第2話 断罪、さらに断罪
副業として悪役令嬢レティシアとして異世界に降り立った私は、その直後、もう一人の悪役令嬢であり、ボーナスを争うライバル・ダフネの手で主人公・シャルロット殺害の容疑者として囚われ、断罪されてしまった。そして今、王国の地下の独房に監禁されている。さっきまでは絵にかいたような貴婦人の私室にいたというのに、そのベッドのフカフカを確かめる間もなく、こんなジメジメした地下牢に閉じ込められてしまうなんて……。
「初手から断罪なんて反則でしょ?! 乙女ゲーなんだから初日は一通りの攻略キャラクターたちと一通り顔合わせさせろ!!」
やり場のない怒りや悲しみを発散するために、地下牢の隅にポツンと置かれている水の入ったバケツに向かって叫んでみた。すると、水に映ったレティシアの表情が怒りから悲しみに変化し、私の意志とは関係なく話し始める。
「レティシアさん、残念ながら反則ではないのです……」
「まさか……天使のお姉さん、ですか?」
「はい、そうです。あ、先ほど言いそびれたのですが、この世界で私とお話ししたいときは鏡や水面など、顔が映るところに呼びかけてくださいね」
な、なるほど、そういうルールなのか。無理やり牢屋に押し込められて頭に血が上っていたけれど、急な天使のお姉さんの登場で少し冷静に戻る。
「そうだ、会えたついでに色々と相談したいんですけど、いいですか?」
「はい。時間が許す限りは大丈夫ですよ」
まず真っ先に確認したいことがある。『初めの日に戻る』条件の詳細だ。看守に妙な独り言の多いヤバい奴だと思われるかもしれないが、副業が終われば元の世界に戻るだろうし、気にしない気にしない。
「天使のお姉さんは確か、『攻略が完了したり、断罪されてその周回で攻略キャラクターとこれ以上親密になれない状況になると初めの日に戻ります』と言ってましたよね?」
「はい、そのようにお伝えしてますし、その通りのルールでこの世界は動いています」
「けれど今、断罪されても時間が巻き戻った様子はないように思うんですけど、これは今日がまだ『初めの日』だからなんですか?」
「いいえ、違います。『断罪される』イコール『初めの日に戻る』ではないのでまだ何も起きていないのです。『初めの日に戻る』のは『攻略キャラクターとこれ以上親密になれない状況』になったときですから、断罪されても何が起きても、この条件に当てはまらないときには初めの日には戻りません」
逆に、今の状況はまだ攻略キャラクターとこれ以上親密になれる可能性があるということだろうか?
とにかく、『初めの日に戻る』条件については分かった。次はダフネが(恐らく)私を初めの日に戻そうとした理由について確認しよう。
「今回、もう一人の悪役令嬢ダフネは私を初めの日に戻そうとしてきたと思ってるんですけど、それは当たってますか?」
「恐らくは……ただ、ダフネの担当者は別にいるので、正直私も本当のところはわからないんですよね」
なるほど、ダフネにはダフネの
「相手を初めの日に戻すメリットは、ボーナスを獲得できる可能性が上がるから?」
「その通りです。神もそのような駆け引きが生まれることを期待して特別報酬とルールを設けました!」
「つまり、片方の悪役令嬢が何かの原因で初めの日に戻っても、もう一方の悪役令嬢のゲームは続くということ?」
「そういうことです。一周分相手よりリードできます!」
つまり金のためにシャルロットは殺害され、私はこの牢屋にブチ込まれたということらしい。いや、私もお金のために悪役令嬢やってるんだけど!
とりあえず今確かめたいことは確認できた。さて、これからどうするか……冷静に考えて、ここから逆転するのは難しい、と思う。相当うまく申し開きをして攻略キャラクターのひとり、騎士団長のジュリアンの同情を引くとか……? なんにせよ、可能性はあれどかなり詰みに近い状況と言わざるを得ない。
だったら取れる手はアレしかない。
成功しないかもしれない。けど、人生駄目でもともと、当たれば儲けものだしね。
密かに腹を決めたとき、タイミング良く私の地下牢に訪問者が現れた。服装からして罪を検めに、あるいは懺悔を受け入れに来た司教様だろう。腐ってもアルジェント家の令嬢だからか、公開裁判の前に申し開きをさせてもらえるらしい。原作には裁判シーンはないので、この国に公開裁判があるかどうかはわからないけれど。司教様は私を鉄格子越しにじっと見つめ、やがて厳かに口を開いた。
「レティシア・アルジェント。あなたがなぜ今投獄されているか、理解をされていますか」
「はい、司教様。シャルロット嬢殺害の罪で投獄されました」
「単刀直入に聞きます。貴女は、シャルロット・ラヴェルを殺めましたか」
「はい、司教様。私はシャルロット嬢を殺めました」
シャルロットを殺害したという私の告白を聞いても司教様は顔色を変えない。そのまま続けて、私に問う。
「貴女の傍仕えの者や家の者は、あなたがシャルロット嬢を殺害する時間はなかったはずだと証言をしていますが、貴女は本当にシャルロット嬢を殺めたのですか」
「はい、司教様。私は愚かにもある者と共謀することで、自らの手を汚さずシャルロット嬢を殺めようとしました」
断罪され、ほぼ詰んでいるこの周回。このままでは私だけ一周分損をする。だったらやることは一つだ――相手もこの断罪に巻き添えにするしかない。
「共謀者は、ダフネです」
私が言うと、世界は突如真っ黒になる。地下牢も、目の前にいた司教様も跡形もなく消えた。どこからか拍手が聞こえ、頭上の暗闇の果てから緞帳が下りてきた。シャルロットの殺害を自ら告白したことで、レティシアは『攻略キャラクターとこれ以上親密になれない状況』になり、この周回は幕引きになった、ということだろう。多分。ダフネも同じように巻き添えにできていることを祈るばかりだ。
こうして、私の悪役令嬢一周目は、攻略キャラクターに一切会えないまま終わってしまった。
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