2.初めてのPKと擬似ソロ攻略
[はじまりの島──アンファング奥地の森林]
────んー、どうしようかな。囲まれてるし、キョウはログアウトしてるみたいだし……うん。手早く片付けよう。
僕は軽く息を吸ってから声を張り上げる。スキルを発動する。
────スキル、《挑発》
「……ウォォォアアアッ!!!」
この瞬間、ガサガサと周りから物音が響き出す。釣れたと確信した。
「く、クソッ! 挑発使いやがったぞコイツ!」
「だ、ダメっす! どうにも出来ないっすよ!」
「ここら辺は初心者ばっかのはずだろ!? なんでこんなやついんだよ!」
挑発というスキルは10秒間だけ挑発を発動したものから一定の距離から離れることが出来ない。ただそれだけのもの。
「はい。静かにしてくれる? ちょーっとだけ僕の話聞いてくれるだけで良いんだ」
パンッと渇いた音が響く。ちょうど10秒。
「あ、僕はついさっき始めたばかりでさ、そこまできてたんだ。でも索敵にきみたちのが引っかかってね。それでなんだけど……きみたちのその頭の上についてる赤背景のドクロってどういうものなのかな?」
やはり仮想の体。リアルの僕だと表情筋死んでる自覚あるから今にこやかに笑えてるのが不思議だし懐かしさすら感じてるよ。って目の前のことに集中しなきゃ。
「あ、あー、こ、これね? これは〜……」
目の前の男の言葉に耳を傾けつつ、不意に背後から気配が近づくのを察知する。わざと後退しつつ振り向き様に鞘から抜いた打刀を薙ぐ。ザシュウッという音の後に一人のプレイヤーの首が落ちる。
「殺気に気付けて良かった。それとー……うん。大丈夫みたいだね。やっぱりゲームの中ってことだ」
「……んなっ、っそだろ?」
初めて人を殺した。とはいうものの、ゲームの中だから人は死にはしない。そういうセーフティがあるおかげか、そこまでの抵抗感は無かった。
「あ、ごめんね話遮っちゃって。それで? そのマークがなんなの?」
×
[ほぼ同時刻。はじまりの島──アンファング、??]
初心者狩り。当初、ゲーム開始から数ヶ月はそんなことは起こらなかった。しかし、誰しもがこの世界に慣れてしまったら話は別である。
「それは……本当ですか?」
「あぁ。どうやらこの『ラビットキラー』はアンファング奥地の森に潜んでいる」
厳かな雰囲気の中、白銀の鎧を身につけた藍色髪のプレイヤーと正反対の黒銀の鎧を身につけたプレイヤーは話し合っていた。
「すまないが、向かってくれるか?」
「はい。行って参ります」
その言葉と共に黒銀の鎧を身につけたプレイヤーはその場を後にした。その後、一人残ったもう片方は深く息を吐いて、豪奢な背凭れに深く背を預ける。
「────何も無いと良いが」
その呟きは何処に届くということもなく、虚空へと消えた。
♣︎
[はじまりの島──アンファング奥地の森林]
アンファング奥地の森、【名無しの森】に着いたあたしは周囲の警戒を怠らないように先を進む。
「……? この音……っ!? もしかして!」
金属が打ち合う音が届いた。もしかしたら誰かが戦ってるのかもしれない。もし何かあれば力にならなければと疾駆する。そして次第に見えた光景にあたしは驚くしかなかった。
「────────────……え?」
一人のプレイヤーが複数人相手に相手取っていたからだ。けれどそのプレイヤーは身なりからして初心者。あたしは直ぐに左腰の剣に手を向けて走る。
「……は、ぁああっ!」
初心者プレイヤーに背を向けるように立って、後ろからの攻撃を防ぐ。
「うわっ! びっくりした……。って、えーっと? きみは……」
「助けに来たのよ。大丈夫よね?」
「あーまぁ。うん。ちょっと遊んでただけだけどね。でもありがとう」
「今は退くわよ」
「……そうだね。もう感覚は掴んだしそうしよっか」
「……? えぇ。こっちよ」
近くで見て分かった。男性プレイヤーだということが。あたしは彼の手を取って走る。
「だいぶ深くまで入ってたのね」
「そうみたいだね。それはそうとさっきはありがとう。えっと……あ、僕はミカだよ。きみは?」
「あたしは……」
一瞬言い淀む。名前を言っても良いのかと。けれど、彼……ミカが先に言ったのだし、こっちが言わないと失礼よね。
「……あたしはヴェインよ。よろしくミカ」
「ヴェイン、か。かっこいい名前だね。よろしくね」
♦︎
[7:52 2年の教室]
翌日、教室に入ると早速肩を叩かれる。
「よっ。おはよ、理和」
「びっくりしたなぁ、もう。おはよう斉藤くん」
「そんな顔で言われてもイマイチ驚いたのか分かんねぇよなぁほんと」
「それは……」
表情が死んでるのは自覚しているけど、そんなに分からないもんなのかな。
「お、そうだ。そんでよ、理和。杏香ちゃんから聞いたぜ。始めたんだってな」
彼の言葉に察しがつき頷く。一度彼にSBOに誘われていたから。
「昨日の何時頃だっけな……あぁ、そうだ。八時にさ、杏香ちゃんからお前さんのこと聞いたんだよ。今度一緒にやらないか?」
「良いね。杏香とパーティ組んでやったから一応のところは分かるよ。いつ頃がいい?」
「そうだなぁ……じゃあ……」
学校にはどうやら杏香以外にやってる人が友人には居ないらしく、斉藤くんの顔はとても楽しげだった。その様子を見て僕もまた、ほんの少しだけ胸が温かいと感じた。
「あぁ、そんでさ。攻略サイト知ってるか?」
「ごめん。そういうのは見たことないんだ。初めてのゲームだから手探り感覚でやってみたくて」
「……そっか。じゃあサイトの方は見せないほうが良いな」
「けどその深みのある言い方は気になるかな」
斉藤くんはどうやら何か教えたいらしい。そんな雰囲気だから、先を促す。するとスマホを向けてきた。
「あれ、これ……」
「見覚えあるのか?」
「あー……うん。これ僕だよ」
数十秒ほどの動画──────後にこれをクリップということを教わった──────には僕のアバターが映っていた。僕はこれについて斉藤くんに細部は省いて伝えた。勿論、これが盗撮だということも。
「ほー……理和がPKにねぇ」
「PK?」
「あーゲーム用語なんだけど、プレイヤーキル、プレイヤーキラーのことをPKって呼ぶんだよ」
「へぇ、そうなんだね」
他にも、そのPKを殺す人のことをプレイヤーキラーキラー、PKerと呼ぶのだそう。
「運が良いのか悪いのか……」
「悪運が強いって言って欲しいね」
「いや、強かったらダメだろ」
「そう?」
「そう? ってお前なぁ」
「まぁ、良いじゃん。結局のところ問題はなかったんだし」
まぁ、またあったら屠れば良いしねと言ったら信じられんといった顔をされた。解せぬ。
♦︎
[土曜日 14:24 深神狩宅]
土曜日の午後。斉藤くんの部活終わって今家に帰ったという連絡を受けて僕は了解と返す。杏香から教えてもらったのだが、ゲームをする前にはなるべくトイレ等を済ませてからの方が良いらしい。なんでも、感覚はゲームに使われてるため、粗相とするかもしれないといったようなことが過去あったそうだ。
「夜ご飯の準備は良し、IHのスイッチはオフ、あとも大丈夫そうだね」
杏香は友達と遊びに行き──────僕と斉藤くんのことを聞いた際は行くのを辞めたがっていたが、流石に約束を反故にするのはダメだろうと諭した──────帰ってきたあと、ご飯食べれるように作り置きをしたあと、自室に向かう。ヘッドセットの電源を入れ、頭に装着しながらベッドに横になる。
[はじまりの島──アンファング]
少しの酩酊感に眉を顰めながら目を開ける。アンファングの街並みを捉えつつ揺れるような視界が収まるのを待つ。
────大丈夫そうだね。それじゃあ斉藤くんの名前を調べて、と。
ちょうど斉藤くんの方もログイン中のようで僕の申請にすぐに気付いたみたいだ。二度三度やり取りを交わしたあと、こっちに来てくれるそうだ。
「おっ、よう。ミカ」
「あ、さ……ニノマエくん、で良いんだっけ」
「おう。名前の由来は分かるだろ?」
「まぁ見た目から考えたらね」
ニノマエくんの格好はなんというか、時代劇に出てきそうな和装だった。それこそ新撰組のような格好に近い。ニノマエくんの名前はリアルの名前と鑑みれば恐らく。
「あの斎藤一をモチーフにしたんでしょニノマエくん」
「おっ、せーいかーい。そのまんま取ったらリアル名みたいだからよ、ちょーっと調べたんだわ」
「そっか。その格好似合ってると思うよ」
「へへ、サンキュー」
「それで……何処に向かうつもりでいるの?」
「っと、そうだったな。こっちだ。ちょいとレベルは高いかもしれんが……まぁ、お前のことだから大丈夫だろ」
「楽観的だなぁ……」
[第二の島──怨讐の炎城 転移陣]
ニノマエくんの案内のもと、各フィールドに向かうための転移陣に乗る。眩さに目を細め、瞬間、目の前の光景に驚いた。
「……ここって」
「あぁ。ここは第二の島、【怨讐の炎城】だ」
あたり一面が火の海だった。家屋は崩れ、その家屋を中から炎が立ち上がっている。そのようなことが至る所にあった。緩やかな坂の先には見事な造りだっただろうことが窺える城だった。こちらもまた中から炎が噴き出ていた。
「ミカ。これ、飲んどけよ」
「え、あぁ、うん。ありがとう」
少し小さめのビーカーのような容器に粘度の高い水色の液体が入っていた。僕はそれを受け取って一息に飲み込む。味は……良く分からなかった。
「良し、行くか」
「うん」
転移陣から一歩足を踏み出した瞬間、まるで物を背負い込むように両肩に重みを感じた。
「……? ねぇ、ニノマエくん。何か言ってないこと、あるよね?」
「あー……やっぱ感じるよなぁ。これ。実はな」
この怨讐の炎城というフィールドは強制的にプレイヤーにデバフを押し付けるものらしい。多少息苦しさや閉塞感に居心地の悪さを感じた。
「一時間で帰るぞ」
「それはまた……どうして?」
「ステータスが15%強制ダウンされるからだ」
「うーわ、なにそれ。ちなみにだけどさっき飲ませたのは?」
「それを少し遅延させるやつだな。お助けアイテムってやつだ」
「なるほど」
流石にそこまで鬼畜仕様ってわけじゃなくて助かるね。
「それじゃあニノマエくん。よろしくね」
「え、マジでやるのか?」
「うん。そうすれば他の人たちも助かるだろうしね」
「はぁ〜……分かった。つっても、俺も動いたりするから撮れないこともあるぞ」
「全然大丈夫だよ」
前もって決めていたのは僕の動きを記録すること。ニノマエくんも言っていたけれど僕のようなビルド構成は誰もいないらしい。だから僕以外にもやる人がいるのならその指標になればといいなと思ってる。
「ミカ! 右のそっちの家屋からスケルトンだ!」
「おっけー」
ガラガラと崩れる音と共に姿を表したのは骸骨の甲冑がゆっくりとした歩みで左右に体を揺らしながら出てくる。その甲冑に既視感を覚えつつも僕は抜刀しつつ走る。スケルトンはカタカタと音を上げながら刀を振るう。顔を逸らすと鋒が目の前で通り過ぎる。その隙に一歩踏み込み、一息で首の骨を分断する。
「……ふぅー」
息を吐き、打刀を納刀する。スケルトンがいた場所に目を落とす。そこには布切れがあった。土埃で汚れ、赤黒く滲みきっていた。僕はこの布切れに印刷されているデザインに見覚えがあった。
「────……カ。おい、ミカ」
「……えっ? あ、どうしたの?」
肩を揺すられて我に返る。ずっとこの布切れを見ていたようだ。
「何度も名前呼んだぞ」
「あ、そうなの? ごめん」
布切れをしまいつつ謝罪する。頭の中でどこで見かけたのか思い出そうとしているけど。
「先、進もうぜ」
「うん。そうしよっか」
ふとニノマエくんに目を向ける。ニノマエくんは僕よりもケロッとしているように思う。それが少し不思議で僕はこの薄気味悪さに眉を顰めるだけだった。
♦︎
[攻略開始から45分。ステータス減少まで残り15分]
【怨讐の炎城】で攻略を進めること多分45分は経過したと思う。先に進む度に何度も戦闘になった。勿論、戦闘には集中してるけれどどうしてもさっきの布切れが忘れられなかった。そして気付けば。
「……でっけぇよなぁ」
「うん。そうだね」
城の手前まで来ていた。聳え立つ炎上している城を2人して仰ぎ見る。
「そういえばさニノマエくん」
「なんだ?」
こっちに顔を向けるニノマエくんの目を真っ直ぐに見つめる。
「ここのフィールド、モチーフあるんでしょ?」
「やっぱ分かるよな。お前は賢いしな」
ニノマエくんは一息ついて後ろを振り返る。僕はそれを視線で追う。
「攻略の情報……あっ、これは城マニアが言うにはの基にしてのな」
「うん」
「この城とこのフィールドは────」
ニノマエくんの言った言葉に僕は衝撃と共に確信が行った。
「──────……かつての大阪なんだとよ」
僕は仕舞い込んでいた布切れを取り出す。それに目を落として呟く。
「だから……見たことがあるんだ」
「ミカ、それって」
「うん。最初のスケルトンのところに落ちてたんだ。ニノマエくんはこの地を統治してた人がどんな人かは習ってるから知ってるよね?」
「ん? あぁ。豊臣秀吉だろ?」
「そう。じゃあ豊臣家の家紋が何か分かる?」
「……いや、分かんねぇかもな。習った気がすっけど、忘れたかもな」
「『五七桐』だよ。使い始めたのは秀吉が正親町天皇から豊臣の姓を賜った時に使い始めたってされてて、その前は『五三桐』を使ってたみたいだよ」
手にしている布切れをニノマエくんに渡す。
「これはその豊臣姓からの家紋の『五七桐』だね。ニノマエくんの言葉でようやく合点が行ったよ」
「合点って?」
「なんで熱苦しく感じるのか。なんで息苦しいと思うのか。それもそうだろうね。だって大阪夏の陣を舞台にしてるんだから」
大阪夏の陣。その前に起こった冬の陣も含めて大勢の犠牲者が出た戦。豊臣軍は少数だったのに対し、幕府軍はその倍以上の差で以って豊臣軍を制していった。虐殺と言ってもいい程の。
「ボスの情報はあるの?」
「あるにはあるが……名前しか知られてないな。名前は、『餓者武者君主』というらしい」
「そっか。じゃあ行こうか」
門に両手を当て押していく。ゴゴゴと重厚な音と共に開いていく。人が通れるほどの隙間まで開けて、身を滑らせる。少しばかり長い直線の道を歩く。その先には枯れた一本の木がある広い場所につく。ここが本丸だろう。そしてその枯れた木の前には雄々しい雰囲気のある甲冑の人型が座っていた。
僕とニノマエくんは思わず息を呑む。そして本丸へと僕たちは足を踏み入れる。
──────ザァァァアアアッ。
どこから強い風に吹かれ草木も無いはずなのにそんな音が聞こえた。
『緊急高難易度クエスト』
目の前に急にそんなポップが出る。僕はそれ。タップして目を通す。
「……は?」
【君主の怨讐を晴らせ】
詳細:炎城した君主の怨讐を己の力のみで晴らせ。君主に出会いし時、己の力を知るだろう。
条件:挑戦回数一度のみ。失敗すれば、今まで得たもの全て無効。クリアすれば特典あり。
受けますか?
▶︎ はい いいえ
僕は目を疑った。条件がとても厳しく、つまり負ければ経験値も? と思ったがそれよりも、『己の力のみで』という文面だった。
「何かあったのか?」
「……クエストが出てきた」
「なんだって?」
ニノマエくんの声を横目に僕は枯れた木の前に鎮座している者を見る。これを受けなきゃ行けない。けれど今の状態で……。
「……違うな」
ここで迷うのは違う。そんな気がした。僕はそのクエストのウィンドウをそのままにステータス画面を開いて、今まで得たスキルポイントをステータスに割り振ってから取得できるスキルを取得する。一通り確認してからステータス画面を閉じる。
「ふー……良し。行ってくるよ」
「……おう」
パンと背中を叩かれた。その手からは勇気を与えてくれるようなそんな気がした。僕は歩きながら、クエスト画面を見て『はい』をタップする。
『汝、我トの戦いヲ受ケるカ……』
その時、厳かなけれどざらりとした機械質な声がした。
「受けるよ。僕のありったけを叩き込む」
瞬間、空気が変わった。餓者武者君主はゆっくりと立ち上がり、その身の丈よりも少し長い刀を抜いた。僕も同じように抜刀し、相手は上段で構えたのに対し、僕は正眼の構えを取る。
『イざ────』
「……尋常に」
互いに地を踏み締める。
「『────参る!』」
君主の方が早く動いた。10メートルは離れているであろう距離をほぼ一瞬で詰めてくる。直感で理解してる。このまま受けたら僕が吹き飛ぶと。君主の攻撃は恐らく振り下ろし。そう判断して僕は両腕を上げ、刀を横に倒しつつ体を右にズラす。直後に風を切って振り下ろされる。受け切るのではなく。
────受け流す!
「……っ、ぐぅっ!」
刃がぶつかった瞬間、凄まじい火花が散り、刃の重みに顔を歪ませつつ刃を滑らせ、左へと受け流す。
「ハ、ァアッ!」
受け流し切った後、右上から左下へ振り下ろす。しかし、軌道上にあるのは甲冑。ガチッと金属音と共に手応えのないまま刀を振り下ろす。
「……っ!?」
スキル《危機察知》が反応を示す。それに従い屈む。さっきまで僕の頭があった位置に君主の刀が通り過ぎる。
────あっぶな……スキルが働いてくれてよかった。
君主の足下が空いているためそこに体を滑らせ退避する。正直、勝てる気がしない。レベル差はあるだろう。しかし、じとりと張り付くようなこの緊張感。死線の中なのだと理解させられる。そんな状況に正直ビビってる。だけど。
────楽しいと感じてる。
そんな自分がいる。目線を君主から離さずに頬を伝う汗を拭う。そんな状況でもどう勝つか算段してる自分もいるのだ。
「……ふぅ」
甲冑は刀を弾く。それなら手首や足首、首許……脇腹を狙う? どうやって? さっきみたいに潜り込む……?
そんなふうに考えていれば君主はすぐそこまで来ていた。考えている暇はあまり無い。行動に起こそう。
「……ハッ!」
踏み込んで、下から斬り上げる。君主は籠手で防ぐ。弾かれ、ノックバックする。攻撃を喰らう前にその勢いを利用して後退する。そして即座に距離を詰めて再度振るう。しかし、やはり防がれる。それは理解している。だから、体をさらに懐へと滑らせて甲冑の範囲外の脇腹に刃を入れ、君主の横へ抜ける。
「……ふぅっ!」
────これを繰り返せば行ける。
息を短く吐いて懐にいた時の冷や汗が背中を伝っていく。今の攻撃は急所というわけでは無い。もし、人体の急所がゲームにも織り込まれているとしたら……。
────きっついなぁ……。
懐に潜り込みつつ急所を的確にやるには、僕よりもリーチのある刀や腕、僕にはない甲冑を避けつつの一太刀。言うは簡単だ。けれどやるのは難しい。さっきステータスを割り振り、スキルを取得したけれど、現時点ではどのステータスもイーブン。ほんとのほんとに奇跡を掴み続けなければならない。
────でもやるしか無い。
姿勢を低くしながら走る。もうちょい背丈を落としたほうよかったかななんて思うけれどその思考を隅へと追いやる。
「こ、こ……だっ!」
横凪で迫る刀を跳び上がりながら避けて君主の籠手に足をかけ更に前に跳躍。身を捩り、背中側の腕を斬りつける。
「……ははっ。難易度設定ミスってないかなぁ?」
甲冑外への攻撃を繰り返すにもこちらの限界がある。一体これを何度繰り返せば良いというのだろうかと終わりの見えないやり方に薄ら寒さを覚える。
「────シッ!」
もう少し攻撃力があれば。もう少しスピードがあれば。もう少しダメージの出せる武器があれば。確かに杏香の言っていたことが理解できる。確かにこれは器用貧乏だ。決め手に欠けるやり方しか出来ないのだから。これならばやる前に少しは聞いておくべきだっただろうに思う。後の祭りとはこの事だ。
「……っぶな!?」
動きをミスり、左の首筋を鋒が駆け抜けた。危うく両断されるところだった。しかしその一撃だけだというのにこっちの与えたダメージよりも多い。
────ポーションは……まだ飲まなくていいか。
低級のポーションは一個につき20。今受けたダメージは15くらいだろう。だから使ったとしてもオーバーだ。
「だけど、少しずつだけど分かってきた」
君主の間合い、歩幅。刀の最大伸びる間合いの大きさ。息を短く吐いて気を再度引き締める。その後間合いを更に詰める。僕が動いたことで君主も動き出す。
────やっぱり、僕よりも歩幅がデカい。
君主は刀を左腰側に向ける。横凪────いや、重心が少し下がってるから左逆袈裟!
振るうには僕が間合いに入って直ぐなのはさっきまでの打ち合いで理解した。だからその間合いの一歩半前でスキルの《縮地》を使用して君主の右側に移動する。狙うのは。
「セェィヤッ!」
露わになっている、二の腕を斬りつける。手応えをしっかりと感じる。攻撃のモーションが切り替わる前に距離を取る。クリティカルが入ったかは分からない。それでも一割を確実に削った。
────行ける!
君主は体勢を立て直す。君主には不服だろうけれどこれも戦い方なんだ。悪く思わないで欲しい。
「……?」
ふと君主と目が合った。けれど目のある兜の先は暗闇に包まれていて正直分からない。だけど何故か予感できる。
────笑ってる?
それは一体……。
♠︎
あのボスとミカが戦い始めてもう20分は経つ。最初は危うかったが、それでも徐々にPKと戦っていた時のように動くミカになった。
スクリーンショットを撮っているため口には出さないが、この勝負はミカが勝つだろうと思っている。ボスの行動パターンは一切知らない。数多くのプレイヤーが挑戦しているのにもだ。
────まぁ、なんせ最初の攻撃が即死技に近いもんなぁ。
ボスの最初の行動は3種類ある。
①鞘に入れた状態での高速居合い斬り
②上段の構えからのほぼ不可避の振り下ろし
③霞の構えからのほぼ不可避のランダム急所突き
ミカはこのうちの二つ目を引き当てた。まずそこで3つの攻撃のうちの当たりを引いた。さっきのミカのように武器が打ち合った瞬間に衝撃を受け流せば良いからだ。とはいえそれはなかなかにピーキー。
────でもそれをやってのけちまうんだもんなぁ。お前は。
そしてそれ以降の動きは未確定。そんな状態の中でミカはかなり上手く立ち回っている。こうして間近で見て、そしてスクリーンショットを撮っている俺は心の中が熱く震える。
────頑張れ、ミカ。
リアルのミカを知っているからこんなふうに強く思えるのだろう。無意識に強く握り拳を作っていた。
♦︎
どれくらい打ち合っただろう。時間の経過なんて最初から考えちゃいない。けれど君主の残量HPは残り一割を切っていた。あと一撃。あと一撃さえ入れれば勝てる。
「……すぅ、ふぅーーーーーー」
深く深く息をする。無意識に小さく呼吸していたようだ。肺が多量に入って来る空気に歓喜するような感覚がする。
──────ガシャッ。
「っ! ……そう。分かってるんだ」
君主はまるで今の自分を理解しているように構えを取る。それに倣うように僕も同じ構えを取る。勝負は一瞬。タイミングを図っていたように君主の後方、城から大きく火が溢れた。
『────スァーーーーーーー』
そんな呼気と共に一歩踏み出し振り上げて来る。
「────……っ!」
城からまた大きく火が飛び出して来る。君主はそれを背に一言発した。
『────────────見事』
本来であればあと半歩足りなかった。けれど刃は先に届いたのは僕だった。どうして最後の一太刀を浴びせなかったのだろうと思ったけれど、それは邪推かもしれないと思考を捨てた。そして君主から数歩離れた瞬間、君主は刀を地面に突き刺した。このまま終わるのかと一抹の寂しさを感じながら君主を行動を見つめる。
『汝ニ感謝ヲ。拙者ノ望みヲ叶エて呉れタコトを』
やはり話せるのだろう。僕は刀をしまい、
「望み、って?」
『拙者は、城ヲ守れナンだ。多クの
最後の一言は砂嵐のようになって聞こえなかった。それに眉がピクリと動く。
『────……ハ、────を得れタだロ
まただ。またこの……。
『嗚呼……、汝ト闘エて、良か……』
最後まで言い終わる前に突如君主の体が燃え上がった。歩み寄ろうとすると後ろからニノマエくんに止められた。そのため僕は劫火に包まれる君主を見ることしか出来なかった────。
【クエストクリア!】
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが………………
・
・
・
・
・
───────────────────────
取得アイテム
『今亡き君主のコート』
『今亡き君主のズボン』
『今亡き君主のブーツ』
『今亡き君主の胸甲』
『今亡き君主の手甲』
『今亡き君主の足甲』
『今亡き君主の長刀』
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