愛娘について

@wlm6223

愛娘について

 愛娘の友季が死んで三十日が経った。

 友季はその日、いつも通りの小学校への通学路、一台の暴走車が起こした玉突き自動車事故に巻き込まれ死んだのだ。

 葬式の際、荼毘に付される前、故人との最期の別れの献花はなかった。顔と頭の左半分がぐちゃぐちゃに潰されたため、とても修復が出来ず、人に見せられる状態ではなかったのだ。六歳の死にはあまりに残酷だった。

 はじめて友季の遺体と面会したのは、事故当日の夕方だった。私と妻の百合は病院へ向かい、事故に遭ったそのままの状態の友季と面会した。事前に医師から「大変ショックを受けるに違いありません。覚悟してください」と忠告を受けていたいたが、実際は想像よりも酷かった。百合は顔面蒼白となり倒れ込みそうになった。私もこれが現実のものとは思い込めなかった。

 私たち夫婦は友季の死を受け入れることが出来なかった。だってそうだろ? 今朝まで「行ってきまーす!」と元気な笑顔で学校へ通っていたのだ。

 友季のたった六年間の人生と夢描いていた将来とを思うと、無念で胸が締め付けられた。

 なぜ家の親類はこうも無念のうちに亡くなるのだろう。

 百合の両親は私たちが結婚する直前に亡くなった。娘の晴れ姿を見るのを楽しみにしながら逝ってしまったのだ。私の両親は百合の妊娠中に亡くなった。両親は初孫を抱くことを楽しみにしていた。「百合ちゃん、元気な赤ちゃんを産んでね」というのが私の母の最期の言葉となった。

 友季の葬式が終わると、遺骨は墓へは入れず、暫く骨壺を私たちの自宅へ引き取ることにした。骨壺は二階の友季の部屋へ安置した。それは突然いなくなった愛娘の遺骨を引き取り、友季の死を私たち夫婦が受け入れる心構えを植え付けさせるためだった。

 朝、目を醒ますと二階の友季の部屋から、また元気な声が聞こえてくるんじゃないか、そんな気がしてならない。私は友季の部屋へ入り友季の骨壺を見、ああ、友季は本当に死んでしまったのだ、と自覚する。私は骨壺の前で手を合わせ、友季が安らかであれと祈った。百合がその様子を見て、無言で私の隣で祈りはじめた。百合も私と同じ事を考えていたのだろう。

 友季の死後、毎朝のお祈りが私たち夫婦の習慣になった。食事時、友季のいない食卓はいやに静かだった。私たち夫婦の会話はどこかぎこちなかった。気まぐれにテレビを点けてみたが、テレビの賑やかな音だけがダイニングの静けさを通り過ぎていった。

 私は会社での仕事を精力的にこなすようになっていた。同僚たちにも愛娘の死は知れ渡っている筈だ。私の周りでは誰も家族の話をしなくなった。こんな心遣いが却って身に染みる。少しでも友季の死を思い出したくない。そんな思いが私を仕事へと駆り立てた。

 その日、仕事が遅くなり終電で帰ると二階の友季の部屋に灯りが点っていた。おそらく百合がいるのだろう。私は静かに玄関を通り、ダイニングへ向かった。「夕飯はチンしてね」と百合のメッセージがあった。ふと私たち夫婦の寝室を覗くと百合はもう寝ていた。

 私は不審に思い、二階の友季の部屋へ入った。

 そこには漫画を読む友季がいた。

「パパ、お帰りなさい」

 私は驚き、声が出なかった。

「パパ、お願い。あたしをおじいちゃんおばあちゃんの所へ連れてって」

「友季、どうして……」

「あたしね、もうここにいないほうがいいの。パパとママがあたしのこと心配してるから、ずっとここにいるの。でももう大丈夫」

 そう言うと友季は不意に消え去った。私は茫然自失だった。私はその場で泣き崩れた。

 翌朝、昨晩の事を思い切って百合に話した。百合は堰を切ったかのように泣き出した。

「そう…… そうよね…… あの子は……」

 私は百合を抱きしめた。私たちは友季の死を受け入れなければならない。その手筈が整わないまま、友季の骨壺を持ち帰ってしまったのだ。

 その週の土曜日、友季の骨壺を菩提寺へ納めることにした。僧の読誦の間、涙を必死に堪えた。墓が開かれ、友季の小さな骨壺が僧の手で納められた。

 友季との別れは辛い。まるで二度目の葬式を行っているように思われた。だが、これは永遠の別れではないと自分に言い聞かせた。

私はこれといった信心は持っていないが、これで友季は天国へ昇天できると思った。百合は嗚咽を隠さなかった。

 墓が閉められ一連の行事が終わった。私たちは僧に挨拶を済ませると、僧は「いつでも友季ちゃんに会いに来てください」と言った。

 私たち夫婦は友季の成仏をただただ祈った。

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