第77話 対話2
混乱しながらも、何か口にしなければ、と――城ヶ崎は必死に言葉を取り繕おうとした。
けれど、言葉が続かない。
何か言わなければ。そう思うのに、城ヶ崎の言葉は糸くずのようにほどけていく。
城ヶ崎は単純に、倫理的な問題、安全の問題だと思ってたけど……
確かに、ダンジョン攻略は現行法で規制されていない。で、でも!
「だ、だとしても、危険な行為で……」
「繰り返しになりますが、危険なのは私も理解しています。それを認めた上で、普通の高校生が、ルールに則り参加しているのもまた事実。法で規制されてないのもまた事実。それを、綺羅星さんだけ特別にダメと仰るのは過保護すぎる、かつ、例外的すぎると思いませんか」
「っ……」
「あなたが母親なら、過度に心配するのはまだ理解できます。が、ただのご友人が、バイト先の上司にまで抗議するのは些か一般的ではないとは感じますね」
反論が思いつかず、唇を噛む城ヶ崎。
彼がテーブルに置いたスマホでは、先程の高校生達が笑顔で魔法を放っている。
……格好いいスキル。誰もが憧れる剣に、槍に、飛び交う刃。
男子の傍には同年代の女子が並び、平然と魔法を放っている――それが、いまの日本の日常だ。
でも。でもそんなの、やっぱりおかしくて。
そうだ、SNSで見たことがある。ダンジョン反対派の意見……!
「っ、ほ、法律的には認められてますけど、でも世間にはダンジョンへの参加を反対する意見も沢山あります! 昔みたいに民間人の立ち入りを禁止して、国がきちんと管理した方が良いっていう意見も」
「綺羅星さんだけ特別に、その意見に縛り付けろと? 他の高校生の皆さんを差し置いて」
「違います! 私はただ危険だという話を」
「危険であることは認めます。ですが現行法において、彼女の行為を咎める理由もない。であれば、あとは個人の自由意思の問題では? それとも城ヶ崎さんは、SNSは危険だからと高校生全員からスマホを取り上げますか?」
っ、そんな言い方をされたらまるで……
城ヶ崎が一方的なワガママを言ってるように聞こえるではないか。
でも違う。私は正しい、と城ヶ崎は目の前にいる背広男を睨み付ける。
分からないけど、彼は何か、詐欺師めいたトリックを使っているんだ。騙されちゃダメ。――考えろ!
「なら、いまの政府の方針が間違っているんです。ダンジョンなんて危険なものに、誰でも入れる、なんて……」
「世界的に見れば、ダンジョンは誰でも入れる国のほうが多数派ですが」
「だとしても、我が国では禁止すべきです!」
そう、今の日本で高校生がダンジョンにいくなんて、そもそも間違っている――!
「ひとつ詭弁を披露しましょう。その意見を、あなたは今まで世間に訴えたことはありますか?」
「……へ?」
「あなた方は高校二年生、選挙権がない点は申し訳なく思いますが、その危機意識を他人に訴えたことは? 世の中には、ダンジョンに民間人が入ることを反対する活動グループもございます。そういった活動に従事されたことは?」
……ない。考えたこともなかった。
城ヶ崎にとって、ダンジョンとは身近でありながらも、遠い存在だったから。
ふ、と影一が馬鹿にしたように笑う。
「城ヶ崎さん。普段そんなことを考えもしなかったにも関わらず、今だけ突然口にすることを、世間ではこういいます。その場限りの思いつき、と」
「っ――!」
「あえて厳しい言葉を投げましょう。あなたは先程から、世間が、未成年が、高校生がと主語を大きくしていますが――本当はあなたが個人的に、綺羅星さんのダンジョン攻略を止めさせたいだけでしょう?」
「そんなこと……」
「主語を大きくするのは嘘つきの常套手段。よく聞きませんか? テレビの中の偉そう人が、国民のために、弱者のためにと言いながら、身勝手で独善的な意見を押し通そうとしている姿を」
世間ではそれが一般的だから。
日本人なら、そう考えるのが普通だから。
私は可哀想な被害者だから、弱者だから――言い訳の理由としては最適だ、と影一は笑う。
「悪い癖がつく前に、直すことをお勧めしますよ」
「……でも、危険なのは事実で」
「ええ、危険です。そして再三の繰り返しになりますが、何故そんな危険な行為が野放しに? 政府が馬鹿なだけでしょうか?」
どうして、配信業なんて仕事を政府が認めているのか?
危険行為とも取れる動画が削除されないのは、なぜ?
ごく普通の高校生がダンジョンでバズり、有名になるのをなぜ社会は止めないのか?
「……分かりません。どうして、ですか?」
「理由は幾つかあります。が、最大の理由は、政府が国民のダンジョン攻略を強く推奨しているからです」
「は???」
「これには経済的理由や、研究開発といった理由もありますが――一番の理由は、政府は将来的に、ダンジョンの脅威が加速度的に上昇すると考えてるからでしょう。私も同意見です。いずれ現れる”ラスボス”を考えれば、なおさら」
「…………」
「いまは掃除屋がダンジョン清掃を担っていますが、将来、一般人でもモンスターと戦う日常が訪れるかもしれません。そのための土台として、今のうちにダンジョンに慣れておく必要があると考えるのは、不自然ではありません」
ダンジョンの一般国民解放も、その一旦。
高校生の授業に、ダンジョンが加わったのも、同じ理由。
ダンジョン関連の商売がこうも盛り上がるのも、政府の強い後押しがあるから。
水面下の犯罪が増えると知りながら、政府はダンジョンを世間に解放した――それが影一の推理らしい。
「ただ危ないから禁止する。お嬢さんの意見は至極真っ当だ。……しかし世の中、危険だからとやみくもに蓋をすればいい訳ではない。……刺激的な表現をするなら、性行為は恥ずかしいから何も知らなくて良い、というのが間違いなのは、現役の高校生なら理解できますでしょう?」
国民が安心安全を求める気持ちは、よくわかる。
しかし100%の安全を求めすぎたがゆえに、将来の危機を見逃してはならないのも、また事実、と影一。
「世の中には様々なものの見方があります。100%の善、100%の悪はない。暴力が、必ずしも悪いものとは限らないように」
「待ってください、暴力は100%悪です!」
「では公共権力は? 自衛隊は? 核の傘は悪ですか?」
「極論すぎます!」
「ええ、いまのは極論です。しかし逆に、暴力が100%過ちであるというのも極論です」
城ヶ崎は――そんな馬鹿な、と思考が固まる。
悪いものは悪い。
友達は大切にすべき。
それはもはや、彼女の中で確かな信仰ですらあった、はずなのに……確かに、そう言われると……。
「その上で、本題に戻りましょう。……綺羅星さんはダンジョンの危険を承知の上で、私に師事していますね?」
「はい。私は、先生とともにダンジョンで学べて感謝していますし、幸せです」
黙っていた綺羅星が、力強く頷いた。
水を得た魚のように、とても、元気に……でも、そんなの……
「ダンジョンで、幸せ、なんて……」
「法の規制はない。政府はダンジョン攻略を推奨している。危険にも配慮している。そのうえで彼女は自らダンジョン攻略を望み、それを幸せだと感じている。これ以上、反論はありますか?」
「っ……」
だめだ。反論の言葉が閃かない。
頭の中ではもちろん反論できる。言いがかり。卑怯者。ダンジョンは本当に危険で、さっきなんか一層なのに人に襲われ、綺羅星さんは私に飛びついてきたのに。
なのに、なのにそれを認めるだなんて、絶対、絶対、絶対絶対、絶対に――
「間違ってる……世の中が、おかしい……狂ってる……」
「私もそう思います。が、狂っていてもそれが現実なら、現実に対応する必要がある。世の中、正しさだけでご飯は食べれませんし、いずれあなたも現実を思い知る日が来るでしょう」
「くっ……!」
「ご意見、反論があればいつでもどうぞ。私の時間があるときに限りますが、対話はいつでも受け付けていますよ」
影一が勝者の余裕をみせながら、席を立つ。
仕事ですので、と、城ヶ崎の友達を連れて行きながら。
でも。でも今の城ヶ崎には、一切の反論が思いつかない――。
「最後に。お嬢さんにひとつ忠告です。議論するのは構いませんが、一方的な意見の押しつけはやめておきなさい」
「っ……」
「論じるなら、嘘を、誇張を、誤魔化しを加えず行いなさい。……それをせず、ただ自己の主張を通すだけに、無自覚な詭弁を駆使している――そのことに自分でも気づいていないなら、それは無自覚な悪。この世でもっとも憎むべき愚行です」
「……私が。悪?」
「ええ。そんなことをするならまだ、自分が悪であると自覚してる人間の方が遙かにマシというもの。――この世で最も厄介な悪とは、自分が正しいと思い込んでいる、絶対的な正義ですよ」
おじさんからのささやかな教えです、と去り際に上から目線で語られ、……城ヶ崎は悔しさのあまり歯を食いしばる。
違う。彼は間違っている。
私は正しい。
友達と仲良くし、友達が危険な目にあわないためにダンジョンへの参加を止める、それの何が悪い?
「っ……!」
あの男は間違っている。絶対に絶対に間違っている。
何がどう間違ってるかはわからないけど、でも、人同士が仲良くすることにわざわざケチをつけて否定するような、陰湿な大人のいうことなんて聞く価値がないに決まっている。
城ヶ崎の全身が煮えくり返るほど熱くなり、頭がカッと煮えたぎる。
家に帰ったら徹底的に調べよう。影一の理屈が間違っていることを、必ず証明して。
綺羅星さんを、私が助けるんだ――
悔しさに涙を浮かべ、一人ぽつんと残された城ヶ崎はイライラしながら、お会計の伝票を探す。
……見当たらない。
ハッと顔をあげれば、影一が伝票片手に電子マネーで決済を終え、綺羅星とともに自動ドアをくぐるのが見えて。
その様が、まるで自分に見せつけるような。
大切な友達を、あのおじさんに寝取られたような、汚されたような屈辱を味わいながら、城ヶ崎はざわざわと心のなかで蠢く感情を持て余しながら、無自覚にぎゅっと拳を握りしめた。
彼女は、渡さない。
絶対に、渡さない。
あの子は、私の
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