第25話 計画
『ベテラン配信者である君達に、こんな忠告をする必要はないと思っていたがね。九条君』
ねちねちとした嫌味から始まった通話は、ナンバーズの長たる九条にとって実に屈辱的な内容だった。
『九条君。ダンジョンアタックが暗黙の了解で見逃される風潮があるとはいえ、好き勝手にやりすぎても困るな。しかも、悪七は逮捕だと? あいつの管理は君の責任だろう』
「申し訳ありません。その、言って聞かせはしたのですが」
『先日、迷宮庁からクレームが入ったよ。一部の配信者による身勝手な暴走だと返したが、騒ぎが続くようでは運営側の責任も問われる。そこ、分かっているのかね?』
モニターの奥、デスクに悠々と腰掛ける壮年の背広男は、九条達“ナンバーズ”が所属する事務所のボスだ。
柳宮二。
配信グループ”Re:リトライズ”の現社長であり、昔は業界最大手と呼ばれる事務所に勤めた経歴もあるらしい。
もっとも、経歴の通り優秀であるかと聞かれれば、疑問に思う。
金に欲目を出したこの男が配信者やスタッフを自身の手足のように扱った結果、幾人もの離反者を出しているのも事実。
その責任を、全部こちらに被せるな――
『そのうえ、最近は数字も振るわないようじゃないか。工夫が足りないんじゃないかね?』
「それは……しかし社長が、違法なダンジョンアタックをしてでもリスナーを集めろと」
『誤解しないでいただきたいが、私は君に犯罪を進めた覚えはない。あくまでこういう方法もある、と伝えただけだ。そもそも、配信業とは自由が売りだろうに』
のうのうと語る社長の頭を、トマトみたいに潰してやりたい、と九条は歯ぎしりをする。
一体いつから、こうなったのか。
――ダンジョン配信は、最高だ。
――仕事時間はいつでも自由。報酬はすべて自分の努力次第。
――視聴者の応援をもらいながら、楽しい冒険の旅にでよう。
ありふれた広告につられ、鬱屈とした底辺大学生活を中退しこの道に進んだ。
最初は九条も、自由と希望に溢れているここでこそ自分の力を発揮できると思ったのだ。
なのに――現実は、ここでも不平等が蔓延っている。
あせくせダンジョンを攻略し、偽りの笑顔を振りまいても集まるのは同接50程度。それもアンチが大半。
気づけば毎日毎月、数字に追われる日々。
これでは上司に詰められ、青い顔をしながら満員電車に揺られる社畜となんら変わりないではないか。
くそが、と内心苛立ちながら、九条は細やかな反論をする。
「……人気を取るにも、探索のためにも、新メンバーが必要です。悪七ナナは素行こそ悪かったものの、実力は確かなので」
『君達のグループは元々、八人以上いただろう? 君の人望が足りないんじゃないのかね?』
「それは……」
『まあ、君がリーダーの器でないのは分かっていたがね。それでも、立場が人を育てる、という言葉もある。割り振られた役割をきちんとこなさなければ、君の居場所はどんどんなくなるよ。それとも、私の事務所以外でやっていけるアテでもあるのかね?』
「…………」
最近のナンバーズは、世間的にも悪名が多い。
現事務所をクビになったら、九条には行き場がない。
そしたら……自分は、無職? 冗談じゃない。
『まあ、いい。新人は私にアテがある、後で紹介しよう。君達にとって都合のいい救世主になるといいがね。では頼んだよ』
webカメラが途切れ、九条は机に拳を叩きつける。
くそ、くそ、くそっ――!
自分の人生はどうして、こうも不平等で理不尽なのか。
九条は目を真っ赤にして歯ぎしりし、椅子を蹴飛ばしたのち自室を出て階段を降りると――
台所にいた母親と目があった。
顔を真っ赤にした九条にぎょっとし、すぐに伺うようにへりくだりながら。
「ねえ。あなた最近ほんとに大丈夫なの……? やっぱりお母さん、ダンジョン配信なんて危ないと思うんだけど……それにほら、最近お友達が逮捕されたって」
「……チッ」
業界のことを何一つ知らないヤツが、口出しするんじゃねえ。
舌打ちしつつ母親を無視し、九条はスマホ片手に飛び出した。
*
近所の病院に向かい、九条が会議の結果を説明すると――
「んだとぉ!? くそ、っざけんなよあの野郎! 偉そうにふんぞり返りやがって無能が!!!」
がしゃん、と点滴棒を叩きつけ、八崎が怒りのあまり顔を真っ赤に染めながら暴れていた。
先のダンジョン攻略にてハメられた八崎は病院に運ばれ、入院が必要と診断された。
入院生活は八崎にとってずいぶん窮屈なものだったらしい。
しかも隣の病室に火傷で入院してきたJK姉妹がいたらしくそいつらがずいぶん煩い、と愚痴ってきた。
まあ、明日には退院できるので重症ではないようだが。
「クソ……悪七のやつも、ヘマしやがって。こっちにまで迷惑かけるなっての」
「八崎。迷宮庁は?」
「来やがったよ。ねちねちねちねち同じことばっか聞きやがって。それに、俺達の素行がどうだと偉そうによぉ!」
当然ながら、悪七ナナの件について迷宮庁から追求を受けた。
幸い、あの背広男が提出したレコーダーに八崎の暴言は録音されておらず、悪七ナナがスキルを発動するシーンだけがはっきり映っていたらしい。
自分達は無関係、あの女が勝手にやった――あの女には自分達も困っていた、と言い逃れしたのだろう。
そして自分達が、こんな惨めな目にあっている理由は――
「で? リーダー、あのリーマン野郎の名前は分かったか」
「ああ。影一普通という掃除屋らしい」
「……落とし前、つけるんだよな? ここまで馬鹿にされてよぉ」
「復讐は何も生まないよ、八崎。……と、いいたい所だけど。あの男の持ってるレコーダーは早めに始末したい」
復讐とは別の理由もある。
あの男がもし、迷宮庁に提出したレコーダーの記録をSNSに流したら……九条の立場は、非常にまずいことになる。
そうなる前に、アイツを……。
「……で? リーダー。方法は? 今から直接、自宅にご挨拶に行くか?」
「八崎、君は相変わらず馬鹿だね。現実で犯罪を起こしたら、警察がすっ飛んでくるに決まっているだろう? 地上ではスキルの効果も薄まるし、最近は発動スキルを特定する犯罪捜査官もいると聞く」
地上でやるには不利すぎる。
なら、方法はひとつしかない。
「……お礼をするなら、ダンジョンの中でしかないだろうね」
「アテは?」
「迷宮庁が現在、四大ダンジョン”凪の平原”中層に出現したモンスターの掃除業務を募集している。ここに、あの男が参加するという情報を得た」
「あ? んな情報どっから……」
「お金を払うところに払えば、情報を頂けるものだよ。そこに僕等も参加し、不運な”事故”が起きた。いつもの筋書きだよ」
”ナンバーズ”は配信業が主ではあるが、狩人ライセンスも全員B級を所持している。
参加資格C級以上の本クエストなら受注も可能だ、と笑うと、八崎もつられて下卑た笑いを浮かべた。
「なら話は早ぇ。早速、お礼してやんねぇとなぁ?」
「ああ。ただ今度こそ、バレないよう気をつけないと、ね」
ダンジョンで”事故”はよくあること――
九条は八崎とともに陰気に笑いながら、次の計画を立て始めた。
その頃。
業務メールを整理していた影一普通は、懇意にしている情報屋からのメッセージに眉を顰めた。
『君のことを調べてる連中がいるよ。ナンバーズ、っていう配信業の連中らしい。心当たりは?』
『ふむ。その連中の住所氏名年齢、家族構成および所属事務所についての詳細情報を頂けますか』
安心安全ノンストレスを目指す影一は、幾つもか逆トラップを仕掛けている。
その一つが『自分について検索をかけてきた者』への逆サーチ行為だ。
まあ、あの程度の雑魚であればいつでも対処可能――
自宅を闇討ち爆破するまでもないか、とごく普通の結論に至りながら、影一は明日より始める綺羅星の育成計画について考え始めた。
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