第13話 JKと影一
空からJKが降ってきた。
掃除屋を始めて二年。
荒事には慣れたつもりだったが、空から女の子が降ってきたのは映画以外で初めてみた。
一応、女子高生型モンスターの奇襲も考えたが可能性は低いだろう。
LAWにそんな魔物はいなかったし。
「大丈夫ですか。失礼ながら、私はなぜあなたが降ってきたのか、事情を全く飲み込めておりません。宜しければお伺いしても?」
制服は、見覚えのある地元高校のものだ。
過度なアクセサリやメイクもない、真面目を絵に描いたようなフレーム眼鏡の少女は、逆に今どき珍しい気もする。
いきなり落ちてきたのは驚いたが……まあ、何事にも理由はある。
影一が淡々と問えば、彼女は「あ……」と声を零し。
自らの身体をぎゅっと抱きしめ、かちかちと小さく歯を震わせながら――ぺたん、とへたり込んでしまった。
「っ、うっ……っ……!」
「失礼。一旦休憩にいたしましょうか」
配慮に欠けたか。動機は不明だが、命を落とす危険に触れたのだ。
怖くないはずがあるまい。
影一は自身のインベントリから、白色の宝石を取り出した。
砕いて地面にばらまくと、周囲に円上の白い光がのび、自分達を包んでいく。
結界石と呼ばれる、モンスターの襲撃を一時的に防ぐアイテムだ。
さて、と影一は適当な壁に腰を下ろし、少女が落ち着くのを待つことにした。
しばらく時間を置いた彼女は、綺羅星と名乗り、ぺこりと丁寧にお辞儀をしてきた。
「すみません。助けて頂いて、本当にありがとうございます……お礼も言わず、ごめんなさい」
「お気にせず。偶然通りかかった身ですので。とはいえ、野生のダンジョンに年頃の学生がいるのは不可解ですが」
暗に理由を問うと、少女はまたも俯いてしまう。
好ましくない事情があるようだが、どうしたものか……まあ、とりあえず。
「では一つだけ、ご質問にお答えください。あなたは自ら望んで、ダンジョンに立ち入られましたか?」
「え」
「望んでというのは、興味本位のような軽い気持ちで、自ら進んで入ってきたという解釈です。逆にもし、誰かに強引に連れ込まれたのなら、そうお答えください」
「…………」
少女は口を閉ざし、けれどすぐ、項垂れながら。
「……自分から、入りました」
「それが犯罪行為であると、自覚のうえでの話ですか?」
「……はい」
「ご自身一人で? それとも、お連れの方と一緒に?」
「……友達に、行こうって誘われて。……断れ、なくて」
「なるほど。パーティの先頭は、あなたが?」
こくりと頷く少女。
大方、落とし穴にかかったのだろう。落ちるのは大体パーティの先頭にいる者だ。
ということは……。
「要約すると、虐められて半ば無理やりダンジョンに連れ込まれて、落ちたと」
「え。え???」
「断れきれず一緒に入った人間は、普通パーティの先頭を歩いたりしません。それに自分も業界人として、ダンジョンいじめ、という話があるのは聞いていますしね」
もしかしたら……落とし穴に落ちたと本人は語っているが、突き通された可能性もあるな。
まあ、その件は後で考えるとして。
これから、どうしたものか――と、影一が思案していると、彼女がおろおろとスマホを取り出した。
「あ、あの! こういう時って、ダンジョン用の緊急番号に電話した方がよいんでしょうか?」
「電話するのは構いません。しかし、お勧めはしませんね」
「……どうして、ですか?」
「ダンジョン救援を利用すると、高額の利用料を取られます。なにせモンスターがいる最中に突入するわけですから、ただの救急車とは訳が違う」
一時期それで世論が荒れた。
ダンジョンに身勝手に入る人間にまで、税金と救援隊の人命をかけて助ける必要があるのか? と。
結果、政府も方針を変えて高額の利用料を取るようになったのだとか。
「もちろん私のような正規の狩人なら、保険も効きます。ですが当然、綺羅星さんは未加入でしょう」
「はい……」
「つけ加えますと、本ダンジョンは公営でなく野生のもの。となると今の綺羅星さんの立場は、無許可でダンジョンに立ち入り、身勝手に遭難した一般人という立場になります。迷宮庁の覚えは非常に悪く、また、学校や親御さんからの非難も免れないでしょう。ちなみに無保険の迷宮救援は、安くても十万は下りません」
「っ……!」
「もちろん、本当に生命の危機に瀕しているなら迷いなくかけた方が懸命です。命はひとつしかありませんからね。……で、それを理解した上で申し上げますと――」
ほんの少し、影一は次の台詞を口にするか迷うが……、まあいいかと切り替える。
「私の業務に支障がない範囲で、こっそり地上にお返ししましょう。その間、あなたの生命は私が守ることをお約束いたします」
もちろん、影一に彼女を守る義務はない。
業務に関係ないものには関与しないのは、影一の基本方針ではある。
しかし――影一の主義は、安心安全、そしてノンストレスだ。
ノンストレスとは、心に不愉快なひっかかりを覚えることなく、心地良くベッドで熟睡できること。
その一コマに、行きずりの少女を救ったという事実があるのは悪くない。
「……お願いしても……いいんですか?」
ぱちりと瞼を瞬かせる綺羅星に、影一は薄く笑って返す。
「構いません。ただ、そうですね。――これは善意で行う行動ではない、という点はご理解いただけると助かります」
「へ?」
「私は、とても自分本位な人間です。ワガママであり悪辣であり、自分のやりたくないことはしない主義、と言っても良いでしょう。その上で……そうですね。例えば、道端に猫が捨てられていたとします。もちろん無視するわけですが、翌朝、いつもの出勤時にその猫が段ボール箱の中で亡くなっていたら嫌な気分になるでしょう?」
「は、はい」
「それは私にとって、細やかながらもストレスになり、睡眠の妨げになるでしょう」
それは、影一普通の人生にとって悪影響を及ぼすに違いない。
相手があからさまな過失、或いは悪意をもっているなら丁重に天国へとお送りするが、一方で、相手が善意あるいはやむを得ない事情のうえで困っているなら配慮する。
相手のためではなく、自分のため。
影一にとっては殺人も善行も同じもの。
どちらも、私生活を快適にするためのプロセスに過ぎない。
「ですので、お礼は不要です。私は私の独善に基づき、あなたを助けようと判断した。……ああ。ただ一つだけ。私はいま、ダンジョン掃除の業務中でして。綺羅星さんを地上にお届けするのは、掃除が完了したあとでも宜しいですか」
綺羅星の身柄は守る。
影一は、基本的に約束を破らない。
一方で、影一の本職は掃除屋だ。
行きずりの少女がいかに困っているとはいえ、本来の仕事より優先するのは気が進まない。
「以上が、私の主張になります。ここまで何か、ご質問や疑問点はございますでしょうか?」
自分でも事務的になってしまったとは思うが、……問題はないだろうか?
と、少々心配ながらも問うと、彼女はぺこりと頭を下げて。
「……ありがとう、ございます。本当に、助かります」
「お礼は不要です。これは私のワガママなので」
「それでも、です。私は私の気持ちのまま、お礼を言わせていただきたいので……」
とても聞き分けの良い子だな、と影一は瞳を細める。
学校ではおそらく、先生に好かれるタイプだろう。
もっとも、人生、真面目すぎるのもよくないとは思うが……。
と、珍しい所感を抱いたその時――
影一の耳に、ブブ、と煩わしい羽音が届く。
周辺魔力をサーチすると、ダンジョン二階層の広間奥からモンスターらしき魔力塊が複数……およそ十では効かない数が、こちらに接近してくるのを掴む。
インベントリを開き、構える影一達の前に現れたのは……
せわしない羽音をブブブと鳴らし、集団で飛行するモンスター。
小型の蜂――ただし、いずれも猫ほどの巨体を持つ軍勢――キラービーの集団がこちらを発見し、無数の複眼がぎらりと赤色に輝いた。
ひっ、と悲鳴をあげる綺羅星を背に、影一はゆるりと構えて薄く笑う。
色々と予定外のことはあったが……ここからは普段通り、本日の仕事の続きを行おう。
JKが降ってくるのは予定外だが、モンスター退治はいつものこと。
影一がこよなく愛する、平穏なる日常の始まりだ。
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