不遇の城主

@wlm6223

不遇の城主

 余はディルホーン子爵アラン・ヘンリー・ブルック二世である。余はこの三〇〇年近く、我が城、トゥバイゼン城を守ってきた。いや、正確を喫するならば、余は長い間この城に幽閉されてきた。

 事の起こりは我が父が大病を患ったことにある。

 父がもう長く持たないと分かると、余の弟、セヴァーンとの後継者争いが始まったのである。セヴァーンはあらゆる謀略をめぐらして余を失脚させようとしたが、余はことごとくそれらを撥ね除けていった。

 セヴァーンは余程面白くなったのであろう、ついに余自身に手を掛けたのである。

 忘れもしない一七一九年十月三十一日の晩、余が一人で晩餐を摂っていると、余は昏睡状態に陥ってしまった。何かの毒を一服盛られたのである。その日は余が信頼をおいていた給仕が立ち会っていたのだが、余が食卓に突っ伏すと、給仕は余を余の寝室まで運び出し、数人のセヴァーン派の者と結託し、余を生きたまま壁の中に塗り込めたのである。

 この裏切り者め!

 畢竟、余は父の最期を看取ることなく「行方不明」となったのである。

 父が世を去ると、城主はセヴァーンに引き継がれた。余は葬儀を出されることもなく、壁の中で生きるでもなく死ぬでもなく、まんじりとしていた。余は殺されたものと思っていたのだが、そうではなかった。教会で説くように神の国へ昇天するでもなく地獄へ墜ちるでもなく、ただ壁の中で意識を保っていた。

 セヴァーンめ、よくもやってくれたな!

 余は壁の中でセヴァーンを呪詛する言葉を何度も繰り返した。するとセヴァーンは呆気なく病死してしまった。余を壁の中へ塗り込めたセヴァーン派一味も気の病で狂死してしまたった。

 余は怨霊になってしまったのか?

 余はその後もトゥバイゼン城の城主とその側近たちを呪い殺していった。この城の正当な城主は余である。他の者など寄せ付けて良い筈がない。そういった経緯から、トゥバイゼン城に仕える者たちは「この城は呪われている」と言い出し始めた。

 その頃になると、余は奇妙なことに気が付いた。余が塗り込められている寝室だけでなく、トゥバイゼン城内のあらゆる場所で見聞き出来るようになっていたのである。更に言えば、この城に仕える者の生殺与奪を余が握るようになっていたのである。余はこれを神が与えたもうた奇跡と奉じた。

 余の呪詛の殺戮が続くと、我が子孫は家督の存続のため城を放棄し、トゥバイゼン城は主無き城となってしまった。無人となってしまった城はかつての栄華を失い、荒廃の影を落としていった。

 時を歴ること百数十年、我がトゥバイゼン城はすっかり廃墟となっていた。

 ある日、十数名ほどの一団がトゥバイゼン城へ来た。一団は城を検分し始め、「ここは補修が必要」だの「ここはコースに入れましょう」だのと言い始めた。

 何をしようと言うのだ?

 一団の中にロザリオをした女がいた。女は他の者と違い、篤い信仰を持っているのが一目で分かった。その姿が、何か白く光り輝いて見えるのだ。

 女は饗応の間に飾られた余の肖像画の前に立ち、何か思わしげな顔をした。まるで余の無念を思い察しているようだった。

「この絵なんだけど、ここに飾っておくべきじゃないわ」

 女は余の肖像画を取りはずすよう男たちに命じ、迷うことなく余の寝室へ運ばせた。

 女は余の寝室へ入ると辺りを隈無く見渡した。女は余が塗り込まれている壁の前まで来ると、そっと余の顔の位置を優しく撫でた。

「その絵はここに掛けましょう」

 男たちは命じられた通り、余の肖像画を余が埋め込まれた壁に掛けた。

 それから数ヶ月、一団の導きによって城内は整備されていった。我が城はかつての輝きを取り戻していった。

 一団が城の補修を終えると、平民たちの団体が城内を散策するようになった。どうやら「観光」というもので城内が解放されたらしい。その平民たちは必ず余の寝室へ来る。余は平民が土足で入って来るのを不快に感じたが、その平民たちを呪うことはしなかった。

 皆、余の前ーー肖像画の前ーーで十字を切り祈るのである。その声には出さない祈りの声が、余にははっきり聞こえるのである。曰く「天に召されよ」、「安らかに眠り給え」。 それは余の肖像画の下に、ロザリオの女が付けた銘板があるためであろう。

「不遇の城主 ディルホーン子爵アラン・ヘンリー・ブルック二世 ここに歿す」

 余は呪詛をかけることを止め、余を悼む人人に幸あれ、と祝福することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不遇の城主 @wlm6223

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る