10.主との邂逅

[翌日。『SBO』、第三の島──三獄砦]


 「どこにいるんだろうねぇボス」

 「誰もみたことがねぇって言ってたしなぁ」


 ニノマエくんはあのあと攻略サイトで調べてたらしく、やはり何も手掛かりは掴めなかったようだ。


 「手当たり次第探すしかないみたいだねぇ〜お兄ちゃん」

 「みたいだね。取り敢えず昨日行ってないとこに向かおう」

 「ミカ。道中は任せてほしい」

 「うん、分かったよ。お願いしていい? アサ」

 「!! あぁっ!」


 ふんすと意気込んで歩むアサの背中を見て安堵の笑みを浮かべる。


 「気分落ちてたけどもう持ち直したみたいね」

 「そうだね」

 「ありがとねミカ」

 「え、感謝される覚えないんだけど……?」

 「ふふ、そう。それならそれでいいわ」

 「えぇ……?」


 勝手に自己完結されて困惑しつつもあとを追う。


 「ヴェイン!」

 「はーい今行くわ!」


 2人のチームワークはさすがと言わざるを得ない。息が合いすぎている。


 「すっげぇ……」

 「息合ってるよねぇアサちゃんとヴェインちゃん」

 「…………うん。──────綺麗だ」


 アサの動きは舞踊だとすればヴェインは舞踏と言ったほうがいいだろう。とても綺麗で精錬された動きだった。


 「……なんでそこでぼっ立ちしてるのよー」

 「えっ、あぁ、ごめん。2人の戦ってる姿が綺麗だったからつい」


 僕はそう言い、小走りで2人のもとに向かう。


 「っ……!?」

 「? ミカ?」

 「お兄ちゃん?」


 全員が突然止まった僕を見た。今、何処から……。


 「────────────……! ……、カ! ミカ!」

 「えっ? あ、ど、どうしたの?」


 アサに肩を揺すられて我に返る。アサが不安が顔で見つめてくる。


 「何かあったのか?」

 「えっと……」


 どうしようか。今のを言うべきか言わないでおくべきか。


 「ミカ、お前は昨日言ったな。だと。だから言ってくれ。感じた?」


 アサの目を驚いたまま見つめる。アサは僕が話してくれるのを待っている。なら、この感覚を……。


 「────……今、視線を感じたんだ」

 「どこから?」

 「それは分からない。けれど見られてる。それが分かって立ち止まったんだ」


 そう。見られていた。みんなじゃない。を。それもただ見ていたんじゃない。


 「まるで、値踏みをするような……そんな目線、だったと思う」

 「そうか……。どこからなのか分かれば良かったのだが……」

 「ごめん。そこまでは分からなかったよ」

 「しかし……こうもフィールドがな。もしやあの砦の中か?」

 「どう……だろうね。みた感じやぐらとかなさそうだけど。でも」

 「あぁ。手分けはダメだな」


 アサと頷きあう。


 「……ふぅー。うん。ごめん。もう大丈夫。ありがとうアサ。アサの手、あったかいよ」


 深呼吸してからそっとアサの手を握る。アサは少し驚いてから照れ笑いを浮かべた。


 「みんなごめん、取り乱した。でももう大丈夫。僕はさっきの視線がどこから来たのか索敵に集中するから周りのは任せるね」

 『了解!』


 一応周囲の警戒をしつつ、目を凝らす。じっくりゆっくり右から左、左から右と繰り返す。時には後ろへも目を凝らす。


 ────どこだ。どこから……。


 「…………、────あれ? ごめんだれか《鷹の目》スキルか望遠アイテム持ってる人いない?」


 なにか、見えた。気のせいでなければそれは……。


 「あたし物見レンズ持ってるよ〜」

 「じゃああの砦の方向のちょうど真下。あそこになんか無い?」

 「えー? そんなこと言われても……あっ」

 「どうしたヴェイン」

 「アサ様、見て」

 「どれ……なっ!?」

 「何見つけたんだよあんたら」

 「わたしも気になるよ〜」


 アサから順繰りにレンズを借り、その方向を見る。ニノマエくんもキョウも同じような反応だった。


 「な、……うそ、だろ?」

 「なにあれ……」

 「恐らく、洞窟……じゃないかなって」

 「ど、洞窟ぅ〜? いや、でも周りマグマだぞ!?」

 「関係ないんだよ。きっとボスはマグマには強い。そう思ってる。視線があると思うのはあそこだけだよ。砦は……頭でも出したら分かるから」


 最悪だ。もし、マグマを活用できるならと思ったけど、あんな場所にボスがいるなら、手札が減った。というより、デメリットが増えた。


 「……確かめにいくしかないよ」


 僕は厳かに言い、砦に向かう。


 「うわ……なんっだこれ」

 「道が狭い、な」

 「2人分通れたらって感覚ね」

 「だれからいくー?」

 「僕から行くよ」


 砦に続く道からわかれ、洞窟へと続く細い道を歩む。両隣はマグマ。時々マグマから泡のように出ては弾けるのが見える。落ちたらまず助からない。


 「……暗いね」

 「灯りつけよう」

 「待って」


 アサを制止する。


 「ミカ?」

 「何かいる。灯りをつけるなら極小の方がいい。下手に刺激するのはマズイと思う」

 「分かった」


 足下を照らすほどの灯りを点灯してもらい、ゆっくりとした足取りですすむ。洞窟の中は外がマグマばかりだというのにとてもひんやりとしていた。


 「────っ!?」

 「……きゃっ……っ!」

 「……なっ」

 「…………」

 「…………なに、よこれ」


 奥にいたのは真黒の鱗に覆われた竜だった。竜はゆっくりと瞼を上げる。口を少し開けて言葉を発した。


 『……よもや、こうして訪れるものがいようとは』

 「し、喋っ……!?」

 「……きみは、ここの主で良い……んだよね?」

 『然り。我が名は。貴公らの名を聞こう』


 まさか会話ができるとは思っていなかった。唾を飲み込み、逸る畏怖を抑え込み、自分の名前を言う。


 「僕の名前はミカだ。隣の白い装備がアサ。その後ろの黒い方がヴェイン。和服がニノマエ。軽装がキョウ」

 『左様か。貴公らは何故なにゆえ此処に訪れた』

 「この世界の真実を知ったから」


 業火竜は相貌を細めた。


 『ほう……? して、何故?』

 「今の僕たちじゃあきっと勝てないだろう。だからどうして七つの島を選んだのか。その理由を探って、攻略して、あの『悪意かみ』に打ち勝つ」

 『そう、か。貴公らは知り得たか。であれば、話さねばなるまい』

 「……?」


 ゆっくりとした動作で首を起こした。


 『敵意は我には無い。故に警戒を解き、今し方、我の話を聞いてもらおう』


 安堵の息を吐く。そしてみんなを見て頷く。


 「大丈夫。警戒しないでいいよ。ねぇ、業火竜さん。立ち話もなんだし、座って拝聴しても良いかな?」

 『構わぬ。クカカカカ。肝が据わっているなミカよ』

 「正直、圧倒されたし、勝てるビジョンが見えない。それにあなたの方から話を持ち掛けたんだ。僕にはそれが願ったり叶ったりだよ」

 『素直な人の子だ』


 左で持っている長刀を右に移し、胡座を掻いて座る。みんなも思い思いの座り方をした。


 「あぁ、けどひとつ質問してもいい?」

 『良い』

 「どうして……僕を見てたの?」


 業火竜は一度僕を睥睨してから答えた。


 『貴公であれば、を止めてくれる。そう思ったからな』


 あやつ? ……それって。


 『では、暫し我の昔話をしよう』


 業火竜はそう息をついて、話し始めた。その話はあの壁画をより詳細に知ることのできる話だった。


 『まずは、我が生まれたときからだな。我は人間共によって生み出された。然し、最初は形など定まってはおらなんだ。それもそのはず、我は────なのだから』


⬛️


[業火竜の昔話]


 『我はあやつと共にいた。あやつもまた形は定まっておらず、気の集合体でしかなかった』


 『然し、我らは互いに尊重した。生まれたのだから、敬意を取ろう。そうあやつは宣った。然し我にはそれが何を意味するのかを分からなかった。その時点で我はあやつとは違うであっただろう』


 『そうしてあやつと我は長く、永く共にいた。あの時までは』


 『人間どもの悪逆非道、悪鬼羅刹な行いはあやつを地の淵に落とすことなど容易かった。あやつはそれを止めるために我を切り離し、あの人形よりしろへ入った。我は止めることは無かった』


 『人間どもの愚かさには辟易したのだ。我は……我の犯したは贖うことは出来ぬであろう』


 『あやつは人間どもを罰し、滅ぼしかけ、幽閉された。来る審判の日を前に。貴公らに教えよう。あやつの名は、かつて、人類史に名を残したある王の名を冠した。その者の名を────。多くの悪魔、天使を従えし魔王の名を、いる』


 『故にどうか……貴公らに願いを託す。あやつを止めてくれることを。我が友をこれ以上の罪禍を背負わされぬよう頼んだぞ』


♦︎


[話を聞き終えた後]


 「……そう、なんだ」


 業火竜の話を聞き、みんなに重い空気が立ちこめる。


 「ありがとう業火竜さん」


 スッと頭を下げる。業火竜とみんなは驚いていた。


 『何故なにゆえ礼を述べる?』

 「あの壁画だけが真実には見えなかった。『悪意』が形を成したなんて抽象的なものじゃ分からなかったんだ。何のために人類を……いや、動植物も含めて滅ぼしかけたのか。きっとその人もあなたも、そんなことはしたくなかったんじゃないか。だって元からそうするならあなたたちが生まれた瞬間からやっていたはずだ。けれど、そうなるまで猶予が長くあった。きっと迷っていたんだ。あなたもそうなんじゃ、ないの?」


 業火竜の紅く、けれど黒い相貌を見つめる。


 「あなたは止めたかった。止めなかったんじゃない。。だから、そんな目をしてるんだよ。僕はその目の意味を知ってる。分かっている。だから、あなたの頼みを、お願いを受け止めるよ。受け入れるよ。ソロモンを止める。今、明確に理由ができたよ。あなたのその目を晴らす」


 業火竜の目は全てを諦めていた。悲しく、切なく、もどかしく。けれど何も出来ない自分に腹立たしく、そんな綯交ぜになった目をしていた。その目は少し前の僕の目だったから。


 『────────────そうか。左様か。斯くも人の子はつよくあるのだな』





     【汝の罪禍よ、我が罪よ】

 詳細:強大な力を持つソロモン。然し、それは衆愚の怨魘おんえん。友の片割れの罪禍と共に晴らすべし。


 条件:挑戦回数一度のみ。失敗すれば、世界は滅ぶだろう。クリアすれば特典あり。


        受けますか?


     ▶︎ はい     いいえ




 業火竜が微笑みを浮かべた時、クエスト画面が目の前に現れた。それはみんなにも出ているのだろう。後ろで息を呑む音がした。後ろを向いて、顔を見合わせる。みんな、頷いてくれた。


 ────やろう。


 そう言ってくれた気がした。


 「僕はまだ自分のどこに強さがあるのか分からない。けれど、任せてよ。必ず、果たしてみせるよ」


 僕はそう言いながら、はいのボタンをタップした。


♦︎


 その後、業火竜は話を聞いてくれた褒美に僕たちに経験値と友としての証として業火竜の鱗を人数分寄越してくれた。


 「良いの? こんなに鱗を剥いで」

 『構わぬ。鱗なぞ、いつでも生える』

 「そっか。ありがとう業火竜さん」

 『クハハハ。貴公は心優しき人の子だ。然し、謝罪せねばなるまい。貴公らの道筋を変えてしまったことを』


 僕は首を横に振った。


 「問題ないよ。多少早まっただけだ。ソロモンはどこの島に?」

 『7つ目の島、アレスフェア。そこにあやつはいる』

 「分かった。ありがとう」

 『然し、もし向かうのであれば、先にゴールの泉へと向かうと良い。そこには貴公らの味方となるものがいるであろうからな』


 それは初耳だ。みんなに目を向けるとなにやら気難しそうな顔をしていた。僕はそれが分からず、首を傾げるしかなかった。


 『貴公は聞き及んではおらなんだか。であれば、教えよう。そやつは少しばかり気難しいでな。その乙女に見初められれば力を得る』


 それってつまり……。


 「その乙女と仲良くなれ……?」

 『左様』

 「……うーん、出来るかな」

 『貴公であれば問題あるまい。然し……』


 一度業火竜はアサたちに目を向けた。


 「……?」

 『……貴公らは苦労するであろうな』


 何処かその声は身を案じるようだった。


♦︎


[はじまりの島──アンファング]


 業火竜と別れ、砦の中にある転移陣で戻った僕たちはアサの好意により、ギルドホームに。


 「質問。ゴールの泉はどこの島なの?」

 「第四だな」

 「ふぅむ……なるほど。それで? なんでみんなそんな顔してるのさ」

 「え、い、いやー……それは〜……あ、あははー」

 「……………なかなか言えないわよ」

 「むぅ……」


 特にアサに至っては顰めっ面に近い。


 「……えっとだなミカ。なんでこんなに難色示してるのはだな」

 「私が話そう」

 「大丈夫そうかい? アサさんよ」

 「あぁ。少し……いや、かなり心が痛いけど」


 アサは何度か深呼吸してから僕に顔を合わせて言った。


 「ゴールの泉は綺麗な森の中にある泉でな。そこに住まう人魚がいるんだ。その人魚は」

 「待った。人魚? え、ごめん。人魚って泉に生息できるの? 海とかじゃなくて?」

 「そこは私も知らん」


 しかし事実そうなっているんだと言われ僕は困惑するしかなかった。


 「その人魚はある妖精の友なのだが、人魚は人当たりが良いが友好を保つのが難しい。そもそもが水生なのだからそうだろう。そのため、数多くの男プレイヤーは撃沈した」

 「え……お、男? 女性プレイヤー「も」じゃなくて?」

 「女性が近づけば何故か森の入り口に戻されるんだ。同性は入ってはいけないのだろう」

 「う、うーん……と。え、それってつまり僕一人しかいけなくない? ニノマエくんは行ったの?」


 ニノマエくんは強く頷いた。


 「勿論、失敗したぞ」

 「そこ、誇るとこ?」

 「女心は分からん」


 その言葉に全員が共通の想いを抱いた。「お前が言うか」と。


 「いや、でも友好関係を待てば良いだけなんだよね?」


 アサは溜め息を吐いて首を横に振る。どうにもそうではないらしい。


 「その人魚の伴侶はんりょにならねばならないのだ」

 「………………はい?」


 数秒思考がストップした。そして。僕の声がギルドホームに木霊した。





 「は、伴侶ぉぉぉううううっ!?」

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