第45話 師匠として

「では改めて、状況を整理しましょう。綺羅星さんは相手の友達に呼ばれ、悩んだ末にダンジョンでの闇討ちを考えた」

「……本当は、どうしたらいいか分からなくて、先生みたいにやったらどうかなって思って」


 淡々と答える影一につられてか、綺羅星の声が少しずつ落ち着きを取り戻す。

 いい傾向だ、と影一は頷きながら続ける。


「それでまず、相手を誘い出すために靴や靴下を置いて誘導した。相手は案の定それに乗ってきた、と」


 こくこく頷く綺羅星。

 ミミックが得物を誘うかのような配置は、中々に面白い。

 今度、自分も試してみようと思う。


「それで得物がノコノコと入ってきたのを確認し、綺羅星さんはフロア奥の扉の裏手に隠れた」

「部屋の中にいると、見つかってしまうので」

「それで、お友達が入ってきて、まずどうされました?」

「……知らない男の人が二人いたので、まずは男性を背後から襲いました。力で攻められると、まずい、と思ったので」


 ダンジョンでの強さは魔力に比例するものの、男性のほうが筋力が強い――正確には、無意識のうちに魔力を力に配分していることが多い。

 男から無力化するのは、全員を制圧する点から見ても間違っていない。


「それで男二人を動けなくするため、膝と腕を切った。それで?」

「……次に、城ヶ崎さん……お嬢様を、チェーンソーで叩いて。好きではない子でしたけど、悪い子ではなかったので……切るのを、躊躇いました」

「まあ人間ですから、そういうこともあるでしょう。残りは?」

「残りの二人……姉妹が目の前で喧嘩し始めて……たぶん、どっちかを生贄にして逃げるつもりで揉めてたと思います。それで、姉が前に出されて。……チェーンソーを振りかぶって、めり込ませて……そこで先生の声がしたので慌てて”ハイドクローク”で逃げました」

「再確認ですが、レコーダーは?」

「”察”で確かめたので、たぶん……」


 ダンジョンレコーダーは通信に魔力を用いているため、魔力を探知することで所持判別が可能だ。

 ふむ、と影一は時系列を整理したのち、まず一言。


「綺羅星さん。繰り返しになりますが、良い出来です。計画に粗はありますが全体的にきちんと頭が回っていますね」

「っ……けど、目撃証言とか……あの姉妹と、部室棟の裏で待ち合わせてたって話を出されたら、私が疑われて」

「言い訳など幾らでも出来ます。……例えば、綺羅星さんは例の姉妹にダンジョンへくるよう呼び出された。先に来ていたが、綺羅星さん自身も化物に襲われ逃げた」

「え? ……で、でも犯人は私だって、あの姉妹はきっと」

「モンスターの正体が、じつは鎧を着込みチェーンソーを担いだ真面目なクラス委員長だと? ホラー映画の見過ぎでは?」

「……でもあの鎧姿は、もしかしたら前回のダンジョンクエストで見られて」

「見たのは一般通過した狩人とナンバーズだけです。学校にまで噂は届きませんし、届いたとしても言いがかりだと突っぱねればいい」


 私なら鼻で笑いますよ、と影一はくつくつと笑う。

 その点は心配する必要もないだろう。それに――


「綺羅星さん。以前私は、あなたにはあなたの力がある、とお伝えしました。今こそそれを使うべき時でしょう」

「……それって、どういう……」

「あなたは自身の真面目さを、あまり好いていないように見受けられます。が、模範的な生活態度に優秀な成績。遅刻や校則違反もない経歴は、信用力という点において強力な武器になります。……そのような真面目な子と、相手の姉妹のようにいかにも生活態度が悪そうな子と。先生はどちらを信用するでしょうか?」


 真実などどうでもいい。

 大切なのは、彼女が周囲からどのような人物として見られているか、だ。

 聞く限り、その姉妹も教室ではうまくやっているようだが――見ている人は、見ているもの。


「さらに綺羅星さんに有利な点があります。……確か、私とあなたが如何わしい関係にあると噂されたとか?」

「っ……す、すみません。それは本当に……」

「であれば私が学校へ直に赴き、誤解を解きましょう。狩人ライセンスを提示し、私が真っ当な仕事人であることをご説明いたします」

「へ? でも……」


 そこまでしてもらうのは、と困惑する綺羅星に、影一はそっとPC画面を起動する。

 実は――話を聞きながら、依頼を受けた。

 綺羅星が通う学校にできたダンジョン、その掃除の委託業務だ。


「私が掃除を行うついでに、先生方にご説明いたします。――ダンジョンに隠れていた鎧の化物についても細工を少々。これだけ証拠が揃い、実務も行ったとあれば十分でしょう?」


 綺羅星は遠慮していたが、そもそも隠し立てすることもない。

 影一は正規の掃除屋であり、狩人B級ライセンス所持のプロ。そのうえ先日は迷宮庁公認の業務に、綺羅星を連れて参加した。

 影一だけでなく――彼女には既に、実績がある。


 ならば堂々と説明したほうが、余計な勘ぐりをされなくて済むというもの。


「で、でも先生に、そこまでご迷惑をかけるわけには……!」

「綺羅星さん。奇妙な縁とはいえあなたは私の弟子になりました。であれば弟子を守らなくて、何が師匠でしょうか」

「……っ」

「ああ。別段、私が善意に目覚めたわけではありませんよ。ただ、私はルールを守る性格です。あなたを一度弟子と認めた以上、あなたが裏切ったり余程期待に沿わなかった場合を除いて私にはあなたを守る義務がある」


 彼女とは一度、師弟関係になる約束を交わした。

 ならば彼女を守るのも影一の仕事であり、守るべきルールのひとつ――他人にルールを強要するのであれば、自身もルールに則らなければダブルスタンダードになってしまうだろう。

 つけ加えるなら、彼女を守っていたほうが――将来、面白いことになりそうだ。


「ですので綺羅星さん。もう少し素直に、私を頼っても良いんですよ」

「けど」

「あなたはまだ高校生。推察するに、ご両親には頼りづらい環境のようですが……私のストレスにならない範囲であれば面倒ぐらい見ます。その方が、私も気が楽ですし」

「っ……」

「チェーンソーを振るうのも結構。ですが同時に、人を頼ることも学びなさい。私が信頼に足る人物だとはお世辞にも言えませんが、少なくとも、殺人の後始末くらいであれば朝のストレッチと同程度の労力でお手伝いいたしますから、ね」


 彼女は深刻に悩んでいたようだが、学校側の誤解を解くなど造作もない。

 

 そう告げると、綺羅星はなぜか再び、ぐっと我慢するように涙を堪え。

 けれど耐えきれず、瞳に大粒の波をため込み……


「っ、ううっ……ありがとう、ございます……!」


 ぽろぽろと涙しながら己の身体を抱きしめ、俯いてしまった。

 ふむ。何か言葉を間違えたのだろうか?


 影一としては、当然の言葉を口にしただけだが。

 他人の心情変化にうとい一面がある影一には、彼女がどうして泣いているのか分からない部分がある。

 まあ、悪い印象は持たれていないと思うが。


 それよりも――影一としては、他にやるべきことがある。

 ……彼女は今回、計画こそ遂行できたものの心理的な不安はまだまだ強いようだ。

 なら今後、同じような失敗をさせないために、彼女に学んで貰うべきことがある。


「……綺羅星さん。ひとしきり泣いたあとで良いのですが、今後についてのお話を宜しいでしょうか」

「……ぁぃ、す、すみません……」

「謝らなくて大丈夫ですよ。――反省をした後は、改善を行いましょう。PDCAサイクルを回し、より効率的かつ最適な排除を行えるよう学習するのです」


 影一は薄く笑い、改めて彼女に促す。


「綺羅星さん。今回の計画において一つ、あなたの大きな欠点が判明しました。何だと思いますか?」

「……計画のずさんさ、ですか」

「違います。綺羅星さんは比較的、頭はよい部類に入る人間です。そうではありません」

「じゃあ…………強さ、とか」

「ええ。正しくは心の強さです。今回、多少の計画性はあったものの、それでも感情に囚われうまく犯行を成せない部分があった。それに犯行後の動揺も著しい。それは、適切な後処理をするうえでよくありません。……ではその根底――心を鍛えるために、何をすれば良いと思いますか?」


 人差し指を立て、影一は師匠として弟子に伝える。

 人の心を鍛える方法は、何か。

 影一自身、理不尽だと理解しているが……人間の心に強い耐性を持たせる方法は、ひとつしかない。


 首を傾げる綺羅星に、影一ふっとゆるく笑いながら。


「宜しければ今から、私と修行に参りましょう。すでに夜遅いですが……将来きっと、あなたのためになる修行です」


*


 そうしてひとしきり、綺羅星の話を聞き終えた深夜。

 影一は真夜中にもかかわらず綺羅星を連れ、再び”凪の平原”から続く新規ダンジョン”雪原氷山”入口ゲートをくぐり。


 広がる銀世界の中、咆吼とともに現れた本ダンジョン最強の雑魚モンスター。

”氷結竜アイスオーグ”を見上げ、どうぞ、と彼女に道を譲った。


「綺羅星さん。三十分あげますので、アレと戦ってください」

「………………は?」


 ぽかんとする綺羅星に、影一は営業用スマイルを浮かべ、宣告する。


「本物の竜相手に死ぬ気で戦えば、今後、同級生ごときに怯えることもないでしょう? 死地にて精神を鍛えるよい機会です」

「は? 先生なに言って……」

「なお、今回は油断してると本当に死にますので注意してください」

「え、え、え……?」


 綺羅星の泣きはらしたばかりの顔がぽかんとする中、影一は平然と彼女を死地に送り込んだ。


 ダンジョンでの強烈な荒事を経験すれば――泣いてる暇などないと、その身体で理解できるはずだから。


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