16.再会のしるしに

♦︎


[放課後。生徒会室]


 「え、詩能さん。ごめん。もう一回言ってくれる?」

 「む? 生徒会室に入ってくれないかと言ったのだが……?」

 「秋なのに?」

 「秋なのに」

 「それって良いのかな?」

 「こうして詩能様に頼まれてる時点で今更だと思うわよー」


 ことの発端は僕が生徒会室に来る前の放課後に遡る。


 「……ん。誰からだろ」


 いつものように図書室にいた僕はポケットに入れていたスマホが震えてることに気付いて取り出すと、詩能さんからのメッセージの着信だった。


 『仕事手伝ってほしい』


 短いながらも用を急することなのだろうことを察する。僕は『どこ向かえば良いの』と返信すれば生徒会室に来てくれとのことだった。了承して図書室から出つつ、「そういえば僕、生徒会の役員じゃないよな?」と考えていた。そんな人が手伝っていいのか? とも。そしてさっきの状況になった。


 「というかどうして僕を誘うの?」

 「む。そ、それは……」

 「ワタシが説明していいかい? 会長」

 「あぁ……であれば頼む。伊織」


 声のしたほうを見ると、髪を後ろで結った男子生徒だった。けれど声が中性的で一瞬、女子生徒? と思った。


 「入ってきたら面白そうなことになってるからね。初めましてかな? でもクラスは違うから知らないかもね。ワタシ、藤邑ふじむら伊織って言うのよ。よろしくね。深神狩君」

 「あ、よ、よろしく……えっと、藤邑……さん?」

 「あー、やっぱりそうなるよね。ワタシは心は女の子なの。だから名前で呼んでくれると助かるかな」

 「……伊織さん、で良いかな?」


 つまり……杏香から聞くところによるとオカマというものだろうか? 初めて会ったためにどう思えば良いのか分からないが、伊織さんが言うのであればそうなのだろう。


 「ワタシは一応会計やってるんだ。それでね。この生徒会のルール……というか伝統? みたいなのがあってね。なんでも、生徒会役員が推薦したりしたらその人を役員に入れれるってのがあるみたいなの。今のところの役員は会長と玲音くんとワタシ。あとひとりいるけど、名前だけ借りさせてもらってるね」

 「つまり実質3人!?」


 え、それって仕事回るの? と3人に目を回す。玲音さんがピースを作っていた。


 「玲音くんが副会長兼書記兼庶務だね」

 「ふふん。あたしに掛かればそれくらい問題ないわよ」

 「でもこうして僕に詩能さんが連絡したということは……」

 「そう。流石にワタシだけじゃあ回らないことが起きたの。それがコレ」


 伊織さんから見せられたのは学校説明会に関することだった。


 「………………これ、僕が見ていいやつ?」

 「大丈夫。後々、各クラスでも配布されるから」

 「あぁ……えっと。それでなんで僕が呼ばれたの?」

 「私が入ってほしいから」


 詩能さんはぽつりと言った。玲音さんに目を向ければ頷かれた。


 「……あぁ、そういう」

 「さっきの話に戻るけど、推薦の場合、特に大きく働くのが生徒会長の推薦だね。そうなるとワタシたちは反対が出来ない、って感じ」


 それってつまりは。


 「詩能さんの我儘ってことじゃんかっ!」


 僕は頭を抱えた。


 「あ、でも選ばれた当人は一応拒否はできるよ〜」

 「けど、『生徒会に所属したことがある』ということはとても大きく響くわ」

 「つまり結局のところ強制ってことじゃん。はぁ……まぁでも、断る理由は無いし、良いよ。詩能さん」

 「ほ、ほんとか!?」

 「うん。僕も生徒会に入るよ。それでこの学校説明会ってやつの説明してくれるかな?」


 詩能さんは嬉しそうにぱたぱた足を動かして喜んでいた。


 「ようこそ生徒会へ」

 「あーうん。なんか実感ないけどね。えっとそれで、その説明会は」

 「そうだった。まず、ワタシたち生徒会のやることは学校に見学に来た中学3年生たちを出迎えるというか生徒それぞれを確認する係が主なことだね。それと、校舎に出迎えた後、体育館で校長、教頭からの学校の設立云々を聞くための設営、生徒たちの校舎案内、部活見学案内、保護者含めた生徒たちが帰宅後の片付けが生徒会の仕事」


 やることが多いなぁ。


 「仕事の割り振りは?」

 「設営と片付け、出迎えは全員。校舎案内・部活見学はそれぞれだね」

 「なるほど……特に片付けは時間かかりそうだね。分かった。それじゃあ僕は校舎の案内をすれば良いのかな?」

 「あたしと詩能様は部活の説明をしながら案内させるつもり。伊織はじゃああんたと一緒で良いわね?」

 「僕は構わないよ。詩能さんと伊織さんもそれで良いんだよね?」


 2人もオッケーのサインをして今日はそれで終わりになった。


♦︎


[学校説明会当日]


 中学生たちのなんと初々しさたることか。みんな、ここに入学することを決めているんだろうか。そうであるならば頑張ってほしい。


 「あ、あのっ!」

 「うん? どうかしたかな?」


 そんなふうに新一年生になるであろう子たちを眺めていると1人の女の子が声をかけてきた。その様子に少なからず隣の2人がぴくりと反応を示したが見ないフリをする。声をかけてきた少女に僕は見覚えがあった。何せ、綺麗なシルバーブロンドの髪の毛先に向かうたびに緩やかに巻いているような髪型だったからだ。旅行者なのかなと思ったけれど違ったみたいだった。


 「あぁ。もしかして人酔いしてた……」

 「は、はい。その、その時はとても助かりましたありがとうございます」

 「体調が良くて何よりだよ。きみは来年ここに入学希望なんだね」

 「はいっ。まさか助けてくださった方がいるとは思ってませんでしたけど……もし入学したらよろしくお願いします。えっと……先輩っ」

 「うん。よろしくね。っと、そうだ。名前確認するけど、この名簿に自分の名前があったらその隣の欄にチェックマークをして、靴を履き替えた後は案内矢印に従って体育館に向かってね」

 「分かりました!」


 記入を確認して中に入っていくのを見送ってから2人の痛いほど刺さってくる目線に返す。


 「前に助けた子だよ。ほら、玲音さんと一緒に行ったときの」

 「あーあれね。アレ、本当だったのね」

 「嘘だと思ってたのか……そんな心外だよ」

 「じょーだんよ。でもま、お人好しのあんたらしいことをしてたのね」

 「……玲音。今の子は注意だな」

 「えぇ、そうね」

 「待って? 2人は何の話をしてるの?」


 今度は僕が聞くけどしたり顔でいなされた。解せぬ。


 「はいはい。痴話喧嘩はそこまで。いまは受付に集中」


 伊織さんの制止で、僕たちは意識を切り替えて来校してくれた子たちと保護者をお迎えした。


♦︎


[説明会終了後]


 「今、僕たちがいるところが教室棟といって、こっちがそれぞれ、一階が一年生、二階が二年生、三階が三年生って感じで使い分けられてるよ」


 見学者の中学生たちを引き連れ、場所の説明を伊織さんとともに行う。


 「連絡通路は二階だね。あっちが管理棟で職員室や図書室などがあるよ。深神狩くんは連絡通路使ったことある?」

 「よく使うかな。わざわざ一階に降りて、管理棟に向かうのは意外とロスだから」

 「まぁ、それもそうだね。さて、それじゃあアタシたちも連絡通路を使って管理棟に行きましょう」


 連絡通路に出れば、カキンと軽快な金属音が響く。グラウンドで野球部が練習中なのだ。


 「この後、案内が終わったら各々、好きな部活を見学出来るよ。深神狩くんはどこの方に向かう予定?」

 「僕はバスケ部の方を見に行くつもりだよ。でも他のとこにも動くから、固定ではないかな。あ、そうだ。きみたちはもし入学したら入りたい部活とかはある? 僕の友達が一応剣道やってるんだけど、人数が少なくて休部扱いでね。経験者は入ってほしいんだ」

 「あ、あの。先輩方は部活入っていないんでしょうか?」

 「僕は帰宅部だよ。伊織さんは?」

 「アタシはこれでも料理研究部〜。将来は主夫になりたいから♡」


 ピースを作って戯ける伊織さん。


 「あぁ。だから放課後に呼ばれることが多かったんだ」

 「そういうこと〜」

 「きみたちはどうしたい?」

 「俺は野球だなぁ」

 「あ、俺も!」

 「私はバレー部入りたい!」


 後ろでどの部活見たいとか入りたいとか花を咲かせる中学生が初々しい。伊織さんの目も温かなものだった。


 「あの、先輩」

 「うん? あぁ、どうしたの? えっと確かきみは……」


 あの時名簿をチラリと確認していたからすぐに思い出す。


 「菅原さん、だっけ」

 「は、はいっ! 菅原メイリヤです」


 なるほど。名前的にハーフなのかな? まぁ、詮索はしないほうがいいか。


 「それで? 何か質問あるの?」

 「あ、えっと、生徒会ってどういうふうに入るんでしょう?」

 「あぁ。そういえば生徒会の入り方説明してなかったね。説明お願いするよ深神狩くん」

 「僕よりも伊織さんのほうが……」

 「まぁまぁ。良いじゃないの」


 伊織さんの目つきがなんというか……生温かなもので少し嫌な予感を抱く。


 「えっと……生徒会ってのは主に役員の人が人選するんだ。クラス委員長は主に執行部の方に入ることになってるんだ。僕はついこの間まではただの二年生だったんだけど、生徒会長でもある詩能さんに入ってくれってお願いされちゃってね。それで話を戻すけど、その人選は他の役員で認可出来るんだけど、こと会長からの人選はほぼほぼ通されるって感じかな。……で合ってる?」

 「ばっちりだね」


 伊織さんの言葉に安堵する。


 「なるほど……じゃあ、その選定の基準って何でしょう?」

 「うーん……そこは僕も分からないんだよね。伊織さんは分かる?」

 「残念ながらアタシも知らないかな〜。成績が良くても仕事が出来ないとだろうしその逆もそう。詩能くんに聞けば分かるんじゃないかな」

 「そう……ですか」


 僕と伊織さんの言葉を聞いて頷きながら考える素振りの菅原さんに僕たちは見合わせながらも管理棟に入る。


 「この連絡通路を抜けた先は右が図書室。ほぼほぼ利用者の少ない図書室だけど勿論、委員会はあるよ。活動内容は知らないけどね」

 「先輩も使ったことないんですか?」

 「僕は愛用者だね。結構、喧騒からは遠いからよく通うんだ。生徒会に入るまでは放課後とか昼休みはよく使ってるよ。今は図書委員がいないから施錠されてるけどその二つの時間は利用可能だよ」


 そしてその隣が準備室となっていて、蔵書以外を入れておくいわゆる倉庫みたいな感じ。


 「管理棟の三階に生徒会室があって、他にも色々あるね。あまり関わりがないとこは僕は覚えてないけど」

 「覚えててほしいところだよ深神狩くん」

 「僕は興味関心の低いものは記憶力低いので」


 実際は憶えようとしていないだけなのだが。


 「あ、そうそう。説明会で使った体育館は第一体育館でそこは主にバドミントン部や男バスが使用してるよ。第二はバレー部や女バスだよ」

 「へぇ、そうだったんだ」

 「深神狩くんは部活入ってないものね」


 伊織さんの言葉に頷きを返す。


 「職員室はそこであっちの突き当たりが生徒指導室で呼ばれた生徒は今のところいないらしいね」

 「伊織さん、三階って生徒会室の他に何があるの?」

 「三階はね、和楽器部や茶華道部が使ってるよ」


 この二つの部の名称に数名の子が声を上げた。


 「活動頻度は少ないみたいだけどね。それぞれがちゃんとした教室に通ってるみたいだし」


 その数名が残念そうに声を落とした。上げて落とすの上手いな伊織さん。


 「なるほど。だからたまに琴とか聞こえてたんだ」

 「そうだね。詩能くんがその度にウキウキしてたよ」

 「イメージしやす……何でもない」


 思わず声に出ていた。そんな僕をニンマリとした顔で見ないでくれ。


 「んんっ。一階に降りるよ」


 わざとらしく咳払いして一階に降りる。


 「生徒玄関を挟んで、玄関側を視点にして右が管理室で事務員さん方がいるとこ。その隣が校長室。それで左が使われてない……かも? よく分かってない部屋でその隣が職員トイレ。階段があってその奥が保健室。とある生徒の話によるとよくサボるのに使っているらしいよ」

 「えっ、サボっても良いの!?」


 男子の声に僕は振り向いて頷く。


 「そこら辺も生徒の自主性に任せてるからね。あぁ、けどその分の授業欠席になって卒業するための点数がギリギリになるかもだから気を付けてね」


♦︎


[見学案内後]


 校舎の案内を終えた後、生徒玄関の自販機でコーヒーを買ってから生徒会室に戻る。


 「あの、先輩」

 「うん? あれ、菅原さん? 部活見に行かなくて良いの?」


 僕は見に行く予定だったけれど少し休憩したかった。そんな折、生徒会室前で菅原さんから話しかけられる。


 「あ、その……先輩にお話があって」

 「僕に? そっか。じゃあ場所移そっか。ついてきて」

 「はい」


 菅原さんを連れて第一体育館のある方へ向かう。そっちには情報処理室──────PCでの授業で使うこと場所──────や調理室などがあって確か今は被服室は使われてなかったようなと思い出しつつ扉を開ける。確かに誰もいなかった。


 「入って」

 「失礼します」


 扉を閉めて、テーブルの中に仕舞われた椅子を出して座る。


 「それで話って?」

 「その……あの時のお礼が言いたくて」

 「あー、あれは別に良いよ。あの時もお礼言われたし僕自身、見返り欲しくてやったわけじゃないからね」


 一言謝りつつ、缶コーヒーを開ける。今は微糖の気分で喉から体にじわりと甘みが広がっていく感覚に浸る。


 「ですがその、これ受け取ってほしくって」


 そう言って鞄から可愛い透明な袋に入った2色の四角いクッキーだった。


 「え、これ……」

 「さっき、そちらの調理室で作ったんです」

 「そうなんだ。伊織さん、優しい人だったでしょ」

 「はい。相談にも乗ってくれて」


 というか伊織さん、よく僕の行動読めてたなとコーヒーを啜りながら思う。


 「食べて、見てくれませんか?」

 「分かった。それじゃあいただくね」


 菅原さんはコクコク頷いて、僕はワイヤーリボンを解いて中から1枚、黒色のクッキーを取り出す。小声でいただきますと呟いて一口齧る。


 「……どう、ですか?」

 「んっ。美味しい」

 「…………っ! 本当ですかっ!? よかったぁ」


 クッキー自体サクサクとしていて、味はチョコでまろやかなミルクとチョコの甘みが口いっぱいに広がって美味しい。気付けばすぐに1枚食べ終えていて、コーヒーで口を湿らせる。あぁ、組み合わせもバッチリだ。もしかして伊織さんの提案なのかな?


 「私、初めてなんです。異性にお菓子を作るのは」

 「えっ。それ、僕で良かったの?」

 「はいっ。先輩が良いんです」


 彼女の向けてくる笑顔や思いに僕は少しだけ察する。気づかなきゃ良かったかもしれない。察しが良くなければこんなふうに罪悪感を覚えることもなかったろうに。けれど、僕はそれを悟らせないように隠して、笑って頷く。


 「そっか。ありがとう菅原さん」

 「私、絶対ここに来ます」

 「待ってるよ」


 僕はこの日初めて、目の前の少女に傷つけないように偽った。晴れやかな雰囲気を壊さないように。この心の痛みは今はこの子には必要がないから。だけど。




 ────いつか、嫌われても仕方ないなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る