ある高校生の思惟

@wlm6223

ある高校生の思惟

 二月中旬、オレは受験した第一志望の大学から合格通知を受け取った。

 正直、嬉しいという気持ちより、あと最低四年は学生を続けるのかとウンザリした。

 小中高と合わせてすでにもう十二年も学生をやってきたのだ。社会人は「最低でも○○年やらなきゃ一人前にはならない」というが、もうすっかりオレは一人前のプロの学生の積もりでいた。計十二年だぜ。やってられるか。

 オレは真っ昼間から炬燵に入って、テレビを眺めボンヤリしていた。あまり売れなかった洋画が放送されていた。

 高校三年生の卒業間近の冬、学校は受験対策として殆ど授業をやっておらず、受験の合否の連絡だけをすればよいことになっていた。要するに、どこでもいいからどこかの大学に受かってしまえば非常に暇なのだ。この弄ぶには多すぎる時間をどうこなしてしけばいいのか、オレはやり場を失っていた。

 暫くしてから学校の担任に合格の連絡を入れた。担任は大層喜んで、オレを祝福してくれた。いや、そんなにいいもんじゃありませんよと、つい口が滑りそうになった。手短に電話を切り上げ、また炬燵に戻り、ボンヤリとした時間を過ごした。

 両親は共働きなので、帰宅したら合格を報告しようと思った。

 こんなに暇で何の展望も無い空虚な時間を過ごしていいのだろうか? まあ、いいさ。入学までの時間はタップリある。その間、のんびり過ごせばいいさ。受験生にとっての長めの冬休みだと思うことにした。

 三月には卒業式があり、すぐに入学式が催されるだろう。新しい学舎、新しい学友、新しい教科書が待っている。そんなことは中学入学のときも、高校入学のときも同じだ。そう。予め知っていた通りのことだ。

 オレは多分、大学に入ってもそこそこの成績を収めて卒業し、そこそこの会社に入ってサラリーマンでもやるだろう。三十代頃までには結婚し、住宅ローンを組んでマイホームを持ち、子供なんかも出来るかも知れない。そう思うと、先の見える将来も悪くはないんじゃないか、とうっすらと思えてきた。

 そう言えば、この人生設計図を書いたのは誰なのだろうか?

 ちょっと昔までは一億総中流で、今は格差社会が芽生えはじめている、と言われている。オレはどの階級に属するのか分からないが、これといった人生の冒険を冒すようなマネはしない積もりだ。中学の同級生を見ると、高卒で社会人になり、苦労を重ねているヤツもいる。彼曰く「高卒と大卒じゃ歳の取り方が違う」のだそうだ。その真意を今のオレは汲み取ることはできないが、就職して数年すれば理解できるのだろうか?

 どこかに日本の社会を裏から牛耳るボスがいて、そのボスが描いたマスタープランにオレは沿っているだけなんじゃないだろうか?

 そうだとすると、上手いこと考えたもんだと思う。だってそうだろ? 衣食住のために規則正しいサラリーマン生活を長年送るのは、結局、日本の経済活動を下支えするには好都合じゃないか。裏のボスの描いた通り、リモートコントロールされて何が悪い? こんな生涯は日本に生を享けたからこそできるのであって、もし紛争地帯や飢餓地帯にでも生まれていたら、その日一日を生きながらえるだけで精一杯じゃないか。良くやった。裏のボス。オレは本気でそう思った。

 テレビの洋画がクライマックスを迎え、いやに仰々しい音楽が流れていた。オレは炬燵に顎をのせて目を半開きにしていた。いや、自然とそうなっていた。

 もし、裏のボスなんてものが実は存在せず、オレのような人生設計(?)の人間が自然に増えていたら? いや、それは考えられない。長い人生、思いもよらぬ事故が発生するかも知れないが、長期にわたる国家運営には大多数の国民が「安寧と思える」生活が必須だ。そのための情報操作機関としてのマスコミが必要であり、自分で情報の取捨選択をしていると勘違いさせられるネットの世界が必要なのだ。そして誰もが疑わぬ所謂「常識」というものを全国に押し広げて行く。その「常識」に則った人生を歩んで行くのが正解だと全国民に思い込ませる。それが裏のボスのやり方なのだろう。オレが炬燵の中でぬくぬくとしている間にも戦乱に駆り出される同年配の兵士がいるだろうし、飢饉で飢え死にするやつもいるのだろう。が、オレは一枚の合格通知書を目の前にして暢気にテレビなんか眺めている。この差は人為的に作られたものとしか思えない。そう、やっぱり裏のボスは確実にいるのだ。オレはまんまとリモートコントロールされているのだ。それがどうした、何が悪い。

 テレビは洋画のエンディングを迎えていた。そしてオレは大欠伸をして炬燵の中に潜り込んだ。

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