アフロ吉岡

@wlm6223

アフロ吉岡

 私はいつも通り、自分の会社で事務仕事を片付けていた。そのとき、後輩の川崎に話し掛けられた

「吉岡さん、髪、跳ねてますね」

「うん? そうかな」

「はは、吉岡さんの髪が跳ねると雨が降るんですよ」

 確かに私は癖っ毛である。子供の時分からそうなので全然気にしていなかったのだが、どうやら社内で「雨が降るときは吉岡の髪が跳ねる」という噂が流れているらしい。

 たしかにロングやセミロングにした女性の悩みの一つに、雨が降ると湿気のせいで髪がボサボサになるというのがあるそうだ。だが、私の場合は雨が降る前から髪がボサボサになるらしいのである。

「寝癖じゃないんだけどね。どうしたんだろう」

 川崎が応えた。

「やっぱり今日は雨が降るんですよ。私、置き傘があって良かったです」

「まだ雨が降るとは限らないじゃないか」

「ははは、今にきっと降り出しますよ、きっと」

 それから三時間後の午後五時頃、営業の大崎がずぶ濡れになって帰社した。

「いやー、参りましたよ。夕立。折りたたみ傘もってなかったんで」

 それを見て社内は自分の傘を持ってきたかどうか、ひとしきり雑談がはじまった。その中で「吉岡の髪の毛予想」が持ち上がった。

 川崎が嬉しそうに話し掛けてきた。

「ね、吉岡さん。言ったでしょ。吉岡さんの髪の毛がカールすると雨が降るんですよ」

「今回限りの偶然だろ。そんなこともあるさ」

「いえ、先週の木曜日だって、夕立が降るとき吉岡さんの髪の毛、カールしてましたもん」

「そんなとこ見てたのかよ。この時期、夏になればいつ夕立が降ったっておかしくないんじゃない?」

「それが、そうでもないんですよ。女子社員の話しじゃ、吉岡さんの髪の毛のカール具合が天気予報代わりになってるんですよ」

「なんだそれ。おれはそんなことで注目されてるのか」

「いいじゃないですか。外回りの営業にとっては傘を持っていくかどうか、重要な判断基準なんですから。仕事の役に立ってるんですよ」

「そんなもんあるもんか。偶然だよ偶然」

 私は「吉岡の髪の毛予想」を本気にはしなかった。それは、迷信や噂話が嫌いだという反撥心も含まれていた。


 翌日、私はいつも通り出社し、いつも通り事務仕事を片付けていった。全くの普段通りである。ただ、快晴の真夏の陽射しが強く、まだ暑くなりきらない通勤時刻でも汗だくになっていた。

 正午、職場は昼休みとなり、私は川崎と会社近くの定食屋へ行った。

「吉岡さん、今日はまた酷く頭、カールしてますね」

「え? そうか?」

「凄いですよ」

 川崎と二人で定食屋を後にし、私は社のトイレで自分の髪型を見てみた

 それはもうボンバヘッド。一九七〇年代に流行ったアフロヘアと言ってもよかった。サラリーマンにしてはファンキーすぎる髪型だ。

 私は水道の水で手を濡らし、髪の毛をなんとか寝かせつけようとしたが徒労に終わった。ええいままよと自分のデスクに戻って仕事を片付けていった。「どうしたんですか、その頭」と女子社員たちから言われたが「自然とこうなった」としか言いようがなかった。

 午後からの外回りに出掛ける営業マンたちは、それとなく私の髪型をチェックしている。彼らも「吉岡の髪の毛予想」を真に受けているらしい。私は視線を何度も感じたが気にする素振りをせず、仕事に集中した。

 その夕方、夕立どころかゲリラ豪雨が降った。窓を見ると、雨粒が風に煽られてまるで翻るカーテンのような模様を描き出していた。

 大崎が外回りを終えて帰社すると開口一番に語った。

「いや、凄い降り方ですよ。ここからも雨の音、聞こえたでしょ? 傘なんか差しても足下はびちゃびちゃですよ」

 大崎は誰に言うでもなくそう言うと、私の髪型をちらと見た。

「やっぱりそうだ。吉岡さんの髪、凄い事になってる」

 私はちょっとムッとした。

 雨はものの三十分ほどで止み、真夏の夕日に鮮やかな虹がかかった。西日が差し込み、雨粒に濡れた灰色のオフィス街にきらきらと輝いた。

 その日以来、私のあだ名は「アフロ吉岡」となった。

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