黒宮怜の日記③「鬼捨て山」



 八重子さんが話してくれたのは、黒宮家に伝わる呪われた物語だった。




 とおい昔、■■■■村では『鬼送り』と言われる風習がありました。


 『鬼送り』は、病にかかった村人、歳をとって働けなくなった村人、育てられない子供、そして、鬼子を山に捨てる風習です。


 これは残酷なことではありません。

 彼らは『鬼』です。『鬼』を捨てなければ、村を維持するとはできませんから。当時は、みんなやっていました。

 

 それから長き時が経ち、ある村祭りの日に■■■■神社で遊んでいた幼い女の子が『鬼』に連れさられてしまいます。


 村人総出で女の子を探したが、見つかることはありませんでした。そのまま五十年後、皆が事件を忘れてしまったごろ、また幼い女の子が一人行方不明になりました。


 そこで村人達は七歳以下の女子に男装を、させることにした。なぜ七歳以下なのかと言うと『七歳までは神のうち』と言うように、七歳以下の子供は神のものだから。


 それから『鬼』に連れて行かれる子供は減りました。されども、たまに『鬼』に連れていかれてしまう子もいます。

 やがて、連れていかれてしまった不幸な女の子達は『霊依』と呼ばれるようになりました。でも彼女たちが村から消えても、村人は喜ぶようになりました。


 『霊依』が増える度に、稲穂が育ち、富が集まり、村は栄えたのです。


 もし『霊依』になっちゃっても大丈夫。

 水鏡神がいるから寂しくないよ!




*



 黒い皿に乗った饅頭を、口に放り込む。黒宮家の使用人が運んできたものだ。

 同じく、運ばれてきた緑茶も口にする。


「そんな伝承があったんですね……。両親は村に関する事は全然教えてくれなかったので」


「でしょうねぇ……真喜さんは本当に、この村が嫌いでしたから」


 八重子は笑う。その笑みはどこかぎこちない。まるで無理やり貼り付けているみたいだ。


「……だから逃げちゃったの」


 何もかも見捨ててねぇ。夕日に照らされた桜色の唇が、ゆっくりと吊り上がった。



*



「本日はご親切にありがとうございました」

「畏まらなくて、いいのよー。また、いつでもいらっしゃいね」


 すっかり日が暮れ辺りは夜の帳に包まれた。山に囲まれた■■■■村は、昼間は暑いくせに夜になると、かなり冷え込む。

 そろそろ旅館へ向かわなくてはならないことを八重子さんに告げ、黒宮家の屋敷を出ると、肌をさすような冷気に襲われた。


「そうだ、今日はどこの旅館に泊まるの?」

「『みかがみ屋』です」

「あぁ、雅人さんが経営している店ね。あそこなら近いから送ってあげるわ」

「そっ、そこまでして頂かなくても」

「だから、遠慮しなくて良いんだって」


 八重子さんは羽織りのポケットから、車のキーを取り出す。どうやら家の外に出る前から、持ってきていたらしい。

 屋敷の前にある駐車場に向かう。すると、そこには新聞で見たことのある海外の高級車がとまっていた。


(父の実家がここまで金持ちだとはね……)


「東京だと車に乗る機会が少ないでしょ?」

「はい……大体の移動は電車で済みますからね」

「いいわねぇー。田舎だと車が無ければ何もできないから、憧れちゃうわね。電車生活」


 車の助手席に乗ると八重子がフロントミラーを確認し始める。そして、彼女の袖をよくよく見てみると、着物の下に黒色のインナーを着ていることが分かる。

 首元も確認してみると、首の根元までインナーで包まれていた。


 寒さが苦手なのだろうか?

 あるいは――何かを隠している?


「あら、私の顔ばかり見てどうしたの?」


 八重子が、ちょこんと首を傾げる。


「いえ、お綺麗だなと思いまして……」

「やだぁー、恥ずかしいわぁ」


 お世話が上手ね。八重子は笑った。

 こんどは聖母様みたいな暖かい笑みだ。


 ドアガラス越しに外の景色を見る。


 視界に広がるのは、数少ない街灯に照らされた田園風景と……■■■■神社に向かう石道。ただでさえ少い街灯に照らされた田舎の風景は、ちよっぴり懐かしいような、恐ろしいような感覚に襲われる。


 頭を空っぽにして窓の外を眺めていると、ふと、むかしの記憶を思い出した。



*



 ながい、ながい、階段を、息を切らしながら登ってゆく、その先で待っているのは朱色の鳥居と■■■■神社だ。


「レイ、こっちに来てくれ!」


 まだ小学生だった頃。

 僕と凪は、よく■■■■神社の境内で遊んでいた。確か、あの日も凪に誘われて、■■■■神社へ行ったはずだ。

 百段以上もある階段を駆け上がった凪は、手水舎や拝殿を無視して、そのまま禁足地である鎮守の森へ向かった。

 もちろん、中には入らない……というか、凪が禁足地に入る前に、腕をつかんで無理やり止めた。


「おい、何をするつもりだ?」


「なにって……探検だよ。た、ん、け、ん」


「まさか、禁足地を探検するつもりなの

か……悪いことは言わない。今すぐやめろ」


「えー、だって気になるじゃん」


「辞めろって言ってるだろ」


「どうして止めるんだよ。お前は入っても怒られないだろ」


 凪が呆気にとられたように口を丸くする。


「大人に怒られるかどうかが問題なんじゃない。万が一、熊にでも遭遇したらどうするんだ?」


「戦う」


「アホか」


 そして、諦めたような表情で答えた。


「分かったよ。なら今日は久保田オバチャンの家に行こうぜ。ミサキちゃんも連れてな」


「ミサも巻き込んで何をする気だ……?」


「イ、タ、ズ、ラ」


 腕を組みながら答える凪。

 僕は思わず大きな、ため息をついた。




 


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