第28話

「……追い込み成功。全員、所定の場所で待機だ」


 急ブレーキを踏んだため止まった車の中で、くらつく頭を振ってからうつろはトランシーバーに向かって告げる。


「カーチェイスなんて成功率低いからな。相手を事故で殺してしまう可能性もあるし……次善策を用意しておいてよかった」


「哀染先輩、追います?」


「うん。エンジンの音を聞かせるだけでもプレッシャーになるから」


 言いながら、うつろは無線イヤホンの片方を枝垂の耳に押し込んだ。誰かと通話が繋がっているようで、イヤホンから男の声がする。


『や。こうして会話するのは初めてだな。ここからは俺がナビゲートを担当するから、よろしく』


 聞いたことのない声だ。情報部隊の誰かだろうかと思ったところで、あ、と通話の向こうの人間が声を上げる。


『ごめん、名乗るのを忘れてた。俺の名前は錫利ナイト。ネットの海に漂う、人間という名のデータの集合体だよ』



 所定のポイントで待機していた晶は、自分の真下に走ってくる車を視認して大きく息を吸い込んだ。

 よくよく狙いを定めて、確実に有効な範囲に来るまで待って。

 そして、きた。


「死んじゃえぇええぇぇええぇッ!」


 晶は叫ぶ。いっそ慟哭のようですらある金切り声。

 おまえなんか死んでしまえ。何度も何度も無用に自分達を爆殺してきて、苦しめて、その癖自分だけは愉しそうに笑ってるおまえなんか。


 死んでしまえ!


 ありったけの呪詛を叩きつけた。地獄を這うような声だった。ぎぃん、とハウリングが鳴り響き、晶の耳から血が垂れた。

 しかし、にとろは花火師。花火という轟音を鳴らすものを扱う職だ。耳栓など常備品である。

 それでも大音声を防ぎ切れずに聴覚が奪われ、意識も眩んだ。しかし、気絶はしなかった。にとろは耳の痛みが最高潮のうちから花火爆弾を上方に投げつける。それに巻き込まれた晶が悲鳴をあげたが、にとろにも、叫びの発生源である晶自身にも聞こえなかった。



 その光景を少し離れた場所から見ていた巡は、耳を押さえながら鬱々と溜め息を吐く。晶の叫びに含まれた真意も、巡は知っていた。

 肩はツルハシで貫かれたせいで穴が開き、左腕はまず使い物にならない。けれど、そんな痛みは無視できた。自分にとって無二の友の声が聞こえたから。


「やっぱり……あきちゃんは、死にたくなんてないんだね」


 巡は知っている。本当に死にたいのは自分だけであること。晶は本当は、巡と一緒に生きていたいこと。


「……ごめんね、あきちゃん」


 ごめんね、みんな。


 巡はビルの上から、ラフィの羽根をばら撒く。遠隔操作ができる、鋼鉄の如き硬さのそれを、しかし羽毛の柔らかさで舞い上がらせる。

 その数秒後、巡のいる地点の間近で一際大きな花火が咲いた。



 にとろは攻撃の際には基本的には小さい三号玉、またはそれ以下の花火玉しか使わない。しかし、巡の付近で咲いたものはそれよりもずっと大きい。

 うつろがトランシーバーで安否を確認しようとするも、応答はなし。うつろは歯噛みした。


『っ、そうか、わかった。……夜薙、哀染、聞こえる?』


「聞こえる。問題なしだ。巡と、ラフィの羽根はどうなった?」


『狼牙は、ごめん。わからない。ドローンの死角にいたんだ』


「そう。羽根は?」


『ウィングアロウ曰く……ほとんど燃え尽きた、と』


 うつろは細く長く息を吐いた。自分の気を落ち着かせるために。


「……いよいよ、致命傷を負わせてでも捕まえなきゃいけなくなってきたな」


 今にとろを逃したら、こんなにも準備をして捕縛に臨む機会はないかもしれない。何より、これは弔い合戦のようなものなのだ。都合よく使われたレイに報いるためなのだ。

 警察の立場だとか、法だとか、そんなものはもう関係ないのだ。


「錫利、にとろがおおよそ向かいそうな方向を予測できるか? そこで待ち伏せしよう。晶の攻撃も効いてるはずだから……」


『……は? え? ま、マジで?』


 うつろの指示の最中、また別の人間から報告を受けたのか錫利が頓狂な声を出した。


「? 錫利くん、どうした?」


『まずい、いや、この状態だとむしろ良いのかな……?』


「はっきりして。何があった?」


 通話の向こうのナイトが、困惑のあまりにまごついている。躊躇いを見せながらも、ナイトはなんとか口を開いた。


『署で待機してたローズが、そっちに爆速で向かっている』

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