4.嘘と偽装カップル

×


[寝落ちをした翌日。6:50 詩能の部屋]


 やってしまった。いつの間にか眠ってしまっていた。私はバッと起き上がって頭を抱えた。スマホ……あった。あ、電池少なくなってる。……じゃなくて!


 『お、おはよう!』

 『昨日はすまない、途中て』

 『途中で寝てしまった』

 『ほんとうにすま』

 『ない』


 焦りがモロに出ている。タップミスを繰り返して誤送信をしまくったりしている。というよりこんな時間から通知をたくさん飛ばしてしまっても良かっただろうか。もしや睡眠の邪魔に。


 『分かったから取り敢えず落ち着いて』

 「……っ!」


 数分後に通知音がなり、画面を見るとそう表示されていて少しぶっきらぼうな文面でも深神狩の、理和の優しさがあって心がじわりと温かくなる。続いてメッセージが送られて来る。


 『それとおはよう』

 「あぁ……おはよう」


 こうしてやり取りのするだけでも楽しいと感じる。心が浮つくような感覚になる。これがどういったものなのかは分かっているつもりだ。


 『今日、一緒に登』


 そんなことを無意識で発信してしまい気づいた時には遅かった。既に既読がついた。


 ああぁあーまたミスってしまった。いや、本心なのだが! し、しかし何か弁明を。


 ──────ポンッ。


 「ん……えっ?」


 スマホ片手に部屋を右往左往、東奔西走してると返信が来た。それは、願ってもないことだった。


 『いいよ

  どこで待っていればいい?』


♦︎


[詩能宅前]


 門の前で来るのを待っていると後ろから少し慌ただしい音が響く。


 「ま、待たせてすまないっ」

 「そんなに待ってないから慌てなくて良かったのに別に」

 「し、しかし……ぬぅ……駄目だな私は。今朝から失態ばかりだ」

 「うん。だいぶ茶目っ気あるなとは思う。でもそれが詩能さんの良いところだと思うよ」

 「そ、そうか? ……そうか。お前はポジティブな言葉に言い換えるのが上手いな」

 「そう? 事実だと思うけど。それじゃあ行こう。時間的に余裕はあるけど遅刻は嫌だしね」


 歩くペースを彼女に合わせて進む。


 「……昨日のことなんだが」

 「ん。どうしたの?」

 「な、何か変なこと言ってなかったか?」

 「大丈夫だよ。僕が気付いた時には寝息しか聞こえなかったし」

 「む、ぅ……そ、それでも恥ずかしいものは恥ずかしいな」

 「それじゃあ次は気を付けよう? 寝そうになったら切りやめるって感じで」

 「そ……ぅだな」


 何か言いたげな顔だった。首を傾げ、何かある? と促す。そうすると阿佐上さんは反対の方に顔を向け、僕の制服の袖を摘んだ。


 「──────……理和ともっと話がしたいんだ」

 「…………じゃあ仕方ないか」

 「良いのか?」

 「うん。あ、電話する時は一言言ってくれると助かるかな」

 「分かった。次からはそうしよう」


 照れ笑いを浮かべる阿佐上さんの顔は綺麗だった。


×


[昼休み。生徒会室]


 昼食を食べ終え、残りの時間を読書にでも使おうと思っているところ、生徒会室の扉が少し強めに開かれる。顔を上げるれば玲音が立っていた。


 「どうしたんだ?」

 「詩能様。あたしは納得がいきません」

 「というと?」


 理性は働いているようで扉を閉めてから私の前に立つ。


 「詩能様は彼を……深神狩をどうしたいんですか!」

 「どう、と言われてもだな」

 「……っ、煮え切らない態度は取らないでください! 深神狩はどうみたってれ、恋愛を知らないでしょう!? それにかこつけて今朝の登校はなんなんですか! あれではまるで……」

 「まるで……なんだ?」


 玲音の顔はみるみるうちに険しい顔になっていく。分かっている。分かっているとも。お前はあいつをどう思っているのかを。


 「──────……、しが」


 玲音は胸の前でグッと両手を握り合わせ、慟哭混じりの声を張り上げる。


 「あたしが先に彼をのに!!」

 「……チャンスは幾らでもあったはずだ」

 「……るさい」

 「お前がに先に会ったはずだ。その後何度か顔を合わせていたはずだ。それを」

 「うるさいっ!!!!!」


 バンッと激しくテーブルを叩いた後玲音は出ていった。謝らなければならない。そう思っても、今の私には追いかける力は持ち合わせていなかった。


♣︎


[時間は少し遡る]


 理解が出来なかった。最初はあぁ、仲良く出来てるんだって思った。だけど、どうみてもあの距離感は友達とかそんな距離感じゃなかった。詩能様はあたしと一緒だ。深神狩理和に……いや、ミカに惚れているんだ。だけど、あたしはそうでもあるけど他にある。それは……。


 ────ううん。今は過去を振り返る暇はない。今は。


 生徒会室に辿りついて勢いよく扉を開ける。やっぱり詩能様はいた。まるで来ることを分かっていたみたいに顔を上げる。


 「どうしたんだ?」

 「詩能様。あたし納得がいきません」

 「というと?」


 そのまるで余裕綽々といった態度も今だけはあたしの精神を逆撫でさせてくる。胸の奥深くから澱のような濁った感情が露出してくる。


 「詩能様は彼を……深神狩をどうしたいんですか!」

 「どう、と言われてもだな」

 「……っ、煮え切らない態度は取らないでください! 深神狩はどうみたってれ、恋愛を知らないでしょう!? それにかこつけて今朝の登校はなんなんですか! あれではまるで……」

 「まるで……なんだ?」


 分かっているんだこの人は。分かっていて……。


 「──────……、しが」


 おさえようとしても、もう……だめだ。


 「あたしが先に彼を好きになったのに!!」

 「……チャンスは幾らでもあったはずだ」

 「……るさい」

 「お前が理和に先に会ったはずだ。その後何度か顔を合わせていたはずだ。それを」

 「うるさいっ!!!!!」


 出しては行けない言葉が飛び出る前にあたしは話を切り上げるようにテーブルを叩いて、生徒会室を飛び出す。転けそうになる足を無理やり動かして、目的も分からずにそのまま走る。


 「──────────────────……、っ……ぁ、はっ、はっ……はっ、く、ぅ……んで」


 ペース配分なんて気にせず爆走したから心臓の音がとてもうるさい。喉が痛い。心が……。


 「──────なんで……なのよ……!」


 壁に背中を預けて力なく座り込む。両膝を抱えて、止められない涙を流す。


 けれどあたしが座り込んだところは奇しくもいま会うのが辛い人が利用する所の近くだった。



 「……大丈夫?」


♦︎


[少し遡り、図書室]


 昼ご飯は手早く済ませて、空いた今の時間、ほとんど利用者のいない図書室に来る。利用する理由はただ静かな場所だからだ。僕は窓際の席で本棚から適当に抜いた蔵書を読む。これはまだ読んだことがなかったミステリ小説だった。


 ──────ダダダダッ。


 外から結構急いでいるような足音が窓際の先まで届いた。誰か来たのかと思ったけれど一向に中に入る気配はなく、むしろ今度は啜り泣く声がした。そのまま無視するのも気が引けるなと思い、本を閉じながら扉に向かう。次第に分かったのは図書室前で蹲っている女子生徒だった。


 ──────ガララ。


 扉を引く音にその女子生徒は肩を震わせた。僕はその子の近くまで歩み寄り、片膝をつく。


 「……大丈夫?」


 のそりと顔を上げたその子は泣きじゃくり、軽く化粧していたのだろう。そのメイクが半ば落ちていた。


 ────あれ、この子どこかで。


 そう思うのと女の子が声を発したのは同時だった。


 「なんで……あんたがここにいるのよぉ。みかがり……」


 ぽすと胸を叩かれる。グーで。僕の名前を知って……あぁ、先輩なんだ。この子。

 分かったのはネクタイの色だ。生徒は学年ごとでつけるネクタイの色が違う。この子は赤色のネクタイをしているため3年生。それは分かった。だけどどこで……あ。そういえば生徒総会や各行事で阿佐上さんの隣、近くに立ってた……。


 「畔倉あざくら、さん……?」

 「〜〜〜〜〜っ! そのっ! 苗字呼びも! はらたつっ!」


 当たりのようだ。だけどそれは八つ当たりではないだろうか。そう思うが、いまは畔倉さんの好きなようにさせておこう。


 「……何か、あったの?」

 「ふんっ。そうやってさ、何も知らないくせに、優しくしないでよ。ばかっ」


 畔倉さんは泣きながらも言葉を紡ぎ、そしてその度にぽかすかと僕の胸を殴って来る。一体彼女に何があったというんだ。


 「あたしはねぇ! ずぅ〜〜〜〜〜〜〜〜……………っと! 言いたいことがあったの! あんたにも! 詩能様にも!」

 「う、うん」


 いきなり怒りの矛先が向いたのか? いや、それはそれとして阿佐上さんと何が……。


 「あたしが先にのに、なんで詩能様に取られなきゃいけないのよっ」

 「……ぁ、え?」


 いきなり言われた言葉に呆気に取られた時に少し強めに押されて尻餅をつく。


 「ズズ〜。っはぁ……ほんっとその知らなかったって反応もむかつく。今までどれだけ……」

 「ま、待って待って。落ち着いてよ畔倉さん」

 「名前!」


 ビッと指を指される。


 「詩能様にはちゃんと名前で呼んでたクセにあたしはそうじゃないわけ?」

 「え、いや……そんな関わりが」

 「なーいーけーどー! でもあるでしょ! 『SBO』でっ! その時は名前、呼び捨てだったクセにっ」


 待った待った。少し待ってくれ。畔倉さんと会っただって? ゲームの中で? いつ……。記憶を掘り起こしてやっと候補にあたるものが出て来た。


 「……?」

 「そう! あの時、あんたを助けた時よ。そしてっ! 玲音れいん。それがあたしの名前! 良い?」


 泣き腫らした目で睨まれ、頷く他ない。何度も鼻を啜り、ぐいっと涙を拭う。


 「それと……さっきはごめん。八つ当たりして」

 「それはまぁ……別にいいけど」


 急に冷静になったなこの人。吐き出せる分吐き出してスッキリしたのだろう。それはまぁ……いいけど。


 「……畔、……玲音さん。取り敢えず退いてくれないかな? さすがにこの体勢は」

 「えぇ? ……あっ。ご、ごめん……ほんと」




 「それで? 一体何があったの?」

 「喧嘩」

 「あぁ……なるほど」


 あの後、一度畔倉さんはトイレに行った。ぐしゃぐしゃになった顔を洗いに行ったのだそう。とはいえ軽化粧のためすっぴんの今とそこまで違いはないのだが。


 「あんた、昨日詩能様と一緒に帰ったんでしょ」

 「うん。その……」

 「わかってる。詩能様が誘ったってくらい」


 廊下の壁に背中を預けながらぎゅうっと両膝を抱く畔倉さん。


 「昨日のことはもう……良くは無いけど! 良いとして。それでなんで朝は一緒に登校することになったのよ」

 「朝に詩能さんからLIMEが来て」


 今朝のあらましを正直に話す。その度に畔倉さんは百面相していた。表情が豊かだな。


 「あーそう。そういうこと……何よ。そんなのカップルがすることじゃない」

 「そうなの?」

 「ほらやーっぱりあんたは知らないんだから」


 体育座りのまま膝に頭を乗せこちらをジト目で睨んでくる。


 「良い? 寝落ち通話するのも、一緒に登校するのも、下校して家に送ってくのも、ぜーんぶ付き合ったカップルがすることなの! 分かった?」

 「う、うん。わかった……けどどうして詩能さんはそんなことを?」

 「……おおかた、風除けみたいなものでしょ」


 ツンとした態度でそっぽを向かれた。


 「風除け……って?」

 「詩能様はね、あの『SBO』を作り上げた会社の御息女なの。あたしの親は詩能様のお父さんの秘書やってるの。だからあたしも詩能様と一緒にいるわけ」

 「ふぅん……なるほど。だから風除けか」

 「察しいいのね」

 「僕をなんだと思ってるわけなの?」

 「周囲のこと興味ないってフリしてるくせに」

 「……それは事実だから否定のしようが無いね。けど……詩能さんからはただそれだけじゃない気がするんだ」

 「ふーん。何かわかるの?」


 まるで値踏みするような目だ。僕は顔を前に向ける。


 「……

 「さ、さぁねってあんたねぇ……」


 ──────キーンコーンカーンコーン。


 「あぁ、昼休みが終わるのか」

 「ちょっと付き合いなさい深神狩……んーん。理和」


 その日初めて5時間目以降の授業をサボった。


♦︎


[13:40 保健室]


 「保健室をサボるために使っていいのかい? ましてやきみは」

 「分かってるわよ。でも良いのよ。あたしは授業休んだこと数回あるし」

 「僕は初めてなんだけどな」

 「ふふっ、そう。、なんだ」


 クスッと何処か優越感とも取れる表情をして来た。


 「ねぇ、理和……?」

 「な、なに?」


 畔倉さんの顔、目、雰囲気から嫌な予感がした。


 「詩能様と付き合いなさい。あたしが許すわ」

 「…………」


 理解に苦しむ言葉だった。だってそれは。


 「詩能さんの気持ちは……」

 「大丈夫よ。あたしは詩能様の気持ちを知ってるもの」

 「いや、だからって……」

 「それとも今このままあたしのことキズモノにしてもいいのよ?」


 シュルシュルとネクタイを取っていく畔倉さんの方を見ることが出来ない。


 「やっぱり。今までのあんたの様子からそうじゃないかと思ってたけど……」


 グイッと引き寄せられる。間近で畔倉さんの明るい瞳に僕の真っ黒な目が反射する。


 「あんたってそういう経験無いんだ」

 「…………そうだよ。人並みにはあっても興味がない」

 「う・そ」

 「……」


 嘘……というわけでもないが確かに嘘ではある。


 「あんたはそういう人並みのこと持ってるクセに何か失ったみたいな顔してる。ねぇ、なんでそんな顔なの? なんでそんな目してるの? あたしじゃあ無理なこと?」

 「それは……」

 「ま、いいわ。さすがにレイプとかそんなガラじゃないしあたし」


 パッと離される。畔倉さんは何を考えているんだろうか。


 「もーいっかい言うけど、詩能様と付き合いなさい。そうじゃなくても偽装でもいいわ」

 「どうしてそこまで……」

 「詩能様は、あたしよりも頭良くて、これからあの会社を継ぐ人だから」

 「理由になってない」

 「今はそれでいいでしょ」

 「あくまで本心は教えないつもりなんだね?」

 「さぁ。どうでしょうね。でもそれで詩能様は幸せになるなら良いことよ」

 「投げやりになってる……ってわけでもないんだね?」


 コクとそこは素直に頷いた。


 「……でもこれは詩能さんが決めることだ。僕が決めることじゃないよ」

 「あんたは詩能様を幸せにしたいとか無いの?」

 「…………


 一瞬、畔倉さんの片眉がピクリと動いた。


 「僕にはそういう恋だの愛だのは

 「……そう。そういうこと。理和。あんたって歪んでるのね」

 「そう────なのかもしれないね」


 僕は現時点出来る精一杯の笑顔をした、つもりだ。だがそれがどう映ったかは分からない。


♦︎


[放課後]


 あのあと、畔倉さんは結局授業をサボった。それは勿論、僕もなのだが。だがまぁ各二教科2時間分サボったところで僕は痛手にはならない。


 ──────カラカラカラ。


 そのまま帰るわけにも行かない。阿佐上さんと約束をしているから。だから図書室に向かったのだが、鍵が開いていた。図書委員の人かと察しがつく。


 「……え?」


 まさか阿佐上さんがいるとは思わなかった。てっきり生徒会の仕事があるものだとばかり……。


 「ようやく来たな、理和」

 「なっ、えっ……どう……」

 「お前のことだから図書室にいるだろうと玲音にな」


 あぁ、仲直りしたのね。


 「理和。お前に話があるんだ」

 「うん」


 阿佐上さんの目の前まで向かう。促され、そのまま座る。


 「理和。私と────」


半ば予想はついていた。恐らくこれは畔倉さんの入れ知恵だろうことも。




 「────────────


 そんな何を言われてもいいという覚悟を決めた顔で見つめないで欲しい。そんな顔をされてしまったら……。


 「分かった。良いよ」


 断れないだろう?

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