⓾ 製造と危険因子





「・・・えと、まぁなんだ。こうして厄介な秘密を分け合っちまった以上おれもハラは括りたい。このままずっと黙っていようかとも思ったんだがな、考えが変わった。


 よく聞いていてくれ吉平、仁帆・・・・


 おれはな、

 実はな、


 スパイなんだ。」


 そう放つ日尾はものっすごいカッコつけて涼しげに微笑を浮かべてこっちを見遣る。

 エコーのかかった自分の言葉に酔っているのだ。ついてきてほしい。


「・・・へ? えと、言っちゃっていいんですか? だって日尾さん、それ犯罪でしょう?」


 椅子に片足を乗っけて両手をなんかとにかく大仰なポーズでキメている日尾にどこかしら眩しさを感じながらも水を差してみる。


「ふ。日尾じゃねーぜ吉平。ああ、そのとおり。スパイなんだよ。おれはよ。いいんだよ。スパイだからよ。」


 呼んで欲しかったようだ。

 もうどうあっても呼んでほしかったようだ。


 世を忍ぶスパイであり、なまじ仕事が完璧であるがゆえに「あ、スパイだ!」と誰にも言ってもらえた試しがなかったのだろう。


 となればもはや自分で名乗って呼んでもらう他なかった。

 優秀なスパイだから。


「・・・なーんかウソくさいけどまぁホントなんだろうねえ。

 だけどだったらこっちゃこれ以上のハナシなんかできゃしないよ。どっかに漏らすのが仕事なんだろ?

 ここまででも充分あたいは起訴相当なんだからねえ、悪い冗談はよしてくんな。」


 さすがに抱っこしていた吉平から降りた仁帆。

 企業の機密情報を元気いっぱい漏洩すると聞かされてイチャイチャしながら「じゃあ続きを」とはいかないようだ。


「くくく、なぜ訊かない平和に暮らす市井の民よ。くくく・・・ってな。


 言っとくがおれの所属はどこぞのいち組織なんかじゃねーよ。国、ってーとちと大げさだが国家機関の調査部の触手、っていやー間違いないな。


 おれを信頼してほしいのと、おまえさんらの秘匿はウチの上司が手を打ってくれるからこうして話してる、ってんで聞いてくれ。


 要はそれほど気掛かりな情報なんだ。


 ・・・はぁ。おれも何度か侵入は図ったんだが内部の「フロア」にさえ辿り着けなかった。だからこそおまえさんの知ってることを聞きたいんだ。

 事と次第によっちゃ「兵器」に代用できる技術と可能性が詰まってるハナシなんだよ。


 おまえさんなら理解できるんじゃないか、「うにゃあ」?・・・・・・・ふぎゃっ!」


 フィルターを取り出しタバコに巻く日尾へ音速を超えるパンチが飛ぶ。


「っくっ! 絶対言うと思ったこのハゲっ! ふんっ。

 でもどーせあたいが話さなくたって吉平をたぶらかして侵入するつもりだったろ? 吉平は疑うとかそーゆうのしないし、それにあんたがたばかればアホみたに引っかかっちまう。


 ったく。いーよ、話すよ。そんかしお咎めナシをもぎ取ってきな!」


 仁帆とて証拠のある「陰謀」を掴んでいるわけではなく、コソコソ続けられている研究と噂から推測したものを握っているにすぎない。


 しかしそれは誰が考えても悪用できる科学技術だから今まで胸にしまってきたのだ。


「まったく、信用ねーなー。いやいやいや、それより生え際については譲れねーぞ? どこ見たらそんな不思議なアダ名が出てくんだよ。雰囲気で言うなよ、誤解されんだろ。ったく。


 それと、吉平に協力は乞うが操るだの揺さぶるだのって汚ねー手は使わねぇよ。

 なんべんも言うがあくまでおれの役目は私利私欲を満たす個人やいち企業のためじゃない。おまえさんらを欺いてたことには違いないが公の利益、ひいては正義への貢献、悪の撲滅のためなんだ。


 じゃなきゃこんな色男がスパイになるはずないだろ?」


 礼節を重んじ、チームワークを大切にし、仕事に厳しく打ち込む日尾の燃えたぎる熱意は伝わったが最後のところで鎮火された。


 そりゃもうきれいさっぱり。


「僕は・・・なんとなくわかりました。えとその、日尾さんや仁帆にならこの侵入、っていうのかアクセスっていうのか、それは知らせていいんだって。


 それに僕ひとりだけではどんな極秘文書に出くわしても理解できないしその意義が無駄になってしまうもの。

 だったら、だったらこれから知る情報を受け止めきれる仲間みたいな人が必要だと思うんです。おじいさんが僕だけにそれを託していたとしても、いま運命は僕の手の中にあるんですから。


 僕が選んだ人に、道に、誰にも口は挟ませません。」


 きゅーん、となる仁帆、そしてどこか照れる日尾に、そっと吉平は思う。

(・・・この話をしている間は仕事しろって怒られない・・・)

 それはまったき真実だったが、これが漏れると地獄になる。


「ふふふーん。さーっすが吉平にゃーっ!


 ・・・。

 ・・・さてと。でも事情はわかったよ。あたいももう退けないしニンニクうなぎも退けない。吉平も退くつもりがないってんなら運命共同体、あんたの言うとおり仲間ってワケだ。


 ふふん。んーじゃ続きか。えーっと。面倒だから簡単に話すかんね。


 超エネルギーを包含できる準安定素子・「バファ鉄」が妙な「マザーノイズ」を示すことは話したね?

 うんと、こんがらがるから整理するよ。


 まずバファ鉄は他金属にぶつかると「マザーノイズ」って不思議な音を発する。

 んでバファ鉄同士だとまた違った「強い音」を出して砕ける。いいね?


 で、こっからが江代太朗前会長の独走なんだ。


 ウチでやってる粘菌の生体分析やら改造やらは知ってるね? それにはいろいろ続きがあるって話だよ。

 分子構造からはじまってアミノ酸、複雑なタンパク質をいじくり、果てはRNAだのなんだのに細工した粘菌がなんと「マザーノイズ」に反応するようになってさ。


 いくつかデータを取った後、同じような鏡体遺伝子にした動物の実験をするようになったんだと。


 で、胡散臭いの一言に尽きる「個体振動数」に関する報告を受けてからは加速度的に進めていったようだね。・・・まぁ、あたいもその辺りのデータはID使って覗き見したんだけどさ。ははは。


 ほいで仮説に挙げられたのが鼻毛の知りたい「マザーノイズ特性」。


 さっくり説明するよ、吉平がそろそろ新しい天体へ旅立っちまうからねえ。


 いいかい、まず生体情報を司る塩基配列をいじくって合成されるタンパク質の構造を「逆巻き」に変えた粘菌が「加工粘菌」。


 で、それには呼吸や収縮みたいな「運動」「伸縮」とは別の「振動」が発見されたのさ。

 一部の検体ではこの「振動」が「リズム」になってたんだと。


 そんな「リズム」を放つ加工粘菌が「マザーノイズ原体」。ここ大事。


 で、その「リズム」ってのと同じ波形なのが、さっき言ったバファ鉄が金属との衝突で響かせる「マザーノイズ」だったんだよ。


 一方、同種同士の破砕で起きる「強い音」を近付けたらマザーノイズ原体は死滅しちまったらしいね。


 ・・・いいよ吉平。大事なトコおさらいするから。


 うんと、いじくった粘菌が「マザーノイズ原体」。

 マザーノイズ原体が発している振動音が「マザーノイズ」。いいね?


 あー、名前の由来な。んと、原体とバファ鉄に共通するこの「リズム」ってのは種を問わず「原体」から作った加工生命・その名も「被造子」に共鳴し、一種の「命令」刺激を与えるから「マザーノイズ」って命名されたんだってよ。


 ・・・大丈夫、吉平。あんたのためにまとめるよ。


 えと、いじくった「原体」の特性を持って作った生物が「被造子」。ほら、子どもってことで。

 で、この「被造子」に影響を与える音が「マザーノイズ」。お母さんの声、ってことで。


 ちったぁ関連がわかってきたかい? 乱暴な図式になるけど、


 他金属とバファ鉄で発生する音=原体の音=マザーノイズ。


 それに反応するのが被造子。


 この特性を「マザーノイズ特性」と呼ぶ。よし。



 じゃ、続きいくよ? まぁまた折に触れて簡単に話すから・・・ああ、寝てていいよ吉平。


 さて、そうやってマザーノイズ原体の遺伝情報を組み込んだ「被造子」の研究は進んで、ついに原体を受け継ぐ形の昆虫から哺乳類まで作れるようになったんだと。で、そんな被造子は被造子で個別の「リズム」が確認されたのさ。


 その個別のリズムを「個体振動数」とした。


 あたいが知ってるのはココらへんまでだよ。ただ個体振動数に干渉するとどうなるか、マザーノイズの影響が何かは知らないねえ。


 でもそれが倫理やら道徳に反するってんじゃなきゃ、ただのいち研究がこんな人目を忍んで行われることもなかったろーさ。


 たぶん、アンタッチャブルなんだろーなって気はしてるよ。


 でもさ、進んでみようぜ吉平。


 なに、なんか起こったら富子んトコに逃げ込みゃいーじゃない。そこのコブラツイスト四世がどーにかしてくれるんだから。」


 そう言って時代の名残の紙コップを空ける。


 一番最後が「人頼み」という辺りがテキトーながら、上等な退路を設えていては進めるものも進めなくなる。


「・・・仁帆よぉ。もうよ、アダ名が多すぎて乱打戦模様がとめどないじゃねーかよ、ったく。だがな吉平、これがおれたちのいわば対価だ。


 仁帆も下手すりゃ退職どころの騒ぎじゃねぇ。おれだってそうだ。

 しかしもうおまえさんの運命はおまえさんだけのモンじゃねぇんだよ。こっちの都合まで酌みゃ、それはもう国家的なハナシなんだ。


 ・・・あーん、おれが掴んだハナシを乗っけるとわかりやすいか。


 ここの研究課はマザーノイズの解析で被造子の無意識層へも干渉できつつあるってハナシなんだよ。


 ・・・えっと、進化論は知ってるな?

 今でもメジャーなのはその中の「淘汰進化説」だ。

 部位の形や動き、色や大きさ、狩りや戦いの強さ、それらを含めた「優秀さ」は突然変異で「そもそも持ち合わせていた素質のグレードアップ」として先天的に継承するんであって、「後天的に獲得した能力は遺伝しない」ってアレさな。


 ところがマザーノイズと個体振動数で解明しつつある謎多き被造子、ありゃまったくの別モンだったんだ。


 言っちまえば定説に逆行する「定向進化説」を人の手で作り上げたようなモンなんだよ。偶然や淘汰ではなく、能力や特長を「獲得すべく」向かって進化していく、ってヤツな。


 まぁこまっけーハナシは抜きにするが無意識や本能ってのは元からあるよな? で、いわば「野性」がその根源だ。


 だが高度に発達した人間には野生動物とは違う、複雑なイデアがその「野性」の領域である無意識や本能に組み込まれている。

 野生の本能とは異なる「本能」を持ってるってこった。


 たとえば「神」や「霊」なんかがそうだな。


 解釈や受け取り方は宗教・慣習で異なるけどよ、「自然の脅威」だの「人智を越えるもの」それから「死」に畏怖する心から生まれたモンが「神」や「霊」になる。獣にはねぇ概念だよ。


 だがそれは言葉や表現の違いこそあれ全人類的に根付いている「畏れる」なんだ。


 そして、さっきも言ったが「被造子」は人為的に「定向進化」させられた種。


 わかるな吉平?


 んだよ。


 徹底して特定の「種」、つまりは「被造子」に絶対的な感覚・感情を力で押し付ければ、「生き延び繁栄するため」に無意識の中へ、しかも遺伝させ続ける「本能」レベルにまで分け入って組み込むことができんだ。そうなれない種なんて消しちまえばいいんだからな。


 ・・・ふぅ。ヨソの研究機関でのハナシだが、ウィルスベクターによる様々な「干渉」技術が成功しつつある、ってのぁ聞いたことがある。

 個体に感染してDNAだのなんだのを書き換える技術だと思ってくれ。


 杞憂で済みゃいーんだがよ、コレが改良されたら作られた生き物・被造子に、「人間を神だ」と刷り込ませるさえ不可能じゃないだろ? 


 もちろん具体的な概念や思考体系を築けるかは解らねぇ。でもそういう無茶苦茶なことも現実にあり得る、ってことは理解してくれ。


 少なくとも今、この会社で「作ってる」被造子における「畏れる本能」がマザーノイズであり、それは個体振動数を度外視した「支配できる音」なんだ、ってよ。


 ・・・今はいいさ。ラットだ犬だ猿だで収まってるからな。


 だがもしこれが人間、あるいはそれに匹敵する知恵や知識を与えられた被造子ならどうなる?

 最悪を想定するのが危機管理の常道だ。おまえさんは今、「自分がそんな重責を担わされてるとは思わない」って感じてんじゃねぇか?


 大概そんなモンなんだよ。核分裂にせよダイナマイトにせよ、破壊的な存在を見出した人間もな。まさか自分が、ってよ。


 いーんだよ、だから。

 その責務をおまえさん一人で背負えなんて冷てぇことが言いたいんじゃない。ただその可能性がいま現実にココにあって、それを回避できる可能性も今ココにあるって自覚だけはしてもらいてぇんだ。


 おまえさんも仁帆も、おれが守る。当然だ。

      

 だから。

 だから協力してくれ吉平。策を練る時間はねぇんだよ。ファントムは一時的にシロートくれぇ攪乱できるが消費電力・時間その他諸々から洗い直せば一目瞭然のハリボテだ。

 こーゆーのはじっくりやりたい部類とはいえ始めちまったからにはもう猶予はない。


 今しかないんだよ。今、この時にすべて片付けるしか。」


 ただの、

 それはただの興味でしかないプログラムの開錠だった。

 まさかクラッキングシステムが内蔵され、ほぼ自動的に進展するメカニズムだとは及びもつかない「火遊び」だったがもう、それは引き返せない。


 二度はないチャンス。それはこのメンツで笑うことすら弾き飛ばされるかもしれない悪魔の契約だった。


 ただ


「日尾さん。ふぅ。・・・行きましょう、地下5階の本物のフロアへ。


 ふふ、大丈夫です。もうすでに管理権移譲ファントムが作動してライツオフは機能してますから。・・・これ初歩的な違法ダウンロード手順なんですけどどうも権限が強いみたいで。はは、会社のセキュリティに通用するとは思ってなかったんですけどね。


 何にしてもここからではセルフが作動さえしてくれません。地下5階から、というよりそこのシステムに直接接続しないと。」


 悪魔の契約とは多大な犠牲を払う代わりに、見合う対価が支払われるものだ。


「あっはっはっはっは。いーね吉平っ! 乗ったっ! あたいのIDがあれば最下層手前の研究室までは直行さなっ!

 きひひっ! 遅れるんじゃないよ下僕どもっ!」


 そう走り出す仁帆に、呆れるように、でも誇るように吉平は続き、堪えきれない高揚を抱えた日尾もその後を追う。 


 そんな三人を目の端で捉える者にも気付かず、希望とも野心とも取れぬ胸の高鳴りに身を任せた者たちは急ぎ地下3階の研究室へと向かった。


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