第3話 聖女邂逅
「うへー」
俺は唸りながらベッドへと倒れ込んだ。
俺がヴィルヘルムに保護されてから半年が過ぎていた。その間俺はこの世界の常識やら、貴族のマナーやらの勉強漬けの毎日だった。まあ、たまに息抜きとして魔物討伐に同行させて貰ってはいたが、それでもこう来る日も来る日も勉強勉強で、参っていた。
……いや、もう勘弁……静かに暮らさせて……
俺がベッドに寝転がっているとコンコンと扉がノックされた。
「お嬢様、公爵様がお呼びです」
わざわざ呼び出すとは何の用だろう? 俺はベッドから起き、ヴィルヘルムの執務室へとむかう。
「何のようですか、親父殿?」
そう、表向き俺はヴィルヘルムの娘ということになっていた。ヴィルヘルムには亡くなった奥さんとの間に死産になった子供がいたらしい。その子供が実は生きていて今までは別の場所に預けられていたという設定だった。
「うむ、お前この前森の中で女の子を助けたと言っていただろう?」
ああ、確かにそういう事があった……
―――――
あれは魔物討伐に同行した時のことだ。俺は公爵保有の騎士団と共に、ローゼンブルグの北西、隣のロスカスタニエ侯爵領との境にあるチプレッセ山へと来ていた。
あらかた魔物を討伐し終え、帰還のため、ベースキャンプの撤収をしていた時のことだった。森の奥に大型の魔物の気配を感じた。気配のした位置はキャンプからは少し距離がある。俺は騎士団に先に帰るように指示すると一人で気配のした方へと向かった。
一人で向かったのはその方が身軽なのと、『力』を試したかったからだ。
俺は『力』を放出し空中に浮かぶ。だいぶ『力』の使い方にも慣れ、『力』を身体に纏うことで低空であれば飛行ができるようになっていた。……いや、飛行というよりは浮遊といったほうが良いか。
俺はその『力』を使い、森の奥へと突き進んだ。
森の中を高速で飛行する。途中木の枝等がぶつかるが全身に纏った『力』により弾き返し、ぶつかった枝ほうが折れる。
そのまま森を進んでいくと気配を感じたであろう位置にそれが見えた。そこにいたのは巨大な大イノシシだった。その向こう、大イノシシが向く方向に小さな人影が見えた。
少女だ。その少女は木を背に尻もちを付いて怯えていた。
大イノシシは突進の準備をしており、今にも少女へ襲いかかりそうだ。
俺は身体に纏っていた『力』を全て推進力へと転換する。
木の枝が身体をかするがそんなことよりも少女を助けるほうが専決だ。
ま に あ えーっ!
間一髪、俺は少女と大イノシシの間に立ちふさがり片手に『力』を集約させる。
ドドーンという大きな音とともに砂煙が立ち上る。
砂煙が晴れると俺が片手で大イノシシを止めた形になっていた。衝撃で気絶した大イノシシがずずーんと倒れ込む。
ふう、間に合った……俺は少女の方を向き、笑顔を作り話しかける。
「大事ないか?」
「……はい、大丈夫です」
俺より少し歳下だろうか? 灰褐色の肩までの髪、ハシバミ色のくりっとした瞳が可愛らしい。見たところ大きな怪我はないようだった。
「あ、頬、怪我……」
さっき木の枝がかすったところか。頬に少し痛みを感じる。
「少しかがんでください」
少女は立ち上がり俺の頬へと手を伸ばす。少女の手が光り輝き、暖かさを感じるとともに頬の痛みが消えていった。
「これで大丈夫だと思います」
回復魔法!? この世界に魔法があることは勉強して知っていたが、実際に見るのは初めてだ。
頬を触って確認するが痛みもなく傷もなさそうだった。
「ありがとう。俺はクリスティーナ、クリスでいい……君は?」
「こちらこそ助けていただいてありがとうございます。私はソフィアと言います」
少女はぺこりと頭を下げた。
「ソフィアか、いい名前だね。……それで、君はどうしてこんなところに?」
「……えっと、このあたりに生えている薬草を採りに来たんです。うちはこの先のキパリス村で薬師をしているので」
この先と言うと、もうロスカスタニエ領か……
俺はその後他愛のない話をしながら彼女をキパリス村へと送り届けて帰路についたのだった。
―――――
「そのソフィアだがな、春からロスカスタニエ侯爵の後見で王立魔法学院に通うことになった」
王立魔法学院!? 確か貴族の子女が魔法を勉強する学院だ。だが入学は12歳からだったはずだ。
「どういうことだ? ソフィアはまだ10歳だぞ。それに侯爵の後見って……」
「うむ、だから飛び級ということになるな。……クリスよ、この世界ではな、回復魔法というものは極めて珍しいものなのだ。しかも魔法を使う術は貴族にしか教えられていない。魔法を使う術を知らないはずの平民が魔法を使い、さらにそれが回復魔法なのだ。これがとんでもないことだとは理解できるな?……ソフィアはもしかしたら『聖女』なのかもしれん」
マジか……あの娘そんなにすごい子だったのか……それにしても、いくら魔法の才があるとは言え、平民が貴族の学校に通い、さらに飛び級ときたもんだ。だいぶキツイだろうな……
そこまで考え、俺は、俺が呼ばれた意味に気がついた。
「……まさか、親父殿……」
「うむ、お前も春から王立魔法学院に入ってソフィアのサポートをしてやれ」
親父殿、ヴィルヘルムはそう言いつつにかりと笑った。
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