第47話
音響兵器の一声をまともに受けた手毬とかろんはその場に膝をつく。鎌は地面に落ち、若干の灯火がちらつくも虚しく消えていった。
その小さな背中に、枝垂は容赦なく刀を振り下ろす。特殊な形状の刃は背を深く抉り、血を吹き出させた。
傷口から溢れ出る赤い色彩。しかしその中に、青色が火花のように散る。
枝垂は反射的に後ろに跳びずさった。それと同時にかろんの背中から青い炎が現れ、その火勢を強めて彼の体を覆った。膝から地面を伝い、枝垂と稲穂に襲いかかる。
「まずいっ……」
稲穂がかろんに対して銃弾を放つも、炎に呑まれて通ったかどうかもわからない。追尾する炎は二人に殺意を向けながら、手毬を守るように取り囲む。
ほんの一瞬炎に触れると、それだけで足首が焼き焦げた。その痛みに、枝垂は思わず呻き声を上げる。
炎から逃れると、かろんの位置からどんどんと離れていく。けれどこの全てを灰燼とさせる炎の中に足を踏み込めば、それこそ死しか待っていない。
捨て身の覚悟でかろんの首を討ち取りに行くべきか、と踵を返そうとしたその時。
「英雄は遅れてやってくる!」
と、少女の高らかな声。仰ぎ見ると、半分以上が開いた門の上に見覚えのある少女が立っていた。
「お覚悟、ネ!」
彼女は哄笑を上げながら門から飛び降りて、手に持っているものを振り上げる。肉食獣の牙のような鋭さの刃を二つ持った、ツルハシ。
彼女、扇はまっすぐにかろんに向かって落ちていき、あっという間に青い業火に呑まれていった。その後一秒足らずで、炎はまるで虚影であったかのように消えていく。
後に残されたのは、丁度脊髄のあたりにツルハシが突き刺さり地面に倒れ込むかろんと、丸ごと焼けこげてしまった少女の死体。
同時に、地獄の門を仰ぎ見た。かろんは討ち果たされたが、門は開いたまま。その奥に見える深淵も変わらず。そしてその目の前には、血まみれで今にも頽れてしまいそうな手毬が佇んでいる。
「……はは、あはははは!」
いつの間にか、門は半分以上が開いて全開も目前になっている。それを目前にして、狂ったような哄笑をあげて、手毬は振り向いた。
「消えろ、消えろ、全部消えろ! 忘却の川に沈め、遍く魂よ、地獄の最奥に落ちろ!」
悪魔にでも取り憑かれたかのような鬼気迫る狂気に、全員が言葉を失った。
見るだけで怖気が走る地獄の向こう側を見て、彼女は笑っているのだ。全身に走る戦慄に、稲穂は思わず自分の腕をさする。
「四季守家をなかったことにしてしまうこんな世界なんて、『ガワ』なんて滅びてしまえ!」
両手を広げて、全てを歓待するように叫ぶ。その瞳は乾き切っていて、涙を零し尽くしてしまったかのようだった。
そして、そのまま力づくで扉を開け放とうとして。
稲穂は銃を構え、手毬の心臓に標準を合わせる。
しかし、視界の中に緑色が割り込んできて、銃を下げる。ここで自分が割り込むのは、野暮でしかなかった。
誰よりも早く、緑色の正体——枝垂が、手毬の胸元に飛び込み。
その心臓に深く深く、刀を突き刺した。
「——あ」
特殊な形状の刀は、肋骨に阻まれながらもそれすら傷つけて突き進み、入れ食いのように手毬を離さない。だから、刀が強く引っ張られた時にそのまま体が一緒に引きずられた。
倒れ込んだ体を抱き止めて、枝垂は手毬の華奢な体躯を腕で包み込む。
「ごめんなさい、お疲れ様です」
枝垂の言葉は手毬に届いているか、わからなかった。彼女の視界は霞みつつあり、焦点が合っていないのが枝垂は見て取っていたから。
「それから、ありがとう。四季守家をずっと覚えて、守ろうとしてくれて」
ずっと自分のことで精一杯だった枝垂には、自分の設定にあった四季守家のことは何も考えていられなかった。
けれど、手毬はずっと四人の居場所を求めて、守って、向き合ってくれていたのだ。枝垂が捨てた居場所に、けれども枝垂もいつでも帰れるように。
それは結局手毬一人の暴走でしかなかったけれど、その善意が枝垂にとっては嬉しかった。
「少し、休んでいてください。罪は罪、償わなければいけませんが……ほんの束の間の、休息を」
暇の時間だ。もう、『四季守家』の従者である瀧手毬はいない。
もう、役目から降りていいのだ。重荷は降ろしていいのだ。足を止めても、いいのだ。
——ああ。
手毬は胸中で呟く。
思い出した。思い出してしまった。
設定としての『四季守家』に拘泥していたのではない。メイドである自分に拘っていたのではない。
ただ、四季守家というグループが好きだっただけなのだ。
枝垂と、弥生と、桂花と。ゲームをして、雑談をして、駄弁りながら作業して。その時間が好きで、取り戻したかっただけだったんだ。
——ゆるして、くれるかなぁ。
犯した罪を償って。傷つけてきた人々に謝って。
そうしてようやく、元の瀧手毬に戻れたとき。
彼らはまた、一緒に笑ってくれるだろうか。
そんな手毬の静かな祈りを知ってか知らずか、枝垂は彼女の手を握りながら言う。消えゆく聴覚の中で辛うじて届く、静穏な声音。
「——だから、全部終わったら、また一緒に遊びましょう」
その言葉に、手毬はゆっくりと目を瞑った。閉じた瞼から涙が一粒こぼれ落ちる。
彼女の唇は、ほんの淡い笑みを形作っていた。
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