黒宮怜の日記①「終わりの続き」

 夕暮れの■■■■神社。

 真紅の彼岸花が境内を、美しく染め上げている。風が吹く度に、彼岸花はユラユラと揺れた。


 黒い着物の袖をはためかせながら、目の前にいる彼女は、いつだって笑って僕の手を引いてくれた。



「この花、綺麗だね」


 白百合のように透き通った色白の肌。黒檀のように艶やかな髪が風に揺られて、なびいている。瞳は黒真珠みたいで、小さな光を宿していた。

 これだけ人を惹きつけてやまない容姿をしているのに、彼女はまだ五歳である。


「彼岸花か」


「ひがんばな……?」


「別名、曼珠沙華まんじゅしゃげ天蓋花てんがいばな、狐の松明、カミソリ花、死人花しびとばなとも呼ばれている」


「へぇー、色んな名前があるんだねぇー」


「花言葉も沢山あるぞ。例えば、独立、追走、あきらめ、悲しき思い出……」


「えー、怖い言葉ばっかり」


「待て、話を最後まで聞け。中には、こんな花言葉もあるんだぞ。希望、再会、約束、そして――」





――また会う日を楽しみに、とかな。



 少女が走るとピーナッツのような明るい茶色の下駄が、からんころんと石畳を打ちつけた。


 流れる。また流れる。

 涙が流れる度に。

 彼岸花が咲く。


 いつになったら、また君に会えるかな?




*






 

 蒸し暑い夏の夜。壁にかけられた時計が、カチカチと静かに時間を刻み続けている。


 アパートの一室。僕はパソコンの液晶と睨めっこしながら、ネット掲示板を漁っていた。漁るスレッドは主にオカルト系。特に都市伝説の類いだ。


 インターネットは、まるで一種の異世界のようである。中には、人々の我慢、憎悪、欲望全てが詰まっている。決して開いてはいけないパンドラの箱だって存在するだろう。



 この作業は単なる趣味ではなく、新たに投稿する動画のネタを探すためだ。動画制作も趣味の一環だが……。


 もともと怪談の類いが好きだった僕は、一年前――大学二年生の夏からコツコツと都市伝説紹介動画をあげるようになった。


 初めは再生回数すら、ろくに稼げなかった。しかし、独学で動画編集を学び作品の質を上げていったところ、一年後にはゼロだったフォロワーが二万人まで増えた。


 編集にこだわった事が一番の成功要因――であって欲しかったが、コメント欄を見てみると『うp主(動画投稿者)の声がイケボ』『睡眠用動画として使わせていただきます』との声が多かった。


 オカルト系動画で寝られてもなぁ……。


 どうせならゾクゾクとした体験をして、そのまま寝られなくなって頂きたい。


 何とも言えない気持ちで、今宵も掲示板のスレを漁っていると、気になる投稿を見つけた。十年前に起きた火事の記事に対するコメントだ。



*



1:名無しさん:2023/8/1

ID:01magat


 ネット記事を漁っていたら、懐かしいものを見つけたわ。

 丁度この日、俺は■■■■村へ観光に来ていて、この火事現場も直接見た。

 やべぇー燃えてんじゃん、とは思ったけど被害にあった家と泊まっていた旅館は、それなりに距離があったから、まぁ大丈夫でしょうと思って放置したの。そしたら翌日、地元民の様子がおかしくてさ。


 ずっと「ミカガミ様に気づかれてしまう」とか「もう終わりだ」だとか言ってんの。

 もともと寂れた村だからさ。オカルト方面で観光客呼び込んでんのは分かるけど、流石にこれはやりすぎだわ。


 てか、ミカガミ様って何?



*



 ミカガミ様という名には、覚えがある。

 というより覚えさせられた。

 故郷である■■■■村には、平安の世から続くミカガミ信仰というものがあった。

そこで、村の人々は毎日のようにミカガミ様の名を口にしていた。


 ■■■■村で過ごしていたのは、今から十一年前――まだ十歳であった時。

 なので当時の記憶は曖昧で、ほとんど覚えていないが、ミカガミ様という単語だけは、ハッキリと覚えていた。他には『タマヨリ』という単語もかすかに覚えている。


 暮らしていた当時は、まだ幼かったこともあり■■■■村の風習に違和感を覚えることはなかったが、今思えば特殊――というより異常な環境であった。


 これだけ化学が発展した現代において、未だに人々が『人ならざるもの』の存在を、本気で信じ込んでいる。


 更に最近となっては、某匿名掲示板に書き込まれた『この村を探して下さい』という投稿が発端となり、今やネット中に■■■■村にまつわる怪談で溢れかえっている。


 しばらく火事に関する記事を、眺めていると、ある違和感に気づく。


 この建物……父さんの実家か。


 外観や周辺の風景が記憶の中にある父の実家とそっくりだ。あの家に訪れた回数は少ないが、村で一番大きな屋敷だった為、記憶にはしっかりと焼き付いてくる。


 火事が起きた日付を確認する。父が僕を連れて■■■■村から引っ越す、少し前だ。


 そう、親戚、友人、何もかも残して、村から立ち去った一年後……いや、待て、友人?


 パソコンのデスクトップに戻り、ファイルの一覧を開く。保存されたファイルを、古いものが上になるよう並び替えると、十年前に起きた男児の行方不明事件を扱った新聞記事が、テッペンに表示される。


 これは友人である滝沢凪たきざわなぎが、行方不明になった際の新聞記事だ。


 凪は■■■■村の小学校で出会った友人であり、引っ越した後も手紙でやりとりしようと約束していた。


 残念ながら、その約束は果たされず、いくら手紙を送っても凪からの返信が来ることはなかったが。


 電話で凪の両親にも連絡してみたが、彼等は「凪は『鬼』に連れていかれた」としか教えてくれなかった。


 どう考えてもおかしいだろ。

 正気じゃない。


 自分の息子が行方不明になっているというのに、責任を怪異に押し付けるなんて……。


 腹の底から、ふつふつと熱が湧き出る感覚がしたが、テーブルに置かれたミネラルウォーターを喉に流し込みながら何とか怒りを抑えた。そのままキーボードを叩き、スレ主に返信する。


 結局、凪の身に何があったのか?

 両親は、なぜ■■■■村から出ていくことを決心したのか?


 かつて放置してしまっていた疑問。いまさら答えが知りたいと、本能が告げている。


(今は夏休み中だ。大学の講義もない。ちょっとぐらい父さんの実家に行っても大丈夫だろう)


*



2:名無しさん:2023/8/1

ID:1zTa2UtYlp


→1

その話について詳しくお聞かせ願えますか?



 

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