色々デカいクラスの癖つよギャルに告られて、二人で一緒に色んな実績を解除する話。
斜偲泳(ななしの えい)
実績1『初めての彼女』
いつも通りのボッチな昼休み。
早々にお弁当を食べ終えた僕は、いつも通りにスマホでウェブ小説を読んでいた。
よくある学園物のラブコメで、僕みたいに冴えない陰キャ君が何故か学校一の美少女に見初められ、二人でキャンプに行ったり、バイトをしたり、ちょっとした事件を解決したり、僕にはまるで縁のない、青春めいたアレコレをエンジョイするといった内容だ。
面白くはあるけれど、楽しい事は間違いないけれど、少しだけ、いや、かーなーり嫉妬してしまう。
正直すごく羨ましい。
あーあ。
学校一の美少女なんて贅沢は言わないから、誰か奇特な女の子が僕の事を好きになり、退屈ないつも通りから僕を連れ出してくれないだろうか。
なんて都合の良い事を思っていると。
誰かが机の前に立ち、僕のスマホに影を落とした。
顔を上げると、クラスメイトの大野さんが仁王立ちで僕の事を見下ろしている。
「うわっ」
驚いて、思わず声が出てしまう。
大野さんは背が高い。
女の子だけど180センチを超えていて、現在も成長中だとか。
というか、大野さんはなにもかもが大きい。
肩幅も、胸も、腰回りやお尻、太ももも、
太っているわけではないけれど、全体的にムチムチしていて、巨大な感じだ。
その上大野さんは金髪の黒ギャルで、ヤンキーみたいな雰囲気がある。
と言っても、あくまでそれは見た目の話で、不良というわけではないらしい。
実際僕も大野さんが悪事を働いたり、イジメを行っている場面は見たことがない。
そもそもうちの学校はかなり平和で、イジメや不良といった類の話は聞いた事がない。
そうでなければ僕みたいな冴えない陰キャボッチのチビ助はとっくにイジメられているだろう。
むしろ大野さんはクラスのムードメーカーというか、気のいいガキ大将的な存在だと思う。
男勝りでノリがよく、ガサツで豪快なワイルド系女子。
例えるなら、ライオンみたいな女の子だろうか。
対する僕はウサギみたいな男子だから、大野さんみたいな女子にいきなり目の前に立たれたら、それだけでちょっとびっくりしてしまう。
「なんだよ、うわって。失礼な奴だな」
僕の反応に、大野さんが三白眼を細める。
「ご、ごめんなさい。びっくりして……」
「まぁいいけど。よくある事だし。それより小鳥遊、ちょっと頼みがあるんだけどいいか?」
「い、いいですけど……」
大野さんの威圧感に気圧されて、僕は用件も聞かずに了承してしまった。
まぁ、どう雑用の類だろう。
大野さんとは口を利くのも初めてみたいな関係だし。
そんな相手に重要な頼みごとをするとは思えない。
それに、どのみち僕は小心者なので、大野さんの頼み事を断れるとも思えない。
「お、サンキュー。じゃ、今から小鳥遊はあたしの彼氏な」
「へ?」
物凄く軽いノリでとんでもない事を言われた気がする。
「か、彼氏って、どういうことですか?」
聞き違いではないと思うけど。
なにかの勘違いか、冗談の類なのだろうか。
「彼氏は彼氏だろ。恋人。あたしと付き合うって意味。わかる?」
「それはわかりますけど……。そうじゃなくて、なんで僕なのかって事です! 別に僕、大野さんと仲良くないですよね!?」
「そうだけど、別に悪くもないだろ。それとも小鳥遊、あたしの事嫌いなわけ?」
「そういうわけじゃないですけど……」
好きも嫌いもない。
僕みたいな陰キャボッチとは関係のない別世界の住人だと思っていた。
「ならいいじゃん」
「よくないでしょ! お付き合いって、好きな相手とするものですよね!?」
そこまで言って僕はハッとした。
「も、もしかして大野さん、僕の事好きなんですか……」
まったく、なんてバカな質問をしたのだろう。
そんなの好きに決まっている。
そうでなければ、彼氏に選ぶはずがない。
変な告白だとは思うけど、それは大野さん流の照れ隠しなのだろう。
大野さんと僕では釣り合わないし、僕なんかのどこがいいのかとは思うけど。
世の中には不釣り合いなカップルなんか幾らでもいるし、蓼食う虫も好き好きという言葉もある。
僕としては不可解だけど、大野さんが好きになってしまったのなら仕方がない。
と、内心狂喜していたのだけど。
「いや、全然」
「あう」
肩透かしを受けて僕はズッコケた。
「僕の事からかってるんですか?」
というか、からかっているのだろう。
それならば疑問は全部解決する。
大野さん、そんな子じゃないと思ってたのに。
くすん……。
「違うって。好きじゃないけど彼氏になって欲しいって話」
「そんな話あります?」
「いや、あたしだって理想を言えば好きな相手と付き合いたいと思うぜ? でも別に好きな相手とかいねーし。てかぶっちゃけ好きとかよくわかんねーし。お前わかる?」
「わかんないですけど……」
ラブコメには憧れるけど、ああいう作品に出て来る恋愛的感情は理解出来ない。
一目惚れとかした事ないし、誰かを狂おしい程好きになるという経験もした事がない。
僕自身、そんな風になれるとは到底思えない。
僕ってちょっと変なのかなと思っていたけど、同じような人がいると知ってちょっと安心した。
「だしょ? で、そんな事言ってる間にもう高二じゃん。このままじゃ彼氏の実績取れないまま高校生活終わっちまうし。それなら好きじゃなくてもとりあえず彼氏作っといた方がよくなくない? みたいな話よ」
「それはまぁ、分かりますけど……」
僕だって彼女が出来ないまま高校生活を終えるのはイヤだ。
彼女が出来るのなら、好きな子でなくてもいいとは思う。
それはそれとして。
「彼氏の実績ってなんですか?」
「んあ? 実績は実績だろ。ゲームで取れる奴。わかんねぇ?」
「いや、それはわかりますけど……」
最近のゲームでは節目になるような出来事に実績が設定されている事が多い。
チュートリアルをクリアしました、みたいな簡単な物から、裏ボス撃破やノーミスクリアなんかの高難易度系など色々。
で、実績をクリアすると実績一覧に登録される。
ある種の目標みたいなもので、ゲーマーの中には実績を集める為にゲームをやり込む人もいるとか。
「あたしさ、気付いちゃったんだよね。人生ってゲームみたいなもんじゃね? って」
「そうかなぁ……」
「そうだろ。人生には楽しい事が色々あるけど、狙って取りに行かなきゃなんも起きないまま終わっちゃうじゃん。それってつまり実績だろ? 沢山実績ゲットすればそれだけ楽しい人生になるってわけ。で、とりあえず『初めての彼氏』の実績から取ってみようかと」
「まぁ、話は大体わかりましたけど」
大野さんの言う実績とは、つまりは思い出の事なのだろう。
実績のない人生は思い出のない人生と同義だ。
人は多分、大人になったら実績一覧を眺めるようにして思い出を振り返る。
そんな時、何もない人生ではきっと寂しい。
そんな事を言いたいのではないだろうか。
それはいいとしてだ。
「なんで僕なんですか? 大野さんなら、相手なんか幾らでも見つかると思うんですけど」
「は? いやいや、あたし別にそんなモテねーし。自分で言うのもなんだけどガサツで男勝りじゃん? てか、こんなデカ女と付き合いたい相手なんかいねーだろ」
いやいるでしょ。
全然いるよ。
確かに大野さんは癖つよ系女子だけど、普通に需要あると思う。
好きではないけど、普通に大野さんは守備範囲内だし、むしろタイプだと思う。
ここだけの話、僕はデカい女の子が好みなのだ。
「そんな事ないと思いますけど……」
勇気を出した呟きは、野太い男子の声に掻き消された。
「はいはい! ここにいます! 俺、デカ女大好き! 小鳥遊じゃなくて俺と付き合おうぜ!」
にゃぁ!?
名乗りを上げたのはクラスメイトの五里君だ。
大野さん並の長身で筋骨隆々の大男。
坊主頭の野球部でゴリラ寄りのビジュアルだけど、僕よりも男らしい事は間違いない。
あばばばば!
そんなの絶対五里君の方がいいじゃんか!
ああああ! うだうだ言ってないでさっさとオーケーすればよかった!
折角大野さんが選んでくれたのに、五里君に取られちゃう!
そう思って心臓がキュッとする。
「いや、わりーけど五里はタイプじゃないわ」
「そんなぁ……」
がっくりと五里君がうな垂れる。
申し訳ないけど僕は心底ホッとした。
「好きな相手じゃなくてもいいけど、誰でもいいってわけじゃねぇから。どうせ付き合うなら見た目くらいはタイプの相手がいいっしょ?」
大野さんがバチンと僕にウィンクする。
はわわわわ……。
先程とは違う意味で、僕の心臓はキュッとした。
もしかして、これが恋?
「それって、僕の事ですか?」
そんなわけはないと思いつつ、僕は聞いてしまった。
「そーいう事。こう見えてあたし、小さくて可愛い物が好きなんだよね。その点小鳥遊はちいかわ系じゃん?」
「……否定はしませんけど」
嬉しいような、悲しいような。
一応僕、男の子なんだけど。
小さいとか可愛いとか言われても、あんまり嬉しくないんだけど。
複雑な心境だ。
「それに小鳥遊って大人しいじゃん? そういう奴ならあたしの実績解除に黙って付き合ってくれそうだし。最悪別れても元々仲良くないからお互いそんな気まずくならないっていう。まさにベストの彼氏っしょ!」
「スーッ……。そっすねぇ……」
ドヤ顔で親指立てられてもなぁ……。
なんだかなぁーというか。
これが恋かも? とか浮かれてた自分がアホらしく思えてきた。
つまりは、都合のいい相手って事でしょ。
「なんだよその顔。不満なわけ?」
「別に、そういうわけじゃないですけど」
僕に大野さんじゃ勿体ないのは事実だし。
僕なんかを選んで貰える時点で超ラッキーなのは分かっている。
分かっているけど……。
なんか唇が尖がってしまう。
「嘘つけ! 不満たらたらじゃん! そりゃ、確かにあたしはバカでガサツで男勝りのデカ女だし、小鳥遊のタイプじゃないとは思うけどさぁ」
いや、タイプではありますけどね。
悔しいから絶対に言いたくなくなっちゃった。
「小鳥遊だってあたしと同じでモテるタイプじゃないだろ? このまま彼女出来ないで高校卒業してもいいのかよ。だったらあたしで妥協しとこうぜ。ほら! 今ならなんとHカップの爆乳もついてくるぜぇ?」
「「「え、Hカップ!?」」」
僕と一緒にクラスの全男子と一部の女子が叫んだ。
Hカップってなにカップだ?
A、B、C、D、E、F、G、H!?
そんなのエッチじゃんか!
卑怯だよ!
もう、僕の頭の中はエッチなカップの事でいっぱいだ。
「へへ、なんだよ。可愛い顔して、頭の中はエロガキだな」
「ち、違いますし! え、Hカップがなんですか! そんなの全然エッチじゃないし! おっぱいくらい僕にだってついてますから! そんなエッチなおっぱいでおっぱいされたりしませんからね!?」
「いや、完全に頭の中おっぱいじゃん。もうおっぱいの事しか考えられなくなってるだろ。ほらほら、素直になっちゃえよ~」
大野さんが身をのしだし、僕の目の前でこれ見よがしに胸を揺する。
バインバイン。
僕の脳内に聞こえるはずのない音が大音量で響き渡る。
負けです。
降参です。
こんなの勝てるわけないだろ!?
「ああああ! わかりました! わかりましたよ! お付き合いします! 大野さんの彼氏になるので、勘弁してください!」
「だははは! 最初から素直にそう言えばいいんだよ! おっし! これで『初めての彼氏』の実績ゲットだぜ!」
大野さんが嬉しそうにガッツポーズを取る。
正直、喜びたいのは僕の方だけれど。
ピコーンと頭の中で音が鳴る。
そんなわけで、僕は『初めての彼女』の実績を解除したのだった。
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