円城寺縁起

@wlm6223

円城寺縁起

 私はここ円城寺の墓地に埋葬されてかれこれ十一年になる。生前はここ円城寺の住職としてこの寺を四十五年間守ってきた。

 円城寺は東京武蔵野市の北部にある古刹である。私たち一族はこの円城寺を先祖代々守ってきたのだ。

 私の葬儀が終わり、遺体を荼毘にふして納骨するとき、私もついに役目を終え、往生するときが来たかと思った。

 が、墓前に先代の住職である親父が墓前に立っていた。

「……親父?……」

「お前もついに今生と別れるときが来たか。ついてはお前に話しておかなければならなことがある」

「なに?」

「生前は生あるものからこの円城寺を守ってきただろう。それと同じように死後はこの世のものでない者からこの寺を守ってもらわねばならない」

「どういうことです?」

「悪鬼、魑魅魍魎やなにがしかの悪霊から守るのだ。先祖代々、そうしてこの寺を守ってきたのだ」

「というと?」

「お前の息子が死を迎えるまで、この寺に守護霊として留まって、悪霊を退治するのだ。これは代々受け継がれたことで、そのためにこの円城寺は奇怪なことが無かったのだ」

「……そういうことですか」

「これでやっと私も往生できる。後は任せたぞ」

 親父は目を閉じ、顔を上へ反らせると昇天した。

 その日から私は円城寺の守護霊となった。 とは言っても、格別やることもない。毎日小僧が墓掃除に来るばかりである。ときどき野良猫が墓園を徘徊することはあるが、父が言っていた悪鬼の類いは現れなかった。八月の夏休みシーズンのころ、学生たちが肝試しに来ることはある。墓園は魂が鎮まり眠る安らぎの場である。それを興味本位で騒ぎながら歩いてくる連中には腹が立ったが、ここで鬼火でも出そうものなら、噂が立ち、さらに興味本位の珍客が増えるばかりなのは容易に想像できる。彼らには私が監視しているのが見えないようである。私は多少の怒りを抑えて、肝試し客を見過ごすことにした。

 お盆のころになると、日中は墓参客が増える。家族連れが先祖の墓前で手を合わせると、墓の中の霊たちが喜んでいるのが見て取れた。供養とは生きている者のためでもあり、死者のためにもなるのだ。

 その晩、夜更けも過ぎたころ、親子連れの三人が墓園の中をうろついているのが見えた。四十ぐらいの夫婦と四五歳ぐらいの女の子の連れである。私はただならぬものを感じた。

 その家族連れの父親と私は目が合った。父親はそれが切っ掛けで私の方へ家族を連れて来た。私のことが見えるということはこの世のものではないことははっきりした。

 父親は私の墓前の前で、こう懇願した。

「……お坊様、お願いがございます。せめてこの子だけでも成仏させていただけないでしょうか」

「どういう訳ですか」

「……実を申しますと、貧困が原因で一家心中をしまして…… 気が付くと亡霊になってしまいまして……」

「親の都合で前途ある子供の命まで絶つとはけしからん。黙って亡者の国へ墜ちるがいい」

「そう仰られても…… どうかお助けください」

「自ら死を選んだ者は罪が重いぞ。さらに我が子を殺めたとは何事だ」

 母親が私を見詰めて懇願した。

「お願いします。お願いします。……私たちはどうなっても構いません。せめてこの子だけでも……」

 母親の哀願は私の胸に刺さらなかった。自ら死を選んでおきながら身勝手な要求をつきつけるとはけしからん。だが、手を引かれる女の子が不憫ではあった。

「……そこに石があるだろう。一人一個づつ積め。最初は父親、その上に母親、その上に子供が積むんだ」

 その一家は私の言った通りにした。

「これでよろしいでしょうか」

「構わん。あとは生前のお前たちの行い次第だ。今日のところはこれで去れ」

 一家は不意に消え去った。

 私はその晩、現住職である息子の夢枕に立った。愚かで憐れな一家が来たので彼らが積んでいった墓石代わりの石の前で読誦しろと命じた。

 翌日の朝、息子はその三つに積まれた石に向かって経を上げた。その背後で親子三人の霊が涙を流して経を聴き入り、昇天していくのが見えた。彼らが極楽へ昇ったのか地獄へ墜ちたのかは知る由もなかった。

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