第二章
(第二章プロローグ)第62話 城ヶ崎河合
「どうかしましたか、河合。朝から浮かない顔していますね……何かありましたか?」
夏には遠い、けれど暖かな風が流れ始めた四月下旬。
今日は良い天気ですねと母に誘われ、二階バルコニーで朝食をともにした彼女――
紅茶の味は、心持ちいつもより薄い。
原因はわかっている。十日前に起きた暴力事件の影響だ。
――友達である
直接見たわけではないけれど、多くのクラスメイトが噂をしてたし、それに……心ない人が拡散した動画が、裏サイトに広まっていると聞く。
姉見さんは1ヶ月の停学処分。ただ、
事件は近所でちょっとしたニュースになり、学校でも職員会議で揉めたと聞く。
綺羅星さんは骨折こそしなかったものの、痛々しい包帯のあとが同情を買い、みんなに心配されていた。
また担任の先生を通じて”売り”の話が全て嘘だとも説明された。
本人曰く「大丈夫」と笑っているけど、たまに辛そうな笑顔を浮かべている。
妹屋さんは……学校に来てるけど、腫れ物のような扱いだ。
そして、私は――
「河合はもう、大丈夫なの? ダンジョンで怪我をしたと聞いた時は、驚いたけれど」
「私は、大した怪我はしてませんので。それに、よく覚えてませんし……」
学校で起きたダンジョン事件。城ヶ崎も被害者だが、記憶は曖昧だ。
……上半身に鎧を着けたバケモノの記憶は、ある。
けれど彼女はすぐに意識を失ってしまったし、大した怪我も負わなかった。
だから――あれは、恐ろしいモンスターが起こした事故、というのが城ヶ崎の考えだ。
……妹屋さんのいう「委員長の変装」なんてことは、絶対にあり得ない。
私達は友達だ。
友達というのは、お互いに仲良くするもの。
だから友達に向かって、チェーンソーを振り回したり、……あの時、城ヶ崎は背後から突き飛ばされた気もするけど――友達を生贄みたいに突き飛ばすなんて、絶対にあり得ない。
疑うこと自体、失礼だとすら思う。
全て悪質なモンスターの仕業。
それ以外に考えられない。
そして、全てがモンスターによる悪質な行為なら――
姉見さんが、綺羅星さんをモンスターだと殴りつけたのは、ただの、勘違い。
ボタンの掛け違いに、過ぎないのだ。
「お母様。私の友達である姉見さんや妹屋さんは、ダンジョンに出たモンスターを友達の変装だと思っているようです。……ですが、そんなことはあり得ません。彼女は、ダンジョンに現れた本物のモンスターに襲われた恐怖を勘違いしてるのかと……」
「ええ。学校から説明も聞きましたが、鎧の化物がいたのでしょう?」
「はい。透明になる鎧のモンスターがいた、と」
学校の先生が、担当した掃除屋から聞いたらしい。
「全てはモンスターの仕業でした」と。
当然、すでにモンスターは駆除されダンジョンは消えている。
「ですがそのせいで、皆様はいま、仲違いされています。……噂によれば、鎌瀬さん達は以前から綺羅星さんを虐めてたとも聞きますが……それもどこまで本当か、どうか」
友達が、友達を虐めるはずがない。
そんなの当たり前のことなのに、と眉を寄せる城ヶ崎に、母が柔らかく微笑む。
「河合は本当に、優しい子ですね」
「私はお母様に学んだことを実践しているだけです。……人を信じることを忘れてはなりません、と」
「ええ。世の中には醜い争いが絶えず起きています。……しかし、私達は人間。人には知性があり言葉がある。であれば互いに言葉を交わし、理解しあうことが出来れば、人は必ず手を取り合うことができるのです」
母の教えに、はい、と頷く。
城ヶ崎は母の正しさを信じている。信仰、と呼んで差し支えないほどに。
実際、母はすごい人だ。
普段から精力的にネットでのボランティア活動に取り組んでいるし、それに……
小学生のころ、城ヶ崎はクラスメイトから軽い虐めにあっていたが、母様が相手方の母親へ”折り菓子”をもって説明にいった途端、虐めがぱたりとなくなった。
それどころか昨日まで嫌われていた同級生から、遊びに誘われたほどだ。
あのときの感動はいまでも覚えているし、初めてできた友達と夕方までお勉強をしたのは、今でも鮮明に思い出せる。
だから、城ヶ崎は人と人との対話を……
言葉の強さを、心から信じている。
「河合。あなたは、お友達と仲直りしたいのですね?」
「……はい。鎌瀬さんと綺羅星さんは、入学したての私に声をかけてくださった、大切な友達です。……それに、中学のときの失敗は繰り返したくありません」
「ええ。あの時はつい、母も心配であなたを学校に行かせなくしてしまったけど、いま思えば失敗でした。……あなたを信じ、立ち向かわせるべきでした」
城ヶ崎がいまの平凡な学校に来たのには理由がある。
前に通っていた中学で、友達と仲良くなれず、逆に嫌がらせを受けたからだ。
あれも、いまにして思えば――自分の説得力が、足りなかったのだろう。
友達として、彼女達を諭すための言葉が不足していた。友達を信じる心が、足りなかったのだ。
だからこそ、城ヶ崎は同じ失敗を繰り返さない。
友達とは、必ず仲良くなれる。
仲良くならなくては、いけない。
でなければ、城ヶ崎が転校までして今の学校にきた意味が、信念が、折れてしまう……。
「頑張りなさい、河合。母はあなたがまっすぐに育ってくれたことを、城ヶ崎家の人間として誇りに思います」
「はい、お母様」
「いい返事です。でも何かありましたら、いつでも相談してくださいね。……万が一、城ヶ崎家の醜聞になりそうなことに繋がるなら、早めに対処しなくてはなりません」
「……醜聞、ですか?」
「ええ。母は、人と人との絆を信じています。ですが世の中には、ただ人様のことを悪辣に言いたいだけの、どうしようもない人間もたまに存在します。……もちろん、あなたの同級生にはいませんけれど……大人の中には、人を信じられない卑怯者が、ほんの僅かですが存在するのです」
母が残念そうに語り、時間ですのでと席を立った。
今日は確か、お料理教室があったはず。その後は、ヨガ……だったかな?
母は自らを磨くことに余念がない。
そんな母の背を見送り、城ヶ崎は冷たくなったカップに口をつけ――
ひとつ、気になることを思う。
最近、綺羅星がダンジョン関連のバイトにのめり込んでいることだ。
ダンジョンは、危険で野蛮。
学校での事件で痛感した城ヶ崎としては、綺羅星にこれ以上ダンジョンに関わってほしくない。
……彼女を最初にダンジョンに誘ったのは、城ヶ崎だけど……でも、ダンジョン攻略にのめり込むのは、違うと思う。
趣味のゲームをみんなで遊ぶのと、学生の本分を忘れて何時間ものめり込むのは、全然違う。
なのに彼女は毎日のように、ダンジョンへ。
友達のことも、放っておいて。
理由はきっと――彼女にダンジョンを勧める、悪い大人が、背後にいるのだ。
「…………」
城ヶ崎は母を尊敬している。
……同時に、この世には話し合いの通じない、本物の悪い大人がいることも知っている。
犯罪者。詐欺師。
警察に捕まるようなことをする大悪党。
……綺羅星は、バイト先にいるおじさんのことを「先生」と慕っているようだけど……
もし、そのおじさんが友達を騙す”悪”だったら?
友達を守るために――排除、するしかない。
城ヶ崎は綺羅星の友達だ。
友達が間違った道に進もうとしているのを正してあげるのも、友達の役目。
彼女に悩み事があるなら友達として相談に乗ってあげるし、お金に困っているなら、多少の施しをあげてもいい。
もし、闇バイトのような脅迫を受けてるなら……城ヶ崎家の力を使い、裏から手を回すこともできるし、それこそが本当の友達のあり方だろう、と城ヶ崎は心から信じている。
「……私は私に、出来る事をしましょう。まずは綺羅星さんと、お話です」
決意を新たに朝食を終えた城ヶ崎は、いつも通り玄関へ向かい、運転手に会釈。
音もなく発進した高級車に揺られつつスマホに触れると、トレンドにダンジョン関連のニュースが流れてきた。
――福岡市博多区に新規A級ダンジョン”海底水晶洞”が発生したとの一報。
本ダンジョンは侵食度が非常に高く、一般市民は決して近づかないようにと迷宮庁より異例の報告が行われた。また、本ダンジョンにて確認されたボスモンスター”マザースフィア”を万が一地上で目撃した場合、早めの通報を……
無関係なニュースだ、とスワイプしかけ、手を止める。
ダンジョンは危険。
でも、S級ダンジョン”凪の平原”低層のように、安全が確保された施設もある。
……最近は、ダンジョンを通じて仲良くなる”ダン友”なんて活動もあると聞くし――なにより。
ダンジョンで仲違いをしたなら、ダンジョンで仲直り――というのは、構図として美しい。
決めた。
彼女をもう一度、友達としてダンジョンに誘おう!
その上できちんとお話をして、彼女に理解してもらおう。
学生の本分は、友情と勉強。
ダンジョンなんて野蛮で危険でつまらないものに、JKの時間を捧げるべきではない。
それよりは友達と仲良く遊ぶ方が、よっぽど大切に決まっている。
そう。
高校生として当然のことを話せば、彼女だって理解してくれる。
理解するに決まっている。
理解しなくてはならない。
それが城ヶ崎の信じる友達であり、それ以外の友達関係などこの世に存在しないからだ、と、城ヶ崎はごく自然な思考を巡らせながら……
友達である綺羅星さんと、今日はどんな話をしようかな?
と、普通の女子高生らしい微笑みを浮かべ、話したい内容をゆっくりスマホにメモし始めるのだった。
――――――――――――――――――
※作者より
暫しお休みを頂く予定でしたが、頑張って第二章も続けることに致しました!
毎日更新できるかは分かりませんが、宜しくお願いいたします。
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