第7話 説明
「ふむ。一体何の話ですかな? 失礼ながら歳のせいか、ダンジョンには疎いものでね」
一瞬怯んだ社長――剛力益男は、すぐに背を正してわざとらしい咳払いをした。
「よく分からないが、要するに私が提出したダンジョンの難易度が間違っていた……ということかね?」
「ええ。ダンジョン経験のない者が、難易度を見誤ることはよくあります。しかしその場合、迷宮庁へ提出する依頼フォーマットにおいて”難易度未定”の項目にチェックを頂くのが通常の流れとなります」
その場合、まず”偵察屋”とも呼ばれるC級狩人がダンジョンを偵察。
そのまま攻略出来そうな場合は攻略を行い、難しそうであれば別の掃除屋に引き継ぐ流れになっている。
「そうなのかい? いや、すまない。本当に知らなくてね」
「では何を根拠に、出現モンスターの項目に”ミニキャット”の記載を? 確かにこちらはD級モンスターですが」
ダンジョンの難易度は、S級ダンジョンを除けばおおよそ出現モンスターの強さに比例する。
例えば、E級モンスターの代名詞である”プチネズミ”の出現が確認できれば、そのダンジョンの難易度はE級、上振れてもD級中位とみて良いだろう。
少なくとも――
D級モンスターのミニキャットと、B級上位のブラックドッグが重なって出現することはまずあり得ない。
「そうは言うがね君。私は実際に見たんだよ。四つ足に二股の尻尾をもつ、氷を吐く魔物を! 怖くなってすぐ逃げ帰ってきたがね。……そもそも君だってね、本当にその、ブラックドックとかいうB級モンスターを見たのかい? まさかとは思うが、不当に報酬をつり上げようと、私に嘘をついているんじゃあないかね?」
「証拠をご提示いたします」
影一は胸ポケットに備えたカメラを取り出し、動画を再生する。
ダンジョンレコーダー。
平たくいえばドライブレコーダーのダンジョン版とも言えるそれは、迷宮でのトラブルを避けるための必需品だ。
最近では搭載の義務化も検討されており、また、ダンジョン配信者のような仕事を生業とする人間がもっとも拘る機材のひとつだろう。
映像にはもちろん、鋭い眼光をきらめかせ炎を放つブラックドッグが映っていた。
それを見た社長は途端に青ざめ、拳をふるふる震わせながら。
「……ここの映像だけ切り取った可能性も、なくはないだろう?」
「映像の冒頭には、私がゲートに入る手前の風景が記録されています。ご自身の工場の庭に見覚えがない、とでも?」
「だ、大体、犬と猫なんてそう大した違いじゃあないだろうが! それくらい融通を効かせてくれて当然だろう」
「ほう。シロアリ退治を依頼されて訪れたら、相手がじつはオオスズメバチだった……それでも融通を効かせろと?」
「そんな違い、私みたいな素人に違いなんか分かるわけないだろう!? なあ、お前等もそう思うだろう!?」
ついに顔を真っ赤にし出した社長が、そばで事態を見守っていた社員に怒鳴り散らした。
郊外の町工場は剛力社長のワンマン企業らしく、彼等は誰も言い返せずに俯いてしまう。
が、それは影一の主張に全く関係ない。
そして彼の主張は、迷宮庁としても影一個人としても全く受け入れられるものではない。
「本件は重大な規約違反行為です。――なぜ重大か、ご理解頂けますか? ダンジョン難易度を意図的に改竄して討伐を申請した場合、人命に多大な影響を及ぼす可能性があるからです」
考えれば分かるだろう。
D級、E級のダンジョンだと新人が意気揚々と乗り込んでみたら、凶暴な魔犬に逃げる間もなくかみ殺されました、なんて事態が許されるはずもない。
難易度の誤認はダンジョン業界そのものの治安、さらには人命に関わる重大なアクシデントだ。
それを……誤認ならまだしも、契約金を浮かせるため意図的に嘘の申請したというのであれば――
人命を軽視した、許しがたい蛮行である。
「つきましては後日、本件につきまして迷宮庁より調査が入ることをご了承ください。少なくとも罰金刑となるのは間違いないでしょう」
「ば、罰金……!? っ、ま、待ってくれ。本当に知らなかったんだ! なあ、知らなかったら犯罪じゃないだろう?」
「それを判断するのは迷宮省です。――まあ、書類提出時に添付されたミニキャットの画像。それが、ネットで拾ってきた画像をコピーしたものだという明白な小細工をするような人間が、犯罪でないと言い訳するのは苦しいと思いますが」
影一は、もう用はないとばかりに背を向ける。
後のことは迷宮庁に一任すればいい。
と、彼に背を向けたその背中を、ぐっと掴まれた。
安物の背広を引っ張られ、振り返れば、剛力社長は顔をリンゴのように真っ赤にしながら、
「し、証拠がない」
「ふむ?」
「本当に魔物がそれだった、っていう証拠が――さっきの映像は確かにあるが、別の日に撮ったとか、編集で繋げたとかいくらでも出来るだろう? そもそも、ダンジョンの掃除に高額の金がかかること自体が間違ってるんだ、本当は政府が私達から不当に搾取するための建前だろう! お前もそんな奴らの仲間で、」
「申し訳ございませんが、陰謀論への傾聴は私の業務範囲を逸脱していると考えます。SNSにでも書かれてはいかがでしょうか」
影一はわざとらしく会釈を行い、現場を後にした。
*
仕事を終えて帰宅し、シャワーを浴びながら、今日の仕事は失敗だったなと反省する。
――胡散臭い依頼ではあった。
難易度D級、と提出されたミニキャットの画像があまりにも綺麗すぎたし、そもそもダンジョンのタイプが事前に聞いていた”草原”タイプでなく”洞窟”タイプ、と話が違っていた。
本来ならその時点で、規約違反を問い詰めるべきだ。
が、影一が立ち入った時点でゲートは”ゲートクラッシュ”寸前まで魔力が満ちていた。
あの社長は長らくゲートを放置していたのだろう。
影一が仕事を放棄し、ほかの狩人に任せている間にもしクラッシュが発生すれば……近隣住人への被害が懸念される。
それは、余計に面倒だ。
溜息をつきながら影一はココアを用意し、一息つく。
仕事あがりの一杯が、ささくれ立った心を甘くいやしてくれる。
程々に甘党である影一は、このゆるりとした時間が好きだ。
(こういうトラブルさえなければ、快適な仕事なのですが)
――やはり、モンスターより人間相手の方が面倒臭い。
とはいえ、生きていくには仕事をせねば、と首を鳴らしながら、影一はゆるりとココアに口をつけた。
剛力社長から、メールによる支払い拒否および罵詈雑言が届いたのは、数日後のことだった。
曰く、
『私はこの工場を一から立ち上げた立役者であり、家族同然ともいえる従業員の命を背負った父親なのだ。その一家を守る長として、不当な請求に対し断固たる決意をもって立ち向か……』
残りは流し読みすることにした。
会社の経営に問題があろうと、狩人の人命を軽視していいはずがない。
が、この手合いは注意しても聞かないだろう。
それに、支払いのトラブルも長引きそうだ。
何より。
この男と今後もやり取りすることは、影一の望まぬストレスに繋がる可能性が高い。
……大変、残念ながら。
これは早めに”処理”しておいた方が楽そうだな、と影一は眼鏡を押し上げ、準備を始めた。
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