四人(?)でデート
@wlm6223
四人(?)でデート
「涼ちゃん」
と、声をかけられ声の方を向くと、見知らぬ老婆が微笑んでいた。
「どなたです?」
オレは葉月とのデートでこの喫茶店で待ち合わせていたのだが。
「こんにちは。五十年後の葉月です」
オレは不意を打たれたが老婆はにこにこしている。
「そう言っても信じられないでしょうね。はい、免許証」
老婆は免許証をオレに見せた。そこには「斉藤葉月」と書かれていた。確かに「葉月」に違いないが苗字はオレと同じだ。
「あなたが三十の時に結婚したんです」
何のことかよく分からない。
「おじいさんと相談してね、たしか今日、デートでしょ? サクソフォンカルテットの演奏会の。チケットはちゃんと買ってあるの。私たちもご一緒出来ればと思って。なんだか懐かしくなってね」
「ええ…… まあ…… そうですけど。なんで知ってるんですか?」
「そりゃ、私たちのことですもの。何でも知ってるわ」
老婆はオレの対面の席に腰をかけ、オレンジジュースを注文した。
「私のことを誰だか疑ってるんでしょう? 私たちのことなら何でも訊いてちょうだい。全部答えられるから」
「葉月はどうしたんです? ここで待ち合わせなんですが」
「電車の中でおじいさんがナンパして、別の喫茶店で事情を説明してるわ。五十年前の私は怒っちゃうんだけどね」
「はあ……」
老婆はオレと葉月の将来の事を話し始めた。仕事、結婚、夫婦喧嘩、子供の事…… いやに現実味を帯びた話ばかりだった。
話しぶりや口癖で、この老婆が本当に未来の葉月に見えてきた。老婆の話はオレたち二人しか知らないことにまで及んだ。初めてのデートでオレが大遅刻をしたこと、誕生日のプレゼントに帽子を送ったこと、そのお礼にライターをくれたこと。自分たちの将来がそこそこ明るく、順調に進んでいく事になんだか安心した。いや、本当にこの老婆が未来の葉月に見えてきた。
「お昼にしましょうか。私はサンドイッチ。涼ちゃんはナポリタンね」
「はあ…… そうです」
好きなメニューまで図星だった。
喫茶店のドアが開く呼び鈴が鳴り、白いスーツの老紳士が入ってきた。老紳士は店内を見回し、オレの方を見ると矍鑠とした足取りで近付いてきた。
「やあ、ここにいたか。五十年前のオレ」
オレは絶句した。確かにオレに似ている。ちょっとオレの親爺に似た顔立ちはまさに五十年後のオレだった。
「あなた、五十年前の私はどうしたの?」
「フラれちゃった」
老紳士は笑いながら老婆の横に座った。
「エッチなこと言ったんでしょ」
「ははは。バレたか」
と快活に笑い、ナポリタンを注文した。
しばらく三人で食事をしながら老夫婦の思い出話を聞いた。オレはこれが将来の自分たちなのかと思うと不思議でならなかった。
オレのスマホのアラームがなった。
「そろそろ出ないと演奏会が……」
「そうね。出ましょう」
三人揃って喫茶店を出て、演奏会の会場に向かった。ここに葉月が居ないのをオレは残念に思った。この愉快で変な(?)老夫婦の会話を葉月にも聞かせてやりたかったのだ。
「ようオレ、ここに葉月が居ないのが残念なんだろう?」
「ええ…… なんで分かるんです?」
「そりゃオレのことだからな!」
老紳士はどこまでも快活だった。
演奏会の会場に着くと席はすぐ見付かった。席にはすでに葉月がいた。葉月はオレを見付けるなり、怒った様子でオレを叱りつけた。
「涼ちゃん! まったくもう! 変なおじいちゃんにならないでね!」
とにかく、今のオレたちと五十年後のオレたち四人が揃った。老婆は葉月を宥め、その様子を老紳士は笑いながら見守った。喧しいのはオレたちだけだった。
会場アナウンスがあり、サクソフォンカルテットの演奏が始まった。ソプラノ、アルト、テナー、バリトンの美事なアンサンブルにオレは魅了された。各々が然るべき所に然るべき音を合わせ、一つの作品を作り上げていた。やはり居るべき人がいると、皮肉や欺瞞に陥らず、調和の取れた作品を作れるものだと教えられた気がした。もし時間が許すなら、演奏会のあと、老夫婦と葉月とで今夜の食事に誘おうと思った。
四人(?)でデート @wlm6223
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