8.一緒がいい

♦︎


[付き合い始めて2週間の昼休み]


 授業を終えて、斉藤くんに誘われたけれど先約がいるから謝罪したのちその先約の方に向かう。後で斉藤くんに埋め合わせしよう。


 ──────コンコンッ。


 『入っていいぞー』

 「失礼します」

 「今日は早いな」

 「昨日は遅れちゃってゆっくりご飯食べる時間無くなっちゃったから急いで来たよ。こっちに座ればいいんだよね?」

 「む。そっちは遠いだろう? こっちに来てくれ」

 「分かった」


 少し離れたところに座ろうとしたら隣をぽんぽんと促され、隣に座る。するとずいと更に近く阿佐上さんは座った。


 「……近くないかな?」

 「イヤ?」

 「イヤではないけど……」

 「では文句はないな」

 「横暴だなぁ……」

 「イヤではないと言ったじゃないか」


 ぷくっとむくれる阿佐上さんに苦笑する。


 「一応ここ学校なんだけどな」

 「でも今はふたりきりだし、何かあったとしても私の職権でどうにでも出来るぞ」

 「職権濫用って知ってる?」

 「くふっ。冗談だ」

 「冗談には聞こえなかったよ。さ、食べよう」

 「そうだな」


 机にお弁当を広げる。


 「美味しそうだな」

 「そう? どれか食べる?」

 「えっ、良いのか!?」

 「うん。どれがいい?」

 「うーん……で、ではこのからあげを」

 「はい」

 「む、食べさせてくれないのか?」

 「え、恥ずかしいからダメ」

 「むぅ……」


 残念そうな顔をしながら阿佐上さんはご飯を食べた。それを見てから僕は呟く。


 「────……学校じゃなかったら良いよ」

 「っ!」


 バッとこちらに顔を向けて、もぐもぐしながら目を煌めかせた。その目は本当か!? と物語っていた。


 「ふふ〜ん♪」


 分かりやすく喜んで組んだ足をぷらぷら揺らした。


 「あ、では……ん、口を開けてくれ理和」

 「う、うん……?」


 頷きつつ口を開ける。すると阿佐上さんは卵焼きをひとつ箸で摘んで口の中に入れてくる。


 「あーん」

 「ん……んん、うん」

 「美味いか?」

 「ん……うん。美味しい。程よく甘くて好きな味だなぁこれ」

 「ほんとうか! えへへ、これ、私が作ったんだ」


 嬉しそうに破顔してぽんと彼女の頭が僕の右肩に当たる。


 「料理上手だね」

 「実はこれが頑張って出来たんだ。どうだろうか」

 「とても良かったよ」

 「良かった。また……食べてくれる?」

 「うん」


 僕は強く頷くと阿佐上さんは花が咲いたように笑った。


♦︎


 ご飯を食べ終えたあと歯磨きを終え、教室に戻ろうとすると止められた。


 「詩能さん?」

 「もう少しいてくれないか?」

 「…………はぁ、分かった。でも終業5分前には戻るからね?」

 「それでいい。私も戻るから」


 さっきのように隣り合わせで座る。すると、今度はしっかりと頭を肩に預けてきた。


 「……本当はもう少しいちゃいちゃしたいんだが」

 「校則違反なんじゃない? さすがに僕でもそれを破る気はないよ」

 「ふふっ。あのボスの時は型破りな方法だったくせにな」

 「あ、アレはそうするしかなかったから……。ってうん? もしかしてちゃんとした方法あるの?」

 「分かっていない。あれほど耐えきり、撃破するやつなど現れなかったからな。けれどあんなに肉薄し打倒するとは恐れ入ったよ」

 「あの時はレベルがまだ君主より劣っていたから少しでも弱点を突くしかなかったんだ」


 すりと音が聞こえて目を落とすと、手に触れていて、いじらしく触ったあとに何度か手を組み替えて指を絡めて握り合う。


 「なぁ、理和。今日の夜、一緒に攻略しないか?」

 「分かった。それって僕と詩能さんの2人ってことだよね?」

 「いや、玲音も一緒だ。それとも私と2人からが良かったか?」

 「えっ、ーっと…………ちょっとだけ」

 「ふはっ。かわいいなお前は」

 「もしかして揶揄ってる?」

 「からかってなどいないよ。杏香が言っていたことは本当だったな」

 「え、なんでそこで杏香が? って何か漏らしたな杏香のやつ」

 「ふふーん。女同士の秘密というやつだ」

 「ぬぅ……解せない」


 ──────キーンコーン……。


 「あ、もうそんなに経っていたか」

 「早いね」

 「そうだな。さて、と。授業がんばろう。理和」

 「うん。頑張ろう」


 椅子から立ち上がって名残惜しむように手を離す。するとひんやりとした空気が密着していた掌を撫でていった。


 「──────……もっと一緒にいたかったな」

 「っ!? り、理和。それは反則だ」

 「ぅえ? ま、待って。僕なんか口走った?」


 何か言ったのだろう。阿佐上さんはぼんっと顔を赤くしたかと思えば扉の方に目を向けて次いで僕の方に体を向けた。


 「……私だって、そうしたかったんだぞ。……ばか」


 肩に手を当てられて阿佐上さんの顔が一気に近くなった。そして唇に柔らかな感触が当たり、すぐに離れた。


 「じ、授業遅れるぞ……っ」

 「ぁ、あぁ、うん」


 生徒会室から出る時にそっと唇に指を当てる。この感触じゃない。だって。少し水気があって、ほんの少しだけミントの味がしたから。


♦︎


[『SBO』、第一の島──アインスブーセ。ダンジョン]


 アインスブーセにダンジョンがあるなんて思わなかった。けれど、ヴェインが言うには、低レベルの状態では入れないようにカモフラージュされてるようだった。


 「ちょっと。ミカ」


 少し先を歩くアサの後ろで僕と歩くヴェインが耳打ちしてきた。


 「なんであんたたちギクシャクしてるわけ?」

 「……え、いや。良く分かってないんだ」

 「は〜? 分からないなんてあるわけ?」

 「うん」

 「今まで何があったのか聞かせなさいよ」


 そう言うのでどんなことがあったのか掻い摘んで説明する。するとヴェインは深い溜息を吐いた。


 「絶対、ソレよ。2人してまだしてなかったわけ?」

 「してないって何を?」

 「


 ──────ガッシャンッ!


 前方でものすごい音がした。どうやらアサが転けたようだった。


 「だ、大丈夫?」

 「あ、あぁ……すまない。足がもつれてしまって」

 「気をつけなさいよねー」


 二人で駆け寄り、アサに手を貸す。


 「あ、ありがとう」

 「それでー? 初めてのキスはどうだったわけ〜?」

 「どっ、!? ……って、い、われても……だな……」

 「あれがキスというものなんだね。僕は良く分からなかったな。急だったし。けど、嬉しい」

 「ほーら、ミカは素直ね〜。ア・サ・さ・ま? あんたはどーなわけ?」

 「ぅ……」


 アサは分かりやすくこれでもかと赤面し、耳すら真っ赤になって俯いた。


 「あ、あんまり揶揄うのはやめにしようヴェイン」

 「え〜からかってないわよ。単純に疑問なだけよ」

 「ゎ……、私……だって、嬉しかった」


 とっても掻き消えるようなそんな小さな声だった。けれど目の端で涙をためながら僕たちに目を向けて更に言った。


 「私だって初めてだったんだぞ……」

 「ぅぐ……っ」

 「……っはぁー。ったく、ちゃんとアオハルしてんじゃないわよ。でもそうなるようしたのはあたしか。……じゃなくて。先行くわよ先」


 ヴェインは嘆息したのち前に出て歩き始め、分かれ道の左を選んだ。その時、僕が取得しているスキルの一つ、《看破》が反応を示した。


 「ヴェイン待っ」


 ──────カチッ。


 「カチ?」

 「あっ」

 「……ごっめーん。気付いてなかっ」


 ヴェインはこちらを振り返り、言いかけたところでヴェインを中心にして崩落した。


 『ヴェインッ!!』


 僕とアサは急いで手を伸ばしながら向かう。ヴェインは切なそうに目を細めて「ごめん」と口パクし、徐々に落ちていった。


 ────間に合わないっ! くそっ!


 あと一歩届かなかった。だけど今飛び込めば間に合う。その後はその後だ。


 「み、ミカっ!?」

 「アサはそこで待ってて! 必ず戻ってくるから!」


 顔を真下に向けながらそう声を張る。すぐ近くにヴェインがいた。そのヴェインは目を見開いていた。そのヴェインに向かって長刀を向ける。


 「掴んでっ!」

 「わ、わかったわ!」


 ヴェインが鞘を掴んだのを確認してすぐに引き寄せる。ぎゅっと強く抱きしめた後に自分が下になるように体勢を変える。変えたところでこの落下の高さだ。生きていることはまず無いだろう。でも。


 ────生きてたらいいなぁ。


 そんな思いを抱きながら目をぎゅっと閉じた。


×


[ミカとヴェインが落ちたあと]


 ど、どうしよう。ヴェインが落ちて、ミカがそれを助けに落ちてしまった。急いで向かうか? でもそんなのどこにあるんだ。


 「み、ミカ……ヴェイン……」


 辺りを見まわしたあとそんなものが見当たるわけもなく、落ちた先の真っ暗な穴の底を見つめ続けるだけで、無事を祈るくらいしか出来なかった。


♦︎


[長大な落とし穴に落ちたあと]


 背中に強い衝撃を受けたあと、しばらくして目を開ける。視界の先は真っ暗だった。あの上にアサがいる。そう思うだけではやく戻らなきゃと焦燥感に駆られる。目を動かすと僕のHPはギリギリ残っていた。この服のセットとスキルの《九死一生》のおかげだろう。


 ────けどここでこのスキルが使われるなんてなぁ。


 このスキルはいわゆるガッツみたいなものだ。自分のLUK値参照でHPが0にはならないもの。けれど発動後のリキャストが途轍もなく長く、今発動したからあと3日待たなければならない超ピーキースキル。けれどそれが活きるとは思わなかった。そしてその下の2人のHPを見る。アサは変動していない。ヴェインは僕がクッションの役割を担ったからかあまり削れてはいなかった。


 「ん……ぅう」

 「良かった。目、覚めた?」

 「んなっ……んで助けたのよばか! あのまま上にいたら良いでしょう!?」

 「出来なかったんだよ」

 「えっ?」

 「を見殺しにするなんて、そんなこと出来るわけないでしょ」

 「っ……ばか。ばか……!」


 ぽんぽんと胸甲を殴られる。


 「い、今それやられると僕死んじゃうって」

 「うっさい、ばかっ。お人好しっ、人たらしっ!」

 「2つとも心当たりないんだけどなぁ……」

 「そーいうとこ! もうっ! 早く飲みなさいっ、ばか!」


 何度ばかと言われなければならないのか大変解せないがポーションを突き出されて飲み下す。みるみるうちにHPが緑になっていく。


 「ありがとうヴェイン」

 「……ふんっ。いーわよ別に」

 「それで早く、退いてくれるとさらにありがたいんだけど……」

 「イ・ヤ・よ。それにまだ全快してないじゃない。あっ、そうだ。良いこと思いついちゃった〜」


 ヴェインは目を細め何か思いついたのかあの時の保健室で見たような笑みを浮かべていた。嫌な予感がガッツリした。


 「ねぇ、ミカ〜? あんたまだキスはソフトしかしてないでしょ〜」

 「そ、ソフト……?」

 「唇が触れる程度のキス」

 「……た、多分……?」

 「じゃあ……ちょっと意趣返しさせなさい」

 「え、は? 意趣返しって何を、っ!?」


 ヴェインは2本目のポーションを取り出しては最初は嚥下したのに途中からぴたりと止めて、唇を重ねてきた。


 「んっ、んんぅ〜〜〜〜〜!?」


 とろりと口の中に液体が入ってきた。それはそのま喉から下へと流れ落ちていった。


 「っぷぁ、はぁ……ふふっ。ちゃ〜んと回復出来たみたいねー?」

 「ん……な、っなにしてんだよ!?」

 「あら、なんで怒ってるわけ? あんたが怒る筋合いはないわよ? あたしがしたくてしたんだし。あ、それとも、今の口移しってアサ様としたかった〜?」

 「なっ……」

 「でもお生憎様。あんたのこと惚れてるの諦めたわけじゃないの。でも奪うつもりは無いわ。そこは安心しなさい。あぁ、でも……そっちが勝手に鞍替えするならそれでもいいけど?」

 「っ……揶揄うのは辞めてくれヴェイン」

 「はぁー。ったくもう。ほんとうに純粋よねーアサ様もあんたも。今のはノーカンにしてあげるわ。でもね。今後こんなことみたいなこと起きるかもしれないのは覚悟しなさい。もちろん、あたしもたまーにしちゃうだろうけどこんなイタズラはもう2度としないわ。でもこれであんたにファーストキス上がれてよかった」


 意地悪な笑みの中に歓喜の色を混ぜてはにかんでゆっくりと立ち上がった。


 「立てる? ミカ」

 「……うん。ありがとう」


 立ち上がったあと前後左右と上を見る。


 「ヴェイン」

 「何よ」

 「僕はきみを嫌いにはならないけど今みたいなのは本当に今後はしないでくれ。もっと自分を大切にして欲しい」

 「…………」

 「……ヴェイン?」

 「……ばかね。しないわよ。アサ様の恋路もあんたの純情も弄ぶなんて」


 ふいっとそっぽを向いた。


 「あたし、これでもちゃんとあんたのこと」

 「分かってる。分かってるから。だから嫌いになったりしないよ」

 「……何よそれ。そういうとこがお人好しなの。いっそ大嫌いになってくれたら……こっちだって整理つくのに」

 「そうしたら、きみもアサもやりづらくなるだろう? 僕は……大切な人たちがそうやって疎遠になってくのは嫌なんだ」

 「…………ミカ」


 視線をヴェインから前に戻す。その先に淡い光で何かが照らされていた。


 「ここにいても何も始まらない。行こう」

 「……ミカ。アサ様には話したんでしょ? だったらあたしにも聞かせなさいよねあんたの」

 「いつかは話すよ。そうじゃないとフェアじゃないでしょ」

 「そ。なら今は良いわ。ねぇ、何を見つけたの?」

 「分からない。だけどあの先にのだけは分かる。それを確かめよう」

 「さらに罠だったら……」

 「それは大丈夫」

 「なんでわかるのよ」

 「罠とかなら《看破》が教えてくれるから」

 「そう。便利なのねそれ…………あとであたしも取っとこうかしら」


 横目でヴェインを見て苦笑しつつ徐々に何かが見えてくる。それは……。


 「なに、これ……」

 「これは────」







 僕らの前にあらわれたのは、だった。

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