悲鳴を上げてその場で暴れる。
「ごめんなさい。ごめんなさい。私が悪かったです。もうやめてください。」
私は、銃口を下げてしまった。
「おい、何やってるんだ。早く撃てよ。楽にしてやれ。」
「もう無理です。仕事とはいえ、人を殺すなんて。この女性とやってることは一緒ですよ。正義とは何ですか。これが正義なのでしょうか。」
「正義に答えなどない。だが、俺はこの仕事に誇りを持っている。檻の中で監禁して、遺族は満足するのか。世間は満足するのか。そしてお前の正義はそれで満足なのか。五人の命が奪われているのだ。これは遊びじゃない。死罪が無くなったこの国で制裁を与えれるのは、俺達だけだろう。遺族は言っていた。残虐な死を望んでいると。片目を潰した。そのくらいで良いだろう。だからもう楽にしてやれ。」
溢れてくる涙を拭いて、銃口を女の頭に突き付けた。
「あなたにも正義があったのでしょう。殺さなければならない理由があったのでしょう。あなたが犯した事は許されることではない。法はあなたを殺さない。だから私があなたを解放します。永遠の苦しみや憎しみ。背負った十字架。全てを地獄へ贈ります。あなたの魂は永遠の業火に包まれることでしょう。」
引き金を引いた。
炎のような血が燃え上がった。
「命とは、何なのでしょうか。」
「俺は、屍で山ができるほどの人間を殺してきた。勿論、正義の仮面を被って。この女と比べ物にならないほどの人間を地獄へ送っている。だが、世間は俺よりもこの女の命の価値が低いと考えるらしい。命とは、石みたいなものだ。人によって価値が大きく違う。価値がない石は川へ投げ捨てられるだろう。世の中はそういうものだ。だからお前も早く慣れろ。先程、お前が撃ったのもただの石だ。それも落石で死者を出すような石だ。分かったな。帰るぞ。」
「はい。」
男は、死体に黒い薔薇を刺してその場を後にした。
「安らかにお眠りください。」
黒い薔薇を抜いて、白い菊を刺した。
左目が笑ったような気がした。
これが私の仕事だ。
命の価値 神父猫 @nyanx
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