第24話
『四季守家』は、四人の配信者で構成されるグループだ。
レディーズメイドの鰯谷桂花。
ヴァレットの待雪弥生。
バトラー、執事の夜薙枝垂。
そして、パーラーメイドの瀧手毬。
男女二人ずつのグループで、全員ゲームのプレイングに定評があり、同期間の仲が良いことでも有名だ。桂花、弥生、手毬はデビューから一年半で3Dモデルを得ている。
チャンネル登録者数がトップであるにも関わらず、枝垂のみが3Dモデルを持っていないことだけがファンに不思議がられているが、そこは問題ではない。
その全員が元々のエンタメ力の高さと事務所の後ろ盾があり人気を獲得したライバーであり、瀧手毬もその一人だということが問題なのだ。
「まっずいな……」
「まずいですね……」
報告に来たうつろと、報告を受け取ったラピは一様に頭を抱え込む。
「単純に、夜薙くんが作戦で使い物にならない……非情なことを言うようだけど、寝返る可能性もありますよね」
「ここしばらくの付き合いだから、そんなことはしないと信じたいけど……寝返りはせずとも、絶対にショックは受けてる」
単純に、同期であり友人であった人が敵対しているという状況に精神的ショックを受けている枝垂の精神状態が気がかりなのは確かだ。しかし、それ以上に、瀧手毬という『ガワ』が目的も不明の組織のトップに立っているという事実があまりにも都合が悪い。
「瀧さんは超有名、誰でも知っているというレベルではありません。それこそ、哀染先輩よりは名前は売れていない。しかし、ブイチューバーの界隈に詳しい者なら最低でも名前は知っている、程度には知名度があります」
今のこの世界では、知名度イコール権力にも等しい。
例えば、インターネット上で何かの情報を流布するとする。その情報はインターネットである以上、真偽がわからない。
その時、情報の発信源がチャンネル登録者数一桁の無名配信者だった場合と、チャンネル登録者数何十万人の有名配信者であった場合。どちらの方が信用度が高いだろうか。
言うまでもなく後者だ。有名配信者が余程悪名高ければ話は別だが、順当に人気を獲得した配信者ならば無名配信者よりはずっと信用される。
もしその知名度が、悪用されたら。この人なら大丈夫と思わせておいて悪い道に導くことなんていくらでもできる。丹砂レイもそれに引っかかった例だろう。
自分達は所詮は配信の視聴者で、ある程度トリミングされた一面しか見ることができない。けれど人は少しの配信を見て、少しの自語りを聞いただけで、その人をわかった気になるのだ。
そして思う。「この人は信用に足る。この人は正しい、誠実でいい人だ」と。
実際はどうかなんて、わからないのに。例え『中の人』がいい人でも、『ガワ』が同じだとも限らない。だというのに、人は案外簡単に人を信用するのだ。
「けど、向こうの正体が割れたからと言って向こう側の動きがない以上、こちらから打てる手はない。精々、情報部隊に留意してもらう程度か」
ナイトと多栄、扇にその旨を伝えようとスマホを手に取る。一番に、情報部隊の主の片割れである多栄に電話をかけ、繋がらなかったため扇に電話をかけた。
『もしもし。ちょうどよかったネ、うつろ』
「ちょうどいい?」
『タイミングがいいことに、こっちの解析が終わったヨ。『天皇同盟』の、逃げた集団。真の首謀者がいると思しき集団で、最後にドローンを破壊した人物。あれが、大悪魔かろんであることが判明したヨ』
さっと、頭から血が抜けて一気に温度が下がる心地がした。
大悪魔かろんは、炎火にとろと同じ組織にいるらしい、ということがわかっている。その大悪魔かろんが、『天皇同盟』の事件でも糸を引いていたのなら。
瀧手毬が率いる『アルカディ』なる組織に、大悪魔かろんと炎火にとろが所属しているということになる。炎火にとろの今までの犯行も、瀧手毬の命令だった可能性すらありうるのだ。
これを今の枝垂に伝えたら、彼はどうなるだろうか。
扇に一言礼を言い、本来の用向きを伝え、同時に多栄とナイトに同じことを伝達した。ラピも色々と思うことがあるのだろう、早々に別れてうつろは部屋を出る。
灯火管制がかかって薄暗い、夜の警察署内の廊下。地球温暖化の影響で初夏でも真夏かと錯誤するほどに気温が高い季節ではあるが、ここの空気はひんやりとしている。
それはうつろの血の気が引いているからか、本当に署内の気温が低いからかは、わからなかったが。
うつろがそろそろと息を吐く。頭の中で色々と思案を巡らせるが、一気に情報が詰め込まれたせいでパンク寸前になってしまっている。
ふらふらと、足は勝手にスーサイド小隊の面々がいる談話室へと向かっていた。スーサイド小隊は宿直などもないし、もう帰ってもいい時間帯だから全員帰っているかもしれないが、それでも何かを求めているかのように足を運んでいたのだ。
いざ部屋に着いてみると、うつろの想像に反して談話室には人がいた。ソファに沈み込んでいる枝垂と、その両脇に佇んで何を言うでもなく、ただ孤独にだけはならないように枝垂を慮っている晶と巡、ラフィ。
枝垂は真っ青な顔して、ずっと何かを考え込んでいるらしい。瞳がぐるぐると回っている気がした。
「夜薙くん」
うつろが呼びかけると、数秒の間の後、枝垂はゆっくりとうつろの顔を見る。
「哀染、先輩……どう、しましょう。どうすべきですか? 私は、手毬さんが……手毬さんが、あんな、残虐な」
顔面は蒼白。手足も表情も強張っていて痛々しい。うつろは思わず眉根を寄せた。その気持ちは、仲間だと思っていた人間がそうではなかった時の衝撃は、自分とはどうしようもなく意見を違えていた時の行き場のない感情は、うつろもよく知っている。
「僕にもきみにも、できることなんてないよ」
バッサリと言い切ったうつろの言葉に、枝垂がひゅっと息をのむ。晶が「ちょっと!」と声を荒げようとしたが、それを手で静止してうつろは続けた。
「だってきみ、瀧さんをどうしたいのかすら自分で決められてないじゃないか。ひとまず落ち着きな。それから彼女をどうするか、どうしたいかは決めるんだ。『するべき』じゃないよ。『したい』だから」
うつろのはっきりとした発声と、男性にしては少し高めの声は、耳によく通る。警察という立場を忘れさせてくれる、夜薙枝垂という個人の意思を尊重してくれる言葉に、枝垂は少しずつ平静を取り戻した。
「冷静になったな? よし。えらい」
「申し訳ありません、哀染先輩」
「少し動揺することくらい誰にでもあるさ。むしろ自分より動揺してる人見て僕が冷静になれた。ありがと」
「……あまり嬉しくありません」
枝垂の反応を見て、うつろが声を上げて笑い、つられて枝垂も控えめに笑う。そのおかげで、空気が和らいだ。
部屋に戻ると、相変わらず部屋の角で丸まっているラフィと、ソファで船を漕いでいたが扉を開けた音で目を覚ましたローズ。
「さて、作戦会議だ」
うつろが宣言すると、全員がソファと、それに囲まれたローテーブルの付近に集まる。
「新しく得た情報も含めて、状況を簡潔に説明する。
『天皇同盟』は大悪魔かろんと枝垂くんの同期の瀧手毬が共謀していた。このことから、瀧手毬、大悪魔かろん、炎火にとろが所属していると思われる『アルカディ』なる組織があると思われる。所属人員については不確定情報も多いから、確定ではないことだけ気をつけて」
あえて淡々と伝えたが、やはり枝垂は硬直し、目を見開いていた。
「このため、僕は一つの作戦……というか、これからの行動案を提唱したい」
「行動案?」
巡が首を傾げ、次を促す。枝垂は、机の上に放ってあったポスターを掲げた。
「始夏祭りに来るかもしれない炎火にとろの、捕縛だ」
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