みどりの窓口より

@wlm6223

みどりの窓口より

 中央線三鷹駅のみどりの窓口に勤務して三年ほどになる。

 これだけの間、もう何人のお客様の旅程を決めてきたか分かったもんじゃない。それほどになると、お客様の容姿・態度・顔色・行き先でだいたいの旅行の目的も分かるようになってくる。

 この時期、毎年二月頃になると卒業旅行へ旅立つ大学生が増える。あるいは大学入試試験のために短期逗留の受験生も増える。土地柄、おそらく国際基督教大学への受験生であろう。私は受験生(と思われるお客様)に内心、頑張れよ、とエールを送るのである。

 みどりの窓口は三鷹駅唯一の改札の真正面にある。ガラス越しに毎日お客様を眺めると、結構誰彼ともなく顔を覚えてしまう。

 二月といえば、会社員にとって年度末決算のラストスパートの時期である。いつも午前八時半に姿をあらわすスーツ姿の会社員が午前七時過ぎに通るのは毎年のことだ。私たち窓口業務の仕事と違い、会社員はけっこう大変だ。おそらく自発的に始業を前倒しにして夜は夜で遅くまで残業するのだろう。

 あまり公に知られている事ではないが、警察から捜査協力を求められることもある。私が知る限りでは九回あった。

 警察は突然あらわれることはなく、不意に上司から「いついつの何時に時間をつくってくれ」と告げられ、その時間が来ると別室へ通される。

 室内には既に刑事が二人で来ており、「この男に見覚えはないか」写真を出して訊いてくる。自分でも不思議なのだが、大抵の場合は覚えているものなのだ。そしてチケット発行の記録を洗いざらい調べ上げて男の行き先を特定する。

 このとき、刑事たちには二通りの反応がある。男の行き先のアリバイを掴んだ、という確信の顔つきと、ああ、やはりか、という嘆息の顔つきをするである。

 前者のほうはともかくとして、後者のほうは何がそうさせているのか判然としない。理由を訊ねたとしても、きっと答えてはくれないだろう。捜査というものはそういうものなのだ。

 二月の中旬、雪の降る日だった。ある男が午後六時過ぎの帰宅ラッシュのときに来店した。

 その男はスーツ姿ではあるが、見るからに貧相で焦燥と動揺の色が隠せないで落ち着きなくそわそわしている。目も血走っている。キャリーバッグはぱんぱんに膨らんでいる。明らかに不審だ。

 男はおろおろしながらカウンターの私の前に立った。

「新幹線で北に行きたい。一番早い便を手配してくれ」

「北と仰られてもどこにしますか?」

「どこでもいい。一番早い便をくれ」

「少々お待ちください」

 私は端末から新幹線の空席状況を確認した。確かに仙台行きに空席はあるものの、この不審な男にそのままチケットを発行してよいものだろうかと一瞬ためらった。相手は明らかに不審者だ。みどりの窓口に警察への通報手段がないのが悔やまれた。

「お客様、あいにくですが新幹線は今夜の雪のせいで全線運行停止となっております」

 私は噓を吐いた。お客様に虚偽の報告などあってはならないのだが、この不審者の今までに見たことのない陰鬱な影がそうさせたのだ。私の嗅覚がそうさせたと言ってもいい。

「なんでだ! もう一度調べてくれ!」

 私はさも調べ直しているように端末をたたいた。

「お客様、やはり今夜は全線運行停止です」

「ああ、もう、なんでだ! とにかく遠くへ行きたい。何か手はないのか」

「この雪ですと、運行している鈍行を乗り継いでいただくしか……」

「そんな筈はないだろ! ああ、どうしてくれるんだ!」

 男は落胆しきり、諦念したようだった。

「そうか。分かった。分かったよ……」

 そう言い残してみどりの窓口を出て行った。

 その三分後、中央線上り線は人身事故のため停止した。駅はちょっとしたパニックになった。三鷹駅で投身自殺をしたものがいたのだ。プラットフォームにいる乗客を整理するため、駅員総出で乗客たちの対応にあたった。

 十五分後、三鷹駅に警察が到着した。現場には非常線が張られ、立ち入り禁止になった。

 私は二人組の刑事に呼び出され、一枚の写真を見せられた。

「この男に見覚えはないか。さっき自殺したやつだ」

「ええ、見覚えがあります。さっきまでここにいました」

 刑事たちは、ああ、やはりか、という嘆息の顔つきをした。

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