初心なふたりと恋のフラグ

海澪(みお)

1.始まりの空は青く晴れ渡っていて

[第?の島──████████]


 黒く長い外套の裾が風に揺れる。目の前には人型の魔物。いや、魔物というには語弊がある。「ソレ」は魔物というにはあまりにも人の姿に近い。出で立ちは人そのものだ。だけれど「ソレ」の頭上には敵を示すカーソル。そしてそのカーソルと頭の間には名前が記されていた。



 『SALOMON』



 対峙する黒服の男は目を細める。


 「…………決着をつけよう。ソロモン」


 その一言に『SALOMON』は嗤い、声を張り上げる。


 「そうだな。……しかし不思議なものだ。何故お前は立ち上がれる? 打ちのめされたはずだ。なのに何故……お前に何がある!」

 「意地だよ。ここで立ち上がらないと、僕はきっと弱いままだ。僕を、信じてくれる彼女のために僕は諦めない。こんな僕を。そんな彼女の信用あいが僕にあるものだ。それが答えだ」


 隣を流し見てから強い眼差しで見つめる。その目には覚悟があった。『SALOMON』は興味深げに相槌を打ち、言葉を続ける。


 「ほう……? そうか。であれば仕方あるまい。これで終いにしよう。来い」

 「行こう。背中、任せたよ」

 「あぁ!」


 彼は長刀の刃を後ろへ向けながら疾駆する。それに合わせ、白銀の軽凱を翻しながら同じく進む者。『SOLOMON』は自身の周りに光の球を数十個もの数を浮かばせ、それを射出する。


 「は、ァァアアアッ!」


 彼の前に隣で進む者が進み、剣と盾で光弾を弾いていく。


 「行け!」

 「あぁ!」


 サッと隣から抜け出る黒衣の男。一歩また一歩と歩を進める。光弾が差し迫るが顔をほんの少しズラして致命傷を避ける。


 ──────ダンッ!


 男は確信する。これで長刀の間合いだと。だから強く踏み締める。そして。


 「──────……ァァアアアアッ!!!!!」


♦︎


[金曜日。18:45 深神狩みかがり宅]


 学校から帰り、夕飯の支度をしている最中だった。


 「ねぇ、お兄ちゃん」

 「んー? どうかした? ご飯はまだだぞ」


 僕は味噌汁を作りながらリビングに目を向ける。ラフな部屋着に身を包んだ最愛の妹、杏香きょうかがソファの上で体育座りのように両膝を抱えながらこちらを見ていた。


 「べ、別に夜ご飯のことじゃないよ〜」

 「そうなの? ……それじゃあ何かあるの?」

 「そうそう。えっとねぇ……」


 鍋の方に目を向けながら杏香の話に耳を傾ける。再度目を向ければスマホを弄っていた。どうやら僕に何か見せたいらしい。


 「お兄ちゃんさ、これやってみない?」


 ソファから降りて僕の方まで近寄りスマホを見せてくる。その画面に目を向ける。そこにはとあるゲームのホームページが写っていた。


 「これは……ゲーム?」

 「そう! これはね『Sie・Brechen・Online』っていう名前のフルダイブゲームでね!」


 杏香のゲームの設定やらなんやらの話を要約するとその『ズィーなんとか』とかいうゲームを一緒にしないかということだった。


 「ふーん……ゲーム、ねぇ」

 「ほら、お兄ちゃんってばあまりゲームしないでしょ? それに気晴らしも必要じゃん?」

 「そういうもんかねぇ……」

 「そーいうものなの! それでさ良かったらあしたお兄ちゃんの分のハードも買いに行こうよ! ね? 一緒にやろうよ〜!」


 グイグイと僕の右腕を掴んで上下に揺すってくる。僕は少し考える。確かに杏香の言う通りなのかもしれない。楽しみも何もない僕からすればそれは渡りに船だろう。


 「…………分かった分かった。明日買いに行こう」

 「………!? ほ、ほんとっ!?」


 パァッと輝いた顔をする杏香を横目に頷く。


 「やった……! そしたらそしたら」


 杏香はあーしてこーしてと色々と進めていった。翌日僕らはそのゲームを買いに行き家に帰ってから早速プレイすることになった。


♦︎


[土曜日。13:06 買い物中]


 『Sie・Brechen・Online』はドイツ語らしい。ゲーム世界は七つの浮島があり、プレイヤーは一つ目の島に降り立ってそこから各島に繋がる転移陣に乗って攻略をする。グラフィックも然ることながら、操作性も良く、ゲーム紹介のPVから大好評。


 「動画がね、これなんだけど」


 ショッピングモールのひとつのベンチに座り、イヤホンの片耳とともにスマホを見せられる。言われるままイヤホンを左に挿し、スマホ画面を見る。


 「……へぇ、こんな感じなんだね」

 「どう? すごいでしょ?」


 杏香の言葉にはそうかもしれないと頷く。


 「それじゃあハードも買ったことだし、帰ろっ!」

 「そうだね」


♦︎


[15:00 『Sie・Brechen・Online』プラットホーム]


 『ようこそ、『Sie・Brechen・Online』へ』


 ヘッドギアを装着して恐らくプラットホームだろう。真っ白な空間に機械質な女性の声が響いた。AIの技術は凄まじいなと思いつつも目の前の表示された画面を見る。


 『初のログインとなりますので、キャラ設定をお願い致します』

 「……なるほど。外見はこうして変えれると」


 表示を色々見てみると髪型や髪の色、目の色や形など様々な顔のパーツが表示されていた。杏香からは自由度の高いゲームだと予め教えられていたがここまでとは思ってなかった。


 「……まぁ外見なんてイジるの面倒だし髪だけ変えておこうかな」


 リアルの自分よりも少し長めの髪型にして今度はプレイヤー名やステータスというものの設定に移行。


 ────プレイヤー名は確か杏香が言ってたな。現実の名前はしないように気をつけて的な……ふむ。じゃあこれで良いか


 パソコンのキーボードのように表示されたパネルに指を置きトントンとタップしていく。


 “Mica”


 『カ』の部分を『k』にしようかとも思ったけれど『c』で打った。まぁ別に間違いではないだろう。


 (さてさて次はステータスだけど……えーと何々?)


 『そちらでよろしいですか?』


 再び声が響く。僕は頷く。


 『では、次に所持するスキルをお選びください。取得は自由です』


 そう言われその下にある【スキル】をタップする。すると膨大なスキルが表示された。


 「うわっ……多いな……」


 思わずその量の多さに声を上げる。あまりの多さに眉根を寄せる。とはいえ上から順にしっかりとスクロールしながら見ていく。全ステータスに均等に振ったのだからそれに見合ったスキルを選んだ方がいいだろう。結構な時間をかけてスキルを選んでいく。


 「……これで良いかな」

 『ほんとうによろしいのですか?』


 再度確認をされる。僕は頷く。


 「スキルに関しては後々取得できるんでしょ?」

 『その質問は肯定です。その場合、『SP』を消費します』

 「そ。じゃあそれで」


 『それでは初期武器ですがいかがなさいますか?』

 「初期武器? ……あー、そうか。そうだな……じゃあこれで」


 取得したスキルに応じた武器がそれぞれ出てきた。少し考えてから手を伸ばす。手に取ったのは刀。それも少し反りのある刀で鞘の形状的にそこまで長くはない刃渡りの刀で覚えてる限りだと打刀と呼ばれるモノだろうものを手に取る。


 『では、良きゲームライフを』


 その声を聞き取った瞬間、眩い光に包まれた。その眩しさに目をぎゅっとつぶる。



♦︎


[15:30 『S・B・O』はじまりの島──アンファング]


 光が収まったような感覚がして、ゆっくりと目を開ける。


 「…………おぉ」


 その目に飛び込んだのは綺麗な街並みだった。洋風の建築物がのきを連ね、地面は四角く切り取られた石で敷き詰められていて舗装がしっかりとされていた。街並みを見る感じだと中世ヨーロッパに近い……だろうか。建築物はあまり詳しくないため分からないが見る限りだとしっかりした造りをしている。


 「ここは………始まりの場所のようだね」


 辺りを見回して名前らしきものは見当たらないがこうして降り立ったのだからそうなのだろうと当たりをつける。


 「っとそうだ。杏香に連絡取らないと」


 始める前に二人の中で決めていたことを思い出しメインメニューを開く。その時に教えてもらった妹のプレイヤー名を検索する。するとしっかりと表示され人のマークを押す。それがフレンド申請で既にログイン済みの妹は直ぐにフレンド申請を了承してメッセージを送ってきた。


 『いらっしゃいお兄ちゃん。今どこにいるの?』


 いや、何処どこ……って言われてもな。


 再度周りを見る。背後には円形の噴水がある。目の前は大きな道が開かれている。どう伝えようかと考える。


 「……………これでいいか」


 結局のところ正直に伝えたほうがいいだろう。


 『りょーかーい! いまいくね!』


 返信が早いな。杏香の返信の速さに笑いつつ大人しくそこで待つ。そして少し待ってから、おずおずとした形で声をかけられた。


 「……えっと……お兄、ちゃん……だよね?」


 声がした方に目を向けると現実世界の杏香とさほど変わっていない────とはいえ少し髪型と服装が違うくらいだろう────女の子が立っていた。


 「そうだよ。えっと……キョウ、で良いんだよね?」

 「うんっ! よかったぁ〜人違いじゃなくて」


 不安げな顔から一気に花が咲いたような明るい笑顔になって頷いた。


 「良く僕だって分かったね」

 「えー? ん〜……まぁ、そこはカンで「あっ、この人だ!」って思ったから声かけたんだ〜」


 カンが鋭い……とはまた違うかもしれないがそれで良く声をかけることができたな。


 「あ、それじゃあパーティ申請してい?」

 「あぁ、うん。お願い」


 杏香、改めキョウはササっと慣れたようにウィンドウを操作して僕にパーティ申請をしてきた。僕はそれに了承する。すると左側で可視化されている自分のHPバー等の下にキョウのが表示される。


 「それでそれで!? お兄ちゃんはどんな感じに配分したの?」

 「あぁ、それが────」




♦︎


[はじまりの島──アンファング、平原フィールド]


 始まりの街を出て最初のフィールド、名前をアンファングという。平原のフィールドに出れば青々とした空を睥睨へいげいしてすごい作り込まれているなと思った。時折吹く風が心地良い。


 「そっかーお兄ちゃんはきよーびんぼーにしたんだねぇ」

 「ん、あぁ。まぁ別に問題ないと思うけどなぁ」


 先程改めて自分のステータス欄を確認した。そこには僕が選んでいないものが一つあった。理由は不明だが、使えるのであれば問題ないだろう。


 「それで? ここにはどういったのがいるんだ?」

 「あ、うーんとね。ほら、あっちにイノシシ見えるでしょ?」


 隣で前方を指差すキョウ。僕は指された方向に目を向ける。


 「あぁ……あのイノシシか」

 「そ。ここは基本的にはイノシシとかオオカミさんとかが多いかなぁ。あ、あとはスライムもいるよー」

 「なるほどね。キョウの戦い方を見せてくれるか?」

 「いーよー。ちょっとまっててねー」


 タタっと走っていったと思えばいつの間にやら手にしていた石をそのイノシシに向けて投げた。イノシシはそれでキョウを標的にして突進してきたではないか。キョウは焦ることなく、左腰にいている細身の剣を抜き放つ。


 「………ヤァッ!」


 イノシシとの距離が近くなりその剣の間合いに入った辺りで横に跳びイノシシの横っ腹に向けて突き入れた。


 「プギィッ!!!!!」


 その1発でイノシシは断末魔をあげて細かなポリゴン片となって霧散した。


 「ふぅ……こんな感じ〜! わかった〜? お兄ちゃん」


 一息つけてから剣を納めて僕の方に顔を向けて笑った。僕は頷く。


 「うん。イノシシに対する攻撃方法は分かったよ」

 「それならよかった! 戦ってみる?」


 キョウの言葉に頷いてキョウから目を離す。既にどのイノシシにするか目星は付けていた。そのイノシシに歩いて近づく。道端に落ちていた小石を拾いそのイノシシの後ろ足に向けて軽く投げる。イノシシは一度体を上に跳ね上げこちらに進路を定めて走ってくる。僕はそれをすがめて初期装備の打刀の柄を握りすぅっと抜き放つ。そして右足を後方に広げ半身になり打刀の刃を外側に向けながら水平に顔の横に構えてゆっくりと腰を下ろしていく。『霞の構え』と呼ばれる構えを取る。


 「…………スーーーー────」


 息を細く吐き左手を柄から刃に沿うように刀身の下に左手の甲を添える。間合いまであと1メートル。イノシシの疾駆する足音が聞こえる。ドタドタと足を動かして徐々に近くなる。そして刀の間合いに入る。


 「────……シッ!」


 鋭く呼気を吐きつつ右足を前に踏み込みながら刀を突き入れる。ズズっと刃先がイノシシの鼻に刺さっていく。ほぼほぼ刀身が埋まった辺りでイノシシは断末魔を上げることなく霧散した。


 『レベルが上がりました』

 『レベルが上がりました』


 直後にその表記が視界に現れる。どうやらイノシシ一頭で二つレベルが上がったようだった。まぁ妥当かな。


 「お、お兄ちゃんすごい……!」


 ぱちぱちと手を合わせながら感激の声を上げるキョウ。手放しで褒められるというのはなんだかむず痒いな。


 「これくらいは全然普通だと思うけど」

 「そーなんだけど、でもイノシシの真っ正面で受けるなんて盾持ち以外はそんなことしないんだよ?」

 「そうなの? 意外と簡単なのに……」

 「タイミングズレたらこっちにダメージ飛ぶんだもん。なかなかやらないよ〜」

 「ふぅん……そういうものか」


 とはいえ初めての戦闘だったけれどゲームの世界での体の動かし方、戦い方は大体掴んだ。あとは数をこなしていこう。


 「暫くここでレベルを上げるよ」

 「え、ほんと? もう少し先に進めるけど……」

 「いや、堅実に行こう」


 キョウの言葉に首を横に振り、次の経験値を得るためにフィールドを歩く。イノシシやオオカミ、スライムを発見次第倒していく。イノシシは直線上での攻撃だがオオカミは飛びかかりが主でジグザグに動いたりと攻略の違いがあってなかなかにどうして……楽しいと感じた。



♦︎




 それからどれくらいが経っただろう。ゲーム内の時間が現実とイコールなのかは分からないけど平原────草原とも取れるけど────が熟れた林檎のような色をした太陽により橙色の空になっていた。


 「だいぶやったねぇお兄ちゃん」

 「……そうみたいだね。キョウはレベルの方はどう?」

 「あ、わたし? わたしはねぇ……やっぱりそれなりにレベルあるからあんまり上がってないかなぁ」

 「え、そう……なの?」


 妹の発言に目を丸くした。じゃあこれは……。


 「どうかしたのお兄ちゃん?」

 「……いや。多分、僕がおかしいんだなって」

 「……? どういう、こと?」


 妹には隠すこともないだろうと思い、ウィンドウを他人が見えるように可視化してそれをキョウの目の前に動かす。


 「……へっ!? え、もうレベル20なの!?」

 「うん。恐らくこのスキルのおかげだろうけど」


 そう。ここ数時間程草原を駆け抜け、その先の森まで来た僕たちは駆け抜けつつレベル上げをしていた。流石に森になると出現する魔物も異なるためその分獲得する経験値も違ったのもあるのだろう。比較的容易にレベルが上がっていった。


 「……えーと……《成長加速》……? なにこれ」

 「……? え、これあの膨大なやつのなかになかったやつなのか?」

 「うーん……多分無かったと思うけど……って何このスキル、めっちゃチートじゃない?」

 「やっぱそう思うよね」


 そう。このスキルがあったことで僕は僅かこの数時間でレベルが20も上がったのだ。


 「どうしたのお兄ちゃん?」

 「えっ? あー……ちょっとね。キョウは先にログアウトしてていいよ」

 「お兄ちゃんは?」

 「僕はやる事出来たからそれ終わらせてから戻るよ」

 「ん。分かった! 戻ったらご飯食べよ〜」

 「うん」


 キョウが街に戻るのを見送ってからこの先に続いてる森に目を向ける。それは、パッシブにしていたスキル《索敵》の効果で分かったから。



───────────────────────


 《成長加速》

 対象の獲得経験値が倍になる。同型モンスターを討伐すればさらに倍の経験値を得る。そして戦闘による経験により優位に動くことが可能。


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