第24話 弟子2

 影一普通は面倒事を嫌う。

 ストレスの原因の多くは人間関係であり、生活に支障のないかぎり他者との接触を避けたいのが、影一の希望だ。


 とはいえ、仕事上の協力者は必要だ。

 自分の生活の邪魔をせず、将来的に力になってもらえる可能性がある相手ならば、事前投資も悪くない――と、窮屈そうに座る綺羅星へ改めて語る。


「綺羅星さん。あなたの魅力は、年齢。言い換えればポテンシャル、成長率です。……当然の話で恐縮ですが、ダンジョンに挑むのが若ければ若いほど、最終的な強さは上がります」

「ポテンシャル……そんなもので、いいんですか?」

「そんなもの、どころか当然ですよ。普通の会社が新人を採用するのも、将来性を買ってのことでしょうし」


 元社会人の影一にとっては、当然の話だ(ブラック企業を除く)。


「先生は、私に将来性がある、と?」

「分かりません。ただ、可能性はあるとは踏んでいます。とくに、価値観の点においては優秀でしょう」


 彼女は昨日ダンジョンで同席した際、迷いはしたものの最後は容赦なく苛めっ子共を燃やし尽くした。

 そのうえ、火炎放射器を叩きつける追撃もして、だ。


 多くの人間は加害行動に移る前に、善意や罪悪感といったブレーキにより歯止めがかかる。

 頭の中でいくら暴力的な妄想をしても、実行に移すハードルは高いもの。

 けど、彼女は躊躇なく行った。

 それこそ彼女のポテンシャルであり才能だ。


 影一の見立てる”綺羅星善子”という人間は、清く、真面目で正しい。

 しかしその真面目さは、窮屈な檻に押し込められた歪なもの。

 ひとたび鎖を外せば、心の奥にくすぶる獣が獰猛な牙を剥くのではないか――?


「それをふまえ、私に師事したいのであれば、ふたつ、約束してください。……ひとつは日々きちんと成長し、戦えるようになること。成長を急ぐ必要はありませんが、停滞しすぎても困ります。もちろん、学校生活と両立しながらで構いませんので、ゆるりとやって参りましょう。――目処は、三年」

「三年……」

「高校生にとっては長いですが、社会人なら三年なんてあっという間です。それに、あと数年すれば“ラスボス”が出てくる可能性がありますし」

「ラスボス?」

「未来の話です。お気にせず。……して、ふたつめは」


 二つ目の指を立てる。

 他人と契約する以上、どうしても交わさねばならないもの。


「私を裏切らないこと。あえて言葉にする必要はありませんが、私は他人の心ない裏切りをもっとも嫌います」

「…………」

「もちろん私と相談した結果、互いの方向性が違うと判明して別れることはあるでしょう。私とあなたは異なる人間であり、生き様や方針が食い違うのは当然です。ただその場合でも、最低限の相談を行っていただきたい。一方的な裏切り――契約を反故にしたり、無視したり、恐喝的な態度をもって接してきた相手に、私は容赦を致しません」


 規律を重んじる影一にとって、それは死罪に等しい行為だ。

 当然ながら、自分と一度約束を交わしたものであればあるほど、その罪は深くなる。


 綺羅星が前のめりに身体を浮かし、「も、もちろ――」言いかけ、押し留めた。


「……その約束を守るには、何を心がけたら良いですか?」

「安易に『わかりました』と口にしなかったのは高得点です。……とはいえ、裏切り、というのは定義が曖昧ですので契約書を交わすというのも難しいですね」


 提案したものの、どうしたものか。

 会社なら金銭的同意を交わし、破った側が違法行為に問われる契約書を作成しておけば良いが、ふうむ。


 影一が珍しく悩み、顎をこすっていると。


「影一さん。私の身体に、例の爆発トラップを仕掛けるというのは、どうでしょう」

「……その心は?」

「先生が裏切ったと判断したら、爆発させるとか」

「面白い発想ですが、遠慮しておきましょう。なぜなら、私の頭がおかしくなってあなたを害する可能性もありますので」

「影一さんなら大丈夫では……」

「人間である以上、ミスからは逃れられません。完璧な人間など、この世に存在しませんからね」


 影一普通は、自分を絶対視しているわけではない。

 感情的動揺による判断ミスも、想定しうることだ。


 とはいえ、彼女の心意気は理解した。

 というか……


(自分の体内に爆弾を埋めてください、とは、彼女もなかなか気が狂っている)


 その狂気があれば、十分。

 あとは信用するしかない、と影一も腹をくくる。


「では、上記の件は口約束と致しましょう」

「宜しいんでしょうか」

「ええ。あまり口煩く裏切りを定義づけるのも、業務のパフォーマンスを落とすだけになります。ある程度の柔軟性を持たせつつ、問題が生じるたびに対応したほうが良いケースも多々ありますので」


 社畜時代に学んだことが、こんな形で生きるとは。

 人生とは何が役に立つか分からんな、とネクタイを正しながら、影一はカップを置いて一息つく。


「私からの話は、以上となります。詳しい契約内容や、今後の育成計画については後日改めて連絡いたしますので」


 それから改めて、彼女が普段使いしているSNSを交換した。

 スケジュールアプリも登録して貰い、時間が合いそうな日を共有する方針にする。

 なお今彼女は春休み期間中らしいので、時間はあるらしい。


 彼女が今後、どういった成長を遂げるかは分からない。

 影一自身、直弟子を取ったのは初めてなので、どう対応してよいか頭を悩ませるところだが……


 まあ、請け負うと決めた以上やるしかない。

 自分の言葉には、自分で責任を取るべきだろう。

 彼女が本当に優れた人材になるかは、おいおい見定めていけばいい。


「他にご質問はありますか? ……と聞くと、企業の採用面接のようですが」

「いえ、大丈夫ですが……あ、でも」

「何でしょう。初回のお願いくらい、何でも聞きますが」


 ダンジョンの戦い方のコツ。魔力操作のコツ。スキル発動のコツ。

 掃除屋の収入、ダンジョン内外での殺人を隠蔽する効率的な方法など、ごく普通の質問であれば何でも――


「影一さんのことを……先生、と呼んでもいいですか?」

「む」

「先輩、というのも変な気しますし。師匠、でもいいですが」


 先生。先生か。

 なかなかにむず痒い問題だが、ふむ。


「構いませんよ。先生でも。まあ、何の先生かはわかりませんが」

「さつじ……じ、人生の先生、でしょうか」

「私を参考にすると、ろくな人生にならないと思いますよ。まあそれも、綺羅星さんの勝手ですが。……そして早速ですが、明日以降の仕事の相談を致しましょうか」


 話がまとまったなら、善は急げ。

 影一は鞄からタブレットを取り出し、彼女に次の仕事を紹介する。


「じつは一週間後、仕事の予約が入っていまして。綺羅星さんにはそれまでの間、まずは基礎的な魔力操作、装備品の調達を行った後、こちらの仕事に参加していただきます」

「は、はい。……それで、次の仕事って?」

「政府公認の仕事になります」


 表示された次のターゲット。

 それは、影一達のお膝元にある公営ダンジョンの中で、最大規模となるもの。


「S級ダンジョン”凪の平原”。現在日本に存在する四大ダンジョンのひとつ、我々の地元福岡にある最大級の迷宮――それが、私達が向かう次の仕事場になります」


 すこし大きめの仕事になるだろう。

 でも、影一がやるべきことは普段通りの駆除業務。いつもと変わりない日々――


「……も、もしかして、政府公認の暗殺とか……」

「綺羅星さん、掃除屋の仕事はモンスターを駆除することですからね? 殺人は本業ではありませんよ。私の邪魔をしない限りは」


 弟子のダンジョン教育の前に、まず師匠への認識を改めてもらう必要があるかもしれない……

 等と考えつつ、影一は今後彼女をどう教育していくか、ゆっくりと思案し始めた。



 ――ふむ。まずは証拠隠滅の練習から、だろうか?

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