脳の窓
@wlm6223
脳の窓
苦痛というものは大別すると肉体的なものと精神的なものとに分類される。肉体的なものは火傷をしただとか骨折しただとか、明らかに身体部位の損傷のことである。癌の苦痛やその他病理による苦痛もこれにあたる。が、例外もあり、運動による筋組織の破壊、いわゆる筋肉痛も肉体的な苦痛なのだが、不思議なことにこれは精神的な快楽をも生む。現代人はとかく運動不足になりがちなので、非日常を楽しむことが快楽にもなり得るのである。元来、人間の体は動かすことが自然であって、長時間のオフィスワークや日常の職業的肉体の緩慢な動きは自然にかなっていないのである。レクリエーションとしてスポーツを楽しむ人は、この運動による快楽を意識せずに求めているのである。
この現代都会的な運動によるレクリエーションの恩恵には、もう一つの快楽の生成に原因がある。有名なところではランナーズハイといわれるものだ。マラソンやジョギングなどで肉体的苦痛を通り過ぎると、脳内がβエンドルフィンを分泌し、快楽の感情を生むのである。この現象は脳内で自己防衛機構の働きによるものとも言われているが、詳細は分かっていない。これ以上の運動は危険と脳が判断し、快楽物質を分泌するのは、生命保存の観点からすると、矛盾しているように考えられるのだが、そのメカニズムは単純に「苦痛から逃れたい」という本能的な自己防衛機能からくるものかも知れない。
他にも通常では考えられない脳の働きの例がある。
極限状態の極寒の冬山登山で、突然「暑い、暑い」と言い出し、身につけている防寒具を脱ぎ出す登山者もいる。
貧血による酸素欠乏により倒れた人は、「倒れるときは苦痛はなく、むしろ気持ちよかった」とも言う。
これらの生命存続に関わる肉体的危機に直面すると、脳は何故か「快楽」を感じるのである。
この脳の不思議なメカニズムはどうして起こりえるのかまだ判明していないが、一つの仮説を立てるとしよう。
その中心となるのが、目。視覚である。
目は他の臓器と違い、視神経を通じて脳と直結している。五感で得られる情報の八十三パーセントが視覚からのものと言われている。即ち、目に見えるものを制御すれば人間の感覚のほとんどがコントロールできるのである。加えて心理的な誘導をすれば、大抵の人間はその束縛から逃げることは出来なくなるのと仮定できる。
そんな状況を現代人に施すことができるのだろうか?
実はこのような状況は現代社会に満ち溢れている。
映画館は特にその傾向が顕著である。真っ暗な場内に約二時間も巨大なスクリーンを見詰めるのは、映画に没入出来る状況、即ち軽度の洗脳状態とも言える。
テレビもその例に漏れない。加えてスマホを通じてのネット閲覧もその例に加えられる。視覚と聴覚を奪う行為は、それ自体が視聴者の主体的な思考を停止させるのである。たちの悪いことに、テレビとスマホは視聴者がチャンネルを選ぶことが出来る。そう、視聴者は「自ら取捨選択した情報」という錯覚を覚えるのである。
それらの長時間の視聴は確実に肉体的な苦痛を与えているのだが、視聴者はそれに気が付くことは出来ない。何故か。目の奥、視神経には痛点がないためである。その代わりに出てくる症状として、気が付いたら頭が重い、全身に倦怠感がある、などがこれである。日本では大規模イベントでのレーザー光線による演出が厳しく規制されているのは、このためである。
ではマスメディアによる視覚的情報を一切閉ざした、アーミッシュのような生活様式を送れば良いのか、と問われれば、それは現代社会において不可能だとしか言い様がない。 ここで提案したいのは、肉体的精神的苦痛と共に共存してゆくことである。日本において、その両者の極限的状況に陥ることは実は頻々に起こっている(精神疾患、肉体的不具は少数ではあるが確実に存在している)。それら肉体的・精神的苦痛は私たちの極日常の中に臆面もなく立ち現れ、私たちを痛めつけているのである。ある者は精神的苦痛を肉体的苦痛と取り違えて「休めば治るさ」と気にも留めない。実際、休養で寛解することもあろうが、そのダメージの蓄積は人生を大きく狂わす事にもなりかねない事例があるのだ(心療内科の数を見よ)。
日頃、何気なく見聞きしているものが精神的にも肉体的にもダメージを与えている事をお忘れなく。特に目は大事である。目は脳の窓である。その窓に「強い閃光」を当て続けるのは大変危険なのである。
脳の窓 @wlm6223
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