第26話

「……ん」


「どうしたの、めぐちゃん」


「……ごめんあきちゃん、持ち場には一人で行ってくれる?」


「どうしたの?」


「いや、このゴミだけ捨てなきゃだから。ポイ捨てする訳にはいかないし。早く行っといで」


「そっか。まあ、どうせ持ち場違う場所だしね。遅れないようにねー」


 足早に去っていく白兎を見送って、巡はすぐ近くの林に入る。屋台の裏になっているので、人目につかない場所だ。

 そこで、ポケットの中で震えていた端末を取り出した。マナーモードにしていたため着信音はないが、触れずともわかるほど震えている。


「……もしもし」


『狼牙巡ですわね』


 端末から聞こえたのは、少女の声。


「そうだけど、何?」


『何、だなんて。とぼけないでくださいまし。自分が何をしているかだなんて、罪を自覚するのに、言われるまでもないでしょう?』


 それと同時に、がさ、と低木が動いた。そこからハイヒールを履いた巡と同程度の身長の人物が立っている。木々の隙間から漏れ出た提灯の灯りが、その人物の姿を照らし出す。


「……そういうこと」


 巡はため息を吐く。目の前の人物は強くツルハシを握り、そして獰猛に笑んで巡を睨む。


『貴女に好き勝手動かれると、こちらとしては邪魔ですの』


「……」


「どうやってスーサイド小隊の動向を把握してる訳? この調子だとこっちの作戦、あんたらに筒抜けなんでしょ。けど、虚は作戦のことは署長とその側仕えにしか言ってない。……あんたら、何?」


 電話の向こうの人物が、酷薄に微笑む気配。


『企業秘密、ですわ』


 威嚇するかのように彼女は続ける。


『貴女の隊長も甘いですわね。できるだけ傷つけないように、殺害ではなく捕縛を第一に。音響兵器も、行動不能にするための導入でしょう?』


「……そうだね。確かに哀染隊長は甘いよ。炎火にとろが誘拐以外だとスーサイド小隊しか害してないにしても、もっと実力行使に出てもいいのにって、ずっと思ってる」


 不審者のツルハシを睨みながら、巡は訥々と語る。

 さっさと一回殺してしまえば、話は簡単なのに、うつろはそれをしない。巡がそれに対して少し呆れているのも事実だ。

 けれど、まともな倫理観を保ったまま真っ当に生きているうつろを慕っているのも、また事実なのだ。

                  

「そんな甘々なあの人の下にいるから、あきちゃんは笑えてるんだよ」


 あの人がこんな世界でも、こんな環境でも、何もないように笑うから。ローズが飄々としているから。ラフィが安心した顔で眠っているから。だから自分たちも、いつも通りの自分たちでいられるのだ。


「そう、スーサイド小隊なら、コミュ力が高いあきちゃんは笑っていられるの」


「……?」


 不審者が一歩後ずさる。巡の異様な気配を感じ取って。

 ひゅるる、と間の抜けた調子で、また一つ花火が打ち上がった。木の葉の隙間から漏れた紅色の光が、巡の顔を照らす。その、ひどく残忍な顔を。


「そう、あきちゃんの笑顔を作ってるのはあたしじゃない。……だからさ」


 真紅の花火が、打ち上がる。

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