21.チョコの味
♦︎
[2月10日]
学校の空気感は2月入ってから少し浮ついてる感じだった。そしてそれは僕と創のクラスも例外じゃなかった。
「なんかさー」
「分かるよ創」
創は僕が使っている机に突っ伏した。
「やっぱもうそろアレだからか〜?」
「アレ、かもねぇ」
後4日となった日。その名もバレンタインデー。今では友達同士でも上げ合うなんてこともあるんだとか。杏香から聞いたのはその辺りだろう。
「お前はどうするんだ?」
「僕はー……どうしようかな」
「え、決めてなかったのか?」
「そーなんだよねぇ。詩能は作るって言ってたけど僕も作ろうか悩んでるんだ。創からしたら作った方いい?」
「俺に聞かれてもよぉ……作りゃあ良いんじゃねぇのか?」
「あっはは! やっぱり?」
悩んでるとはいえ、作ることは一応心の中では決めていた。作る料理に悩んでいた。そして創はそれに気付いていた。だからだろう。創の目は「頑張れ」と言ってる気がした。
♦︎
[放課後。調理室]
「ってことだから何かいい案無いかな? 伊織さん」
「んーそうだねぇ……誰に渡すとかは決めてるのかな?」
伊織さんとはLIMEを交換していて今日どこにいるのか聞けば調理室にいるとのことで生徒会室に向かう前に聞きに来た。
「まず詩能、玲音、創、杏香、それと伊織さん。あとは父さんと母さんに詩能のお父さんとお母さんにはお世話になったから渡すつもりでいるよ」
「ふむ。だいぶ渡す人多いね」
「そう、なのかな?」
伊織さんはふんふんと鼻歌交じりでタブレットを操作してお菓子のレシピを見せてくれた。
「まず、あげるお菓子に意味あるのは知ってる?」
「あ、そうなんだ。それは知らなかったかも」
「……理和くんは知識の偏りあるんだねぇ」
「あれ、いまバカにされた?」
「してないとも。ん、まぁいいや。それはあとで君個人で調べてよ。それでまぁ、人にあげるならここらへんが無難だけどこの辺りになると割と時間かかるね」
スイスイと指を踊らせ、画面を操作する。僕は見せてくれるレシピを一通り記憶することに専念する。
「分かった。ありがとう伊織さん」
「おや、これでも参考になったのかい?」
「うん。あとは買い物しながら考えてみるよ」
がんばれ〜と軽い口調で応援されそれに答えつつ調理室を後にする。
♦︎
[生徒会室]
時期も時期で詩能さんと玲音さんは後任について話し合っていた。僕はそれをBGMに戸棚のファイルを整理したりする。
「あたしが卒業するから前みたいに役員多い方がいいと思うわよ」
「ふむ……確かに玲音以上にやってくれる生徒はいるか分からんからな。なぁ理和」
「……え、僕に話振る? 嫌だよ。会長はやらないからね」
「え〜〜〜〜〜」
「えーじゃないよ玲音。詩能もそんな顔しないの。僕は人を纏めるのとか詩能みたいに人前で物を言うのは得意じゃないだけなんだよ。だから会長やるなら僕より伊織さんの方が良いと思うよ」
2人の方を見ないようにしつつファイル名がバラバラに置かれていたのが徐々に揃っていくのを見る。多分、2人を見たら自分は流されるのは分かっているからだ。
「アッチじゃああたしたちを纏めてるくせによく言うわよね」
「アレはほら……ゲームだし」
「私としては理和も仕事が良くできるから任せたいのだが……だめか?」
「うぐ……詩能。泣き落としをすれば頷くと思ったら大間違いだからね?」
「むぅ……」
「拗ねないの」
この2人はどんだけ僕にやらせたいんだ生徒会長。
「まぁ、いいじゃない。やってみましょーよ理和」
「……はぁー。僕に拒否権は」
「無いわね」
「やってくれるのか!?」
うーん、すでに詰みだった。
「ん、よぉーし! だったら生徒会に加入させる人は僕が選んで良いってことで良いんだね!?」
「お前の人選は信用に足るからな」
「どこにそんな要素が!?」
「あんたは頭いいでしょ? それで人も好い。つまりそういうことよ」
玲音さんは肩にぽんと手を置いて諦めなさいといった面持ちだった。僕はしばらく無言になり天井を仰ぐ。
「……良いよ。やってやる……! 会長になってあげる」
僕はノーとは言えない哀れな男子生徒のようだ。
♦︎
[17:09 スーパー]
カートをからりからりと押しながらお菓子作りのコーナーを巡る。放課後、伊織さんが見せてくれたメニューを思い出しつつ調理用チョコを籠の中に入れる。
「……何作ろうかな」
対して買うわけでもないシロップを手に取る。
「先輩……?」
「んぉ? あ、菅原さん?」
「先輩も買い物ですか?」
「うん。ほら、もうすぐバレンタインだからさ。まだ作る物決めてないけどね。菅原さんも?」
「はいっ。その、私は無難にハート型のチョコにしようかなと」
菅原さんは数枚の板チョコを見せてくれた。あ、それもアリなのか。
「板チョコでも良いのか!」
「へっ? そうですよ? あっ、先輩はそちらから作るつもりなんですか?」
「そうなんだよね。チョコを作るってのが初めてだからさ。クッキーとかは良く作るんだけど……もしかして板チョコの方が作りやすかったりするのかな?」
「板チョコの方が少し楽ではありますねぇ」
「そう、だったのか……」
目から鱗だった。そっと業務用調理チョコをしまう。
「チョコ売り場ってどこ?」
「あ、こっちですよ」
「やっぱりチョコとかはこういったチョコより板チョコが良いのかなぁ?」
「板チョコが作りやすい……とは目にしますけどどうなんでしょう? 先輩は候補は決めてたりはするんですか?」
「えっとね……あ、ここら辺」
スマホを取り出して、記憶にあるレシピを調べて菅原さんにみせる。
「ど、どれも難しくないですか……?」
「そう、なのかな?」
「でも先輩なら……」
「…………?」
菅原さんと目が合った。ふわりと微笑む顔が目に焼きついた。
「先輩なら作れちゃいそうですね」
♦︎
[2月13日 21:50 キッチン]
晩ご飯を食べ終えた後、タブレットを立て掛け、レシピを見つつ材料を並べる。
「お兄ちゃん今から何するのー?」
「今からチョコ作るんだよー。杏香は作ったりしないの?」
「わたしはいーかなー。いちおー買ってあるし」
「そっか。じゃあまぁ……僕が作った後試食とかする?」
「するっ!」
お風呂から戻ってきた杏香はタオルを首に掛けてふんふん鼻歌交じりで待機した。僕はその姿に微笑いつつ作り始める。今から作るのはチョコのシフォンケーキだ。チョコクリームを片面につけたシフォンケーキ。今からそれを作る。
ボウルに薄力粉とベーキングパウダーを篩にかけて一旦置いておく。オーブンレンジを170度に保温しつつ底の深いフライパンにお湯を張り、IHのスイッチを1のままでフライパンを加熱する。その上に耐熱ボウルに板チョコを2枚ほど小さく割り入れて溶かす。とろとろに溶けたなと判断したらサラダ油を少量入れてから混ぜて、しっかりと混ざったらフライパンのお湯から出して、布巾の上に置いて人肌に冷ましておく。
卵を別ボウルで用意して、卵を割った時に卵黄と卵白に分けて卵白を一度ラップしてから冷蔵庫へ。下の棚から電動泡立て器を取り出して卵黄の中にグラニュー糖を入れてから卵黄が白っぽくなるまで掻き混ぜる。その後、この卵黄にさっき溶かしたチョコと混ぜた粉類を入れる。
「あ、杏香。卵白の掻き混ぜ手伝ってくれる?」
「いーよー。どれくらいやればいー?」
「グラニュー糖をちょっとずつ入れながらこんなふうになってきたらかな」
「おっけー」
手動泡立て器を取り出して、電動泡立て器を水で流してから杏香に渡して、泡立て器を使う。折よく混ざり切ったと確認して杏香の方に目を向ける。さすが電動泡立て器。もう工程がメレンゲになっていた。
「これどーすればいー?」
「コレで分けてくれる?」
「はーい」
生地が馴染んだのを確認してからもうひとすくいいれてゴムベラを取り出して混ぜる。
「杏香。そっちおさえてて」
「はーい」
その後、メレンゲの方に流し入れて手早く、けれど優しい手付きでゴムベラで掻き混ぜる。掻き混ぜ終えたらシフォンケーキ型に流し入れて、それが終わった後容器を左右に揺らしてから保温したあとオーブンレンジに入れて40分焼く。
「終わるまで暇だねぇ〜」
「あーそうだね。あとは残りの2枚を溶かそっか」
「あ、さっき言ってたもんね」
シフォンケーキが出来上がるまでに再度またフライパンに再度お湯を張って、チョコを溶かす。
「わ、お兄ちゃん! 見て見て〜! 膨らんでる〜」
「あ、ほんとだね」
気付けばもうそろそろ出来そうでセットしていた時間にアラームが鳴った。杏香がオーブンレンジから取り出してくれた。
「竹串刺してみて」
「ふんふん。あっ、だいじょぶそーかな?」
竹串にはシフォンケーキの生地が付いていないのを横目で確認する。
「よし、じゃあそれ逆さまにして粗熱取っといて」
「あっ、こんな感じにすればいーんだね。おっけーおっけー」
チョコも良い感じに溶けてきたのを確認する。
「あ、だけどいまチョコ溶かしたら使えるのかな?」
「……あ」
学びを得たシフォンケーキ作りだった。
♦︎
[翌2月14日]
家族用に切り分けてチョコをソースにして塗した後軽くメッセージを書いてテーブルに置いておく。
「おはよーお兄ちゃん」
「ん、おはよう杏香。はい、これ」
「わっ! ありがと〜! ハッピーバレンタインだねっ!」
「ハッピーバレンタイン」
母さんたちはまだ寝ているんだろう。仕事の疲れは癒すのは大変なのだと教わったから起きた時に食べてほしい。
「んん〜っ! おいし〜!」
「あははっ。それはよかった。じゃあ行こっか」
「うんっ!」
戸締りを確認する。
「はよーっす理和、杏香ちゃん」
「おっはよ〜! 創くんっ! はいっこれ! ハッピーバレンタインっ」
「おっ、サンキュー杏香ちゃん」
「創、僕からも」
「んぉ!? まじ? サンキュー!」
鞄から個包装にしたシフォンケーキを創に渡す。創はどっちから食べようか悩んでたみたいだけど結局、杏香のチョコから食べた。
「あ、そういえば今日は詩能ちゃんたち来るのかな?」
「あーそういや3年って自由登校になりつつあんだもんな」
「今日は午後から来るって」
「そうなんだ〜それだったら渡せるね」
「理和のはこれはシフォンケーキか?」
「そうだよー。どう創、味は」
「めっっっっっっっっっっちゃ美味い」
「ぷっははっ! 良かったよ」
創の口にあって良かった。そんな折、スマホが震えた。
「ん……? あ、ごめん2人とも。先に学校に入ってて」
「はいよー」
「はーい」
立ち止まり、スマホを取り出す。ただのLIMEのメッセージだった。送り主は詩能さんだった。
『おはよう
本当は今から登校したかった』
『おはよう詩能』
『午後は暇だろうか?』
『何時くらいに来るの?』
『まだ決めてないな』
『昼休みは来れるの?』
『来ていいのか?』
『僕は予定がないから大丈夫だよ』
『ん
わかった』
『その時にシフォンケーキ作ったから食べよ』
『良いのか!?
"(ノ*>∀<)ノ』
急な顔文字に吹き出してしまう。くつくつ笑いながらメッセージを返答して教室に向かう。
♦︎
[昼休み 生徒会室]
暖房の効いた生徒会室で久しぶりにお昼ご飯を食べた。弁当をしまうのと引き換えに個包装のシフォンケーキを取り出す。
「詩能、ハッピーバレンタイン」
「む、あ、ありがとう」
渡すと伝えていたのだがそう照れられるとこっちが困ってしまうな。
「今食べても良いのか?」
「うん」
丁寧に包装を取って、口に運ぶのを頬杖つきながら見つめる。
「美味しい?」
詩能さんはコクコクと目を輝かせながら頷いた。小動物みたいで可愛い。
「良かった」
「初めて作ったって言っていたよな?」
「そうだね。でもレシピ通りだから大丈夫って思ってた。アレンジでチョコ溶かしてそれをチョコソースで塗したんだけど、口にあって良かったぁー……!」
安堵しながらテーブルに突っ伏す。菅原さんからも難しそうとは言われていて、正直不安だった。けれど本当に美味しそうにしてくれて良かった。
「理和はこれ食べたのか?」
「あーううん。僕は食べてないよ。なんで?」
詩能さんは少し考えてから摘んでいたシフォンケーキを僕に向けてきた。
「わ、私は作り忘れてしまっていてな。だから……あーん」
「へっ? え、あ、あーん」
驚きつつも口を開けて一口食べる。すると、ほろ苦さもありつつ、甘さもあるチョコの味が口いっぱいに広がった。一瞬で「あ、うま」と口に出た。詩能さんはそんな僕の様子を見て満足そうに笑って、残りを食べた。
──────ガラガラガラ。
「あ、やーっぱりここにいた」
「玲音。ちょうど良かった。玲音、これ」
「あら、ありがと理和」
「頑張って作ったから食べてくれると嬉しい」
「ちゃんと食べるわよ。詩能様も食べたのよね?」
「うむ。とても美味かった」
「そ。じゃああたしも今ここで食べるわね」
玲音さんもシフォンケーキを頬張り、美味しいと言ってくれて、今のところ全員から好評で作って良かったと満足感で胸がいっぱいになった。
♦︎
[放課後 帰り道]
「全員には渡せたのか?」
「あとは詩織さんと能美さんだけだね」
「父上たちにもか!?」
「うん。お世話になったからそのお礼に」
「律儀だな」
そう、なのだろうか? 詩能さんが微笑って言うのだからそうなのだろう。
「な、なぁ理和?」
「うん? どうかした?」
「その、だな。私も用意はしているんだ。作り忘れただけで」
「うん」
「家に帰ったら、わ……」
「わ?」
急に顔を赤くしてマフラーで顔を隠す詩能さんの様子に首を傾げる。
「────私の、部屋に……きてほしい」
「…………なんですって?」
♦︎
[詩能の部屋]
詩能さんの部屋はとても整理されていて、フローリングカバーの上に机やらが置かれていた。
「その、良い……のかな?」
「私が上げたから良い。それで市販ですまないが」
高そうなラベルのチョコを目の前に置かれた。というか絶対高い。この間のスーパーで買い物してた時に目についたバレンタインチョココーナーで見かけたものよりは絶対高いだろう。
「は、ハッピーバレンタイン」
「い、いただきます」
普段見かけないであろう高そうなチョコに緊張しつつ中から一口サイズのチョコを出して口に入れる。ビターな深い味わいでコーヒーに合いそうだと思った。
「どうだ?」
「美味いね。コーヒーあったら合いそうなビターチョコだね」
「これはな、色々種類の入ってるものなんだ」
「へぇ〜……味も良いからなんか、再現してみたいって思ってきたかも」
「ふふっ。お前ならそう言うと思っていたよ」
「さすが詩能。僕のこと理解してるね」
「もう半年は経つからな。お前のこと、だいたいは分かるぞ」
詩能さんは隣に座ってチョコを一個取り出して食べさせてくる。なんだか餌付けされてる気分だ。自分で食べれるけど詩能さんはそういうことがしたいのだろう。ならさせてあげるべきだ。口を開けるとちょんとチョコの先端だけ入れてくる。
「……?」
なぜ全部じゃないんだろうと思い顔を見ると自分からしたくせに顔が真っ赤になっていた。
「ふ、ふはほ?」
「っ! め、目! と、閉じてくれっ」
勢いに圧され、頷いて目を閉じる。真っ暗な視界で感触と味覚を頼りにするとふわりと香りが近づいた。驚いて目を開けると、薄目の状態の詩能さんの顔がすぐ目の前にあった。
「んんっ……っ!?」
「ふ、ふむっ!」
詩能さんはなんとなくだけどがんばってるんだろうなと両頬をおさえつけられた時に感じた。カリッとチョコを齧りながら、僕の唇と触れた時、両頬に当てられた両手は移動された。僕はチョコを落とさないようにしてて、そのチョコはいま詩能さんが食べた。
「んっ、んっ」
唇に何かぬめりのあるものが当たり、反射的に唇を開くと中に何か固形のものが入れられた。それがチョコだと分かったのは一瞬だった。詩能さんはゆっくり離れて真っ赤な顔のままはにかんでペロッと舌先で自分の唇を舐めた。
「は、初めて……口移ししたが、こ、これはあまりやらない方がいいなうん」
「ん、そう……だね。心臓に悪いと思う」
付き合って半年になるけれど口移しとかそういった恋人らしいことはまだ出来てなかった。2人頷き合って、僕は居た堪れなさに目を逸らしてチョコを飲み込む。
「でもその……やる時は、言ってほしい」
「嫌では、無かったのか?」
僕は頷いて、顔が熱くなるのを自覚して体育座りになり、顔を隠す。
「そう……か。ふふ、そっか」
詩能さんは自分の唇をそっと指先で撫でたその様子が少し大人びて見えて自分の中でよくない感情が芽生えた。
────あ、これ多分あまり持ったらダメなやつだ。
サッと顔を逸らして落ち着かせる。
「なぁ、理和。もういっかい、しないか?」
後ろからそう提案される。せっかく落ち着かせていたのにその声音で保たせようとしていたものが安易に崩れるそんな感覚がした。
「す、少しだけだよ?」
僕は断ることは出来ず、二度目の口移しをした。
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