骨なし人間

@wlm6223

骨なし人間

 ある朝、私はいつも通り目覚めると骨なし人間になっていた。

 普段の私なら、寝付きも目覚めも良いほうなのだが、その朝に限っては全身に倦怠感があり、ベッドから起きようとするのも億劫に感じた。というのも、頭がずしりと重く、顔にも何か押し潰されたような重みを感じたからだ。今から思えば、全身の骨が無くなっていたのだから、体を支えるものが無く、筋肉と腱だけで全身を支えていたのだから無理もない。

 私は起き上がろうとしたが、どうも上手くいかない。腹部と臀部の筋肉が動くのは分かるのだが、ちょうど鳩尾から上がだらんと垂れ下がり、頭と尻を起点にして体の中央が盛り上がるだけだった。これはおかしいと思い、舌で口腔内を探ってみた。歯が無い。舌は歯茎の柔らかな感触を探るだけでぶよぶよした感じしかしない。手で顔を触ろうとしたが、腕があらぬ方向へ曲がり、なかなか顔まで届かない。なんとか利き手の右手を顔まで持ってきて、その感触を確かめるも、顔はどうも扁平になっているようで上下左右に潰されたように広がっているのが分かった。人差し指で頬を押してみると、指も頬もどこまでも柔らかく、骨のあるはずの感触が無い。指を頭まで持ってきて押してみると、またぶよぶよである。私はそこでようやく全身の骨が無くなっていることに気付いた。

 目覚めてからというもの、視点が合わず寝室全体が霞んで見えたのも、頭蓋骨が無いため、本来あるべき位置に目がないせいだと分かった。

 骨が無いからと言っても筋肉や神経、腱は正常なようで、なんとか寝返りはうてた。両足があらぬ向きになってしまい、自分の力で直すのは難儀した。

 全身の骨が無くなってしまったので、立ち上がれないのは容易に想像できた。私はベッドの中でどうしたものかと思案したが、良い考えは浮かばない。原因は分からないが、こうなってしまったものは仕方ない。取り敢えず妻の京子に助けを求めた。

「ひょうこー、ひょうこー」

 骨が無いせいで、うまく「きょうこ」と発音できない。しばらくして京子が私の寝室へ入ってきた。

「どうしたのよ。あなた。……!」

 京子が私を見て、恐怖と驚きの顔を見せた。どうも私の顔は相当歪んでいるらしかった。

 京子は慌てて私の寝室を出て、どこかへ電話した。京子の声はあまりに大声だったので救急車を呼んでいるのがすぐに分かった。

 ものの十分ほどで救急隊員五人が到着した。

「もう大丈夫ですよ。これから病院へ搬送しますから」

 救急隊員の一人が私にそう言ったが、私を搬送用ベッドへ移し替えるのは相当気を使っているのが分かった。特に頭部は二人がかりだったので、かなり神経を使う作業らしい。脳は豆腐のように柔らかいと聞いたことがある。慎重なのはそのせいだろうと思われた。

 私と京子は救急車でどこかの総合病院へ連れ込まれ、「誠意ある治療」の誓約書に京子が代筆し、どこかの病室に押し込まれ、私は点滴やら何かのセンサーやらを体中に繋がれてしまった。そんな大事なのかと私は不安を覚えた。ここが病院ということは分かっているが、その病院がどこにある何という病院なのかは分からなかったので、私はさらに不安を募らせた。京子は私につきっきりである。私も京子も会社勤めなのだが、会社へ連絡を入れたかどうか、まずそれが気に掛かった。

 病室は六人部屋で、私は出入り口に一番近いベッドに寝かせつけられた。京子は頻りに私を励ましてくれたが、それが一層私の不安を駆り立てた。

 主治医が挨拶も早々に私の全身を触診し、各種モニターを確認して去って行った。

 それからどれぐらい時間が経ったか分からないが、主治医が戻って来、「病名が判明しました」と告げた。

「急進性無骨症候群です。明日からリハビリに入ります」

 京子が「やっぱりそうですか」と呟いた。

「これから三ヶ月の厳しいリハビリが始まります。一緒に頑張っていきましょう。もうご存じかも知れませんが、このリハビリ期間後、もし回復の兆候がみられなければ食用になりますのでその覚悟だけはしておいてください」

 食用? 私は食べられてしまうのか?

「これは法律の問題でもあるんです」

 主治医は無表情で告げ、京子は項垂れたかと思うと、悲しい目で私に言った。

「あなた、頑張るのよ。私を食用未亡人にしないでね」

 何の話をしているのかよく分からない。私は食用になるのか? うまく現状を把握できないが、食べられたくはないのでリハビリは真面目に受けようと思った。

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