第76話 対話
手にしたカップを握り潰したくなる衝動を堪え、綺羅星は思わず城ヶ崎を睨み付けるが、彼女はどこ吹く風。
対面の影一をしっかり見据え、優雅に紅茶を口にする様を見てると苛立ちしか沸いてこない。
ほんとに、このお嬢様は……!
「ふむ。城ヶ崎さん、理由をお伺いしても?」
「簡単な話です。綺羅星さんはまだ高校生、未成年です。もちろん、バイトを禁止されてる訳ではありませんが……それでも、ダンジョンという危険な場所で暴力的な武器を使ってモンスターを倒す……それは危ないことだと思うのです」
「城ヶ崎さん、勝手に決めないでください!」
目くじらを立てる綺羅星だが、すっと影一が手をあげて阻んだ。
「綺羅星さん。お気持ちは察しますが、まずは彼女の意見をお伺いしましょう」
「でも!」
「私は、対話を軸に意見を交わすことには賛成の立場です。一方的な論理の押しつけや、暴力を伴う行為にはきちんと"お礼"しますが、対話から入るのであれば拒む理由はありません」
大丈夫ですよと言われ、……綺羅星はやむなく引っ込む。
でももし何かあったら、すぐにかみついてやる――!
「それで、お嬢さん。危険とは?」
「ご存じの通り、ダンジョンのモンスター駆除は大変危険です。そんな仕事を、高校生にやらせるべきではありません。影一さんもそう思いませんか?」
「お気持ちは理解します。しかし現行法において、高校生がダンジョンに入ってはならない、掃除屋の仕事をしてはならない、という法はございません」
「倫理的な問題です。……私達はまだ子供です。もちろん私はそうは思いませんけど、立場上まだ青年と認められていません。それなのに、一生ものの怪我をするかもしれないようなことを、するべきではない、と思うのです」
ふむ、美味しい、と出されたうめ昆布茶を頂く影一。
「理解できる話ですね」
「ありがとうございます。……それに綺羅星さんは元々、何かと戦うような、暴力的な性格ではありません。学校でも真面目で、みんなの話をきちんと聞き、先生の期待にも応えてくれる、私の大切な友人です。……そんな彼女を、モンスター退治、なんていう野蛮な行為に参加させないでほしいのです。汚れるので。……私、ヘンなことを言ってますか?」
「いえ。あなたの考えに、さほど違和感は覚えません」
テーブルの下で、ぐりぐりと踵を擦る綺羅星。
ああ、腹立たしい。本当に腹立たしい――けれど、いまは聞き耳を立てることしか出来ない。
「影一さん。私はつい先程、綺羅星さんとお友達とダンジョンに伺いました。正直、遊び半分でもありましたし、友達同士の交流を深める、そんな軽いつもりでお伺いしたのです。ですが、綺羅星さんとお友達が襲われる事件が置いた……悪い男に、酷い目に遭わされそうになったのです」
「それは災難でしたね。生きてますか? お相手は」
「はい、幸いなこと……え、お相手? 逃げましたけど……」
「そうですか。まあ証拠が残りますからね。近いうちに、地雷でなくても証拠を残さない方法を伝授しますか」
ふむ残念、と腕組みする影一。
会話がかみ合ってそうでかみ合ってないのは黙っておこう。
あと先生、証拠が残らない方法もっと教えてください。
失礼、と影一が話を区切り、城ヶ崎に先を促す。
「影一さんがどういった経緯で、綺羅星さんをお誘いしたのかは存じません。ですが……宜しければ、手を引いて頂けませんでしょうか」
「仮の話ですが、お断りします、といったら?」
「……多少のお金でしたら、ご用意できますので」
「綺羅星さんはずいぶん個性的な友達をお持ちのようですね。よくも、悪くも」
影一が笑い、ゆったりとカップに口をつけるのを見て、……ほんの少しだけ心が揺らぐ。
無い、とは思うけど。
もし影一が、綺羅星には普通の高校生活を送ってほしいと考え、綺羅星を見放したら。
そしたら、私は……。
「綺羅星さんの意見は、聞くまでもなく掃除屋家業の継続ですね?」
「もちろんです」
「綺羅星さん……」
「とはいえ城ヶ崎さんも、本人がそう言ってるから、では納得されないでしょう。ダンジョンは危険がつきもの。いかに私が配慮しようと、100%の安全は保証できません」
「……そこまでご理解されてるのでしたら、ぜひ、大人としての責任を果たして頂けませんか?」
「主張は理解しました」
ご馳走様、と、うめ昆布茶を堪能して手を合わせる影一。それから、
「では。私も一介の大人として、異なるアプローチから本件についてご説明させて頂きます」
影一がスマホをくるりと回転させ、テーブルに置く。
画面に映し出されたのは、有名なダンジョン配信者による実況動画だ。
現役高校生チームによる、S級ダンジョン”凪の平原”らくらく低層攻略。
誰でも倒せる土塊ゴーレム攻略法と銘打ち、弱点解説などをした動画が10万再生もされている。
「こちらは今のご時世、ありふれた高校生によるダンジョン攻略配信動画です。……ダンジョンは危険と仰いましたが、普通に戦っていますよ。現役高校生が。これは、掃除屋家業となにか違うのでしょうか?」
「それは……でも、お仕事で挑まれるのはもっと難しいダンジョンだと」
「彼等は中層の攻略も行っています。有名攻略チームの育成枠とはいえ、高校生の参加は珍しいものではありません。そして私も、手前味噌ながらプロの狩人であり、私の監督のもと綺羅星さんは仕事をしています」
つまり、と人差し指を立てる影一。
「綺羅星さんの参加は、あなたが思っているよりも一般的に行われている、ごくありふれた行為です」
「っ……でも、命の危険があるのは確かじゃないですか。そんな危ないことを、」
「であれば、法律で禁止しては?」
……へ?
豆鉄砲を顔面に受けたかのようにびっくりする城ヶ崎に、影一は笑う。
「禁止事項。あるでしょう、我が国にも。代表的なものとしてはアルコール、煙草、卑猥な表現物に、運転免許。婚姻も十八歳以上にならなければ認められないといった具合に、危ういものは法がきちんと規制しています。
では、ダンジョンは?
命がけの危険な行為。毎年、数え切れないほどの事故が起きているにも関わらず、どうして政府はそれを禁じていないのか。……つけ加えますと、高校生による攻略動画が、平然と世に流れているのか。考えたことはございますか?」
「それは、でも」
「危ないものを配信してるというなら、アカウントbanすれば良いでしょう? なのに、当たり前のように配信が行われ、それに憧れた若者がダンジョンに挑み、政府は制限すらしようとしない。それは何故でしょう?」
ダンジョンは危険。そんなことはいまや世界の常識。
にも関わらず今の日本にはダンジョン攻略が当たり前のように配信され、人が死ぬと知りながらもそれを視聴している人が居る。
いまや日常に溶け込んだ、ダンジョンショップ。
ダンジョン観光ツアーに、ダンジョンを利用した健康活動。さらには高校にまで取り入れられている、ダンジョン授業――制限どころか推奨すらしているような現状について、疑問を持たないのか?
アプローチを変えて、考えてみましょう。
手品のように手を変えた影一に、城ヶ崎が翻弄され……綺羅星もまた、感覚を狂わされる。
そういえば、どうして――高校生が、ダンジョン攻略に参加できるのだろう?
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