星の砂-28

 青い太陽が昇りかける頃、トウナは目を覚ました。座って寝ていたせいか、ところどころ少し痛い。


 目の前にまだ深く眠っているエクトルがいることに安心を覚えた。ここ数日、エクトルはトウナが起きる頃にはもう出かける準備をしていた。


 色々動いた反動からか、寝相が酷いようで頭と足の位置が入れ替わっている。よく自分に被害が出なかったものだと、少し笑ってしまう。


 エクトルに対して感情的になったのは久しぶりだった。トウナにはエクトルに対して悟られたくない感情がある。だからこそ、エクトルには他人以上に感情的になってはいけないのに。


 蹴り飛ばしている布団をそっとかけ直す。なんとなく、エクトルが来たばかりの頃を思い出した。


 何かに怯えている様子の、見たことがない黒い髪を持った少年。ディリガに連れられてこの街に、家にやってきたエクトルは、今とは随分印象が違った。


 自分から口をきくことがないし、問いかけてもまともな言葉も返してくれない。トウナははじめこそ、同年代の話せる相手が近くにできて嬉しいと思っていたのに、なんだか残念に思った。


 トウナは今でこそ街に溶け込んでいるものの、昔は違った。


 当時は父はしょっちゅう家を空けていた。子供が生まれたのにも関わらずその行動は変わらない、と囁かれていて。そしてついには嫁に逃げられ。落ち着いたかと思えばまた家を出ていく。


 ディリガの研究というのは各地の女漁りだと街の人から噂され、おかげで同年代の子供たちからは避けられていた。


 寂しかった。家にも街にも、話す相手がいない。


 母についていけば良かったのだろうか。けれど、母の記憶は、父へひたすら不満を言う姿。対して父は、あまり会えないけれど、いつも楽しそうに何かを話してくれる姿。一緒にいて楽しかったのは、父だった。だから母にはついていかなかった。


 エクトルがやってきて、しばらくディリガは家を空けることはなかった。それが、かろうじての喜びだった。


 ディリガとエクトル、3人で街を歩いていた時の視線や小さな話し声は気持ちの良いものではなかったけれど、少しも気にしない父の姿を見て、自分もそのように振る舞おうと思った。


 だから家に帰って、ぼそぼそ謝るエクトルに対しても「気にしない、気にしない」と声をかけていたし、ディリガに泣きつくことも無かった。



「エクトルは、ミーティーの生き残りなんだよ」



 エクトルが家での生活に慣れてきた頃、ぐっすり眠るエクトルを見ながら、ディリガは隣りにいるトウナに伝えた。その時のトウナでも、ミーティーに起こった悲劇は知っていた。


 それからエクトルが実は魔法が使えること、それが原因でミーティーの中でも虐げられていた存在だということを知った。



「エクトルもわたしも、ひとりだった」



 ディリガが買い物をしている間、好きなものを買ってこいと言われた、店通りをふたりで歩いている時、トウナはエクトルに言った。



「どうして、そう思うの?」

「さあ」



 ディリガから聞いた話をトウナは知らないことにしなさい、エクトルは魔法を使うことを隠しているから。


 それからふたりで歩いているうちに、やけにつっかかってくる町の子供――今は町を出た、もう名前も覚えていない――が立ち塞がってきた。「母親に捨てられた、遊びで、いらなかった兄妹!」


 トウナはかっと顔が熱くなるのを感じた。遊びの、いらなかった、なんて。エクトルに対してかけてはいけない言葉だと思った。しかも大声で、近くにいる人に注目させるように言うなんて。


 けれどエクトルは、いつもと変わらない様子でいた。それから淡々と「違うよ。俺、父さんの顔知ってるし。ディリガじゃなかったよ」と言った。


 近くにいたローハが、エクトルの返しに呆然としていた子供を引っ叩いていたのは覚えている。


 ローハは旅人好きで、エクトルに対してもはじめからよくしてくれていた。ディリガとも仲が良い。ローハの人柄は、リルレの町を随分変えてくれたと思う。



「俺ね、妹がいたんだ。もう、会えないけど」買い物は諦めて、ディリガのいる店の近くに座り込んでいた時、エクトルはぽつりと呟いた。



「俺、今度はちゃんとお兄ちゃんになれるかな。必要なお兄ちゃんに」



 その時のエクトルの笑顔に、トウナは切なくなった。この感情は悟られてはいけないものだと思った。

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