実績2『二人で一緒にお昼ご飯』

「じゃあ早速、『恋人と一緒にお昼を食べる』実績を解除すっか」

「早速過ぎませんか!?」


 だって今告白されて付き合ったばかりだ。


 初めての彼女だし、しかも相手は公然と好きだと言うのは憚られるけど、内心男子のみんなが密かに「大野さんっていいよな……」「うん、いい……」と憧れて、毎晩よからぬことに励んでいるに違いない、クソデカ癖つよギャル(Hカップ)のあの大野さんだ。


 僕にとっては買ってもいない宝くじが当選したような状況で、とてもじゃないけど気持ちも理解も追いついてない。


 出来ればもうちょっと、落ち着く時間が欲しいのだけど。


「だってその為に付き合ったんだぜ? クリアしたい実績山ほどあるし、あたしらもう二年生じゃん。サクサクいかないと勿体ないだろ。てか、もう弁当作って来ちゃったし」

「えぇ!? 大野さん、僕の為にお弁当作ってくれたんですか!?」

「おう! どうせだし、ついでに『彼氏に手作り弁当食べさせる』実績も解除しとこうと思って」

「うわぁ……」

「なんだよその顔。似合わねぇって言いたいのか? まぁ、実際そういうキャラじゃねーけどよ……。いいだろ別に! あたしだって一応女子だし、一回くらいはそういう事してみてーんだよ!」


 大野さんが恥ずかしそうに口を尖らせる。


「ち、違います! すごい行動力だと思って、圧倒されてたというか……。それに、大野さんがお弁当作っても全然いいと思います! 確かにキャラじゃないとは思うけど、それが逆に良いって言うか!」

「逆には余計だっつの」

「うにゃ!?」


 デコピンされて僕は仰け反る。


「ご、ごめんなさい……。そいうつもりじゃなくて、ギャップが可愛いって言いたかったわけで……」

「わかったって! 自分でもキャラじゃないのはわかってんだ! 恥ずかしいからあんまり言うなし!」

「うにゃああああ!?」


 赤くなった大野さんに頭をシェイクされる。


 照れてる大野さん、可愛すぎでは?


「ったく……。じゃ、弁当持ってくるわ」

「はい!」


 大野さんの手作りのお弁当!


 どんなだろう……。


 彼女の手作りのお弁当ならなんだって嬉しいけど!


 ワクワクしながら待っていると、大野さんが椅子ごとズリズリと自分の机を引っ張って来る。


 豪快だなぁ……。


 って!?


「……は?」

「なんだよ、は? って」

「い、いや、だって、それ、お弁当ですか?」

「そうだけど?」


 いや、いやいやいや。


 ないよ、ないない、流石にそれは嘘でしょ。


 大野さんの机の上には可愛いマスコット系のシールがベタベタ貼られた四角いお弁当箱がのってるんだけど。


 デカい。


 デカすぎる。


 ちょっとしたボードゲームの入れ物くらいのサイズがある。


 僕のお弁当なら余裕で四つくらい入りそうなサイズだ。


 と、唖然としていると。


「あぁ。勘違いすんなよ。これはあたしの。小鳥遊のはちゃんと別にあっからさ」

「ですよね~……」


 いや、それもどうかと思うけど。


 大野さんは大きいし、このダイナマイトムチムチボディーを維持する為にはそれくらい必要なのだろう。


 女の子が沢山食べるのは良い事だし、その点については文句はない。


 とにかく、僕のお弁当ではないようなのでホッとした。


「小鳥遊のはこっちな」

「いやもっとデカいんかい!」


 思わず漫才みたいに突っ込んでしまった。


 大野さんが机の中から取り出したのは、先程の倍以上ある弁当箱だ。


 というかこれは弁当箱なの?


 デカすぎて、机が半分近く隠れている。


 仮に弁当箱だとしても、運動会の家族用とかそういう類の物だと思うんだけど……。


「だって男子って女子より食うって言うだろ?」

「普通はそうですけど、大野さんが基準なら話は別ですよ!」

「なんだよ小鳥遊。それじゃあまるであたしが大食いみたいじゃねぇか!」


 みたいもなにも大食い以外の何者でもないんだけど。


 目つきの怖い大野さんに睨まれたら言い返せない。


 そうでなくとも大野さんは女の子だし。


 大食い扱いされるのは恥ずかしいのだろう。


「そういうわけじゃないですけど……。ほ、ほら! 僕、この通りチビ助なので! 普通の男子みたいには食べられないな~……なんて……」

「あぁ? あたしが頑張って作った弁当残すつもりかよ」

「いや、でも、流石にこの量は物理的に無理って言うか……」


 大野さんはジト目で僕を見つめると、ガッカリしたように溜息をつく。


「あっそ。あぁそう! 初めての彼氏だし、喜んで貰おうと思って頑張って早起きして作ったのに……。バカみてぇ……」


 プルンと大野さんの柔らかそうな下唇がいじけた。


 見たことのない大野さんの悲し気な表情に、僕の心臓はズキズキと悲鳴をあげる。


「な~んちゃって! 実は僕、こう見えて大食いなんですよね! お腹ペコペコだったし、大野さんが作ってくれたお弁当なら余裕ペロリですよ!」


 バカバカバカバカ!


 大野さんの悲しむ顔が見たくないからって、なに言っちゃってるの僕の口は!?


 そうやってすぐ出来もしない安請け合いをして、小心者の悪い所出ちゃってるよ!


 早速後悔するのだけど。


「なんだよ! からかいやがって! 小鳥遊の癖に生意気だぞ!」


 大野さんは途端にニッコリ笑顔になり、僕の肩に拳を当てる。


 いや、痛いよ。


 普通に痛い。


 危うく椅子から落ちそうになったし。


 肩パンってレベルじゃないから。


 でもまぁ、機嫌を直してくれたみたいでホッとした。


 僕なんかが大野さんと付き合えるなんて棚ぼたでしかないんだし。


 僕だって大野さんと色んな実績を解除したい!


 あんなことやそんなこと、ムフフな大人の実績だって!


 大野さんとしては実績を解除する為に適当な男子を選んだだけだし、振られないように頑張らないと!


 そう思い、僕は覚悟を決めるけど。


「じゃじゃ~ん! 七海特製、初めての彼氏に贈るお肉たっぷり実績解除弁当だ!」

「ワーイ……」


 僕の覚悟は秒で砕けた。


 いやだってただでさえデカいのに七割唐揚げだし。


 ていうかご飯と唐揚げしか入ってないし。


 唐揚げ多すぎて総菜屋さんみたいになっちゃってるじゃん。


 ちなみに七海というのは大野さんの下の名前。


 ついでに言うと僕は歩。


 どうでもいいけど。


「……なんだよ。嬉しくねーの? 男子は好きだろ、唐揚げ」


 好きだけど、この量は流石に無理だって。


 好きな物でも嫌いになっちゃうレベルだって。


 今更そんな事言えないけど……。


「大好きだよ! こんなにいっぱい幸せだなー!」

「だろ! あたしも好きでさ! 色々調べて作ったんだぜ? 張り切ってちょっと作りすぎちゃったけど、唐揚げなら無限だよな! あははは!」


 いや無限は嘘だって。


 人間の胃袋は有限だから。


 フードファイターじゃないんだから僕の胃は宇宙じゃないんだよ……。


 ともあれ食べないと。


 完食は絶対無理だけど、頑張って美味しく食べてる姿を見せたら大野さんも分かってくれるはず!


 というわけで。


「早速食べていい?」

「おう! 食え食え! その為に作ったんだ!」

「いただきま~す!」


 手を合わせ、とりあえず一つ食べてみるけど……。


「うっ……」

「え? なに? マズかった!?」


 ブルブルと僕は首を振る。


 口の中の物を飲み込むと、僕は叫んだ。


「んま~い!」


 大野さんの肩がズッコケる。


「紛らわしい事すんなよな!」

「だってこれ、本当に美味しいよ! すごく美味しい! 柔らかくってジューシーで、めっちゃ鳥ぃ! って感じする! 唐揚げ屋さんになれるレベル!」

「いや、流石にそれは大袈裟だろ……」


 大野さんは呆れるけど。


「そんな事ないよ! 本当に美味しいんだから! すごいね大野さん! 料理上手だったんだ!」


 お世辞ではなく美味しくて、僕はすぐに二個、三個と食べてしまう。


 これなら本当に無限に食べれてしまいそうだ。


「……そんな事ねぇって。唐揚げ以外作れねぇし。これだってネットで調べたレシピ通りに作っただけだし」

「それでもすごいよ! 僕なんにも作れないし! 美味しい! 全然止まんない! 唐揚げだけなのに全然飽きない!」

「わかったから! 褒めすぎなんだよ! 恥ずかしいから黙って食えし!」

「えー!」


 だってこんなに美味しいのだ。


 しかも大野さんが僕の為に頑張って早起きして作った唐揚げだ。


 その事を想うと僕は無性にウキウキして、感謝と喜びを口にせずにはいられない。


 まぁ、大野さんが黙れと言うから黙るんだけど。


 それから暫く、僕は無心で唐揚げを頬張り続ける。


 不意に視線を上げると、大野さんは頬杖を付き、優しい顔で僕を見つめていた。


「……僕の顔になにかついてる?」

「いや。なんつーか、なるほどな~と思ってさ」

「なにが?」

「手作り弁当。なんかわかんねーけど、みんな作りたがるじゃん?」

「確かに。ラブコメとかでも鉄板だよね」

「ぶっちゃけあたし、よく分かんなかったんだよね。だって料理とか面倒じゃん? 彼氏って言っても他人だし。他人に弁当食わせてなにがおもしれーの? みたいな」

「あ、ぅん……」


 それは僕も思う。


 こんな事をして、大野さんはなにが楽しいのだろう。


 僕は嬉しいけど、大野さんには何の得もない気がする。


 むしろ早起きしたりお弁当を用意したりで損しかないと思う。


 そう思うと、ちょっと申し訳ない。


「……ごめんね。なんか、僕ばっかり良い思いしちゃって」

「いやいいよ。あたしが勝手にした事だし。実績の為だし、実際どうなのか確かめてみたかっただけだから」

「そうだけど……」

「そんな顔すんなって。わかったって言っただろ? 彼氏に弁当作るの、悪くねーよ。いや、それはちょっとちげーか。小鳥遊がさ、あたしの弁当美味しい美味しいって食べてくれるの、なんかいいよ。よくわかんねーけどすげー嬉しい。毎日はだりーけど、たまにならアリかもって感じ。だから、あたしも良い思いしてっから。そんな顔すんなよ。もっと美味しそうな顔見せてくれよ」

「……う、うん」


 僕はただ食べてるだけだから、そんな事を言われると困ってしまう。


 何もしてないのに嬉しいなんて言われると、困る。


「……ありがと」


 お礼を言って、僕は唐揚げを食べる。


「美味しい」

「ん」


 満足そうに大野さんが頷く。


「美味しい」

「ん」

「美味しい」

「ん」

「おいし――」

「しつけーよ! 黙って食え!」

「だって美味しいんだもん……」


 本当に美味しい。


 こんなに美味しい物、食べたことがないくらい。


 大野さんに感謝しながら、僕は唐揚げを食べ続ける。


 そしてついに!


 ……僕のお腹は満腹になった。


 お弁当はまだ、半分近く残っている……。

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