⑧ ハートの着火と取るに足らない言葉の光
「その声はっ!・・・・・・・・・・えと、誰?」
ふん、遅くなったねー、みたいにカッコつけている女が親指を立ててウィンクしているもののどうも誰だかわからない。
「なんだとぉこの三下ちぺっ!
・・・っつうぉ、なんだ、なんだこりゃああああっ!
そして、なんだそりゃああああっ!」
もうなんかうるさいのでアズゴは目を瞑る。
あー、ここはアレだな、我慢の時間なんだな、みたいに。
「うわあっ、え? パシェ?
なんか・・・大人になったね。ふふ、すっかり美人さんだなぁ。きっとニポも喜んでくれるよ?」
目頭に指をぎゅっとやるアズゴ。
まだね、ええ、そうよまだよ、と独り言を始める始末。
「え? えへ? そーか? アタイちょっと自分じゃよく見えないんだけどさ、えと、そ・・・ちぺはあれか? す、きか? あの、そ、・・・あ、アタイはアンタの短い髪とか好き・・・って違っ!
アンタなんだその斑っ! どーかしたのかっ?」
んん、おかしいわ。これは絶対おかしいわ。だってあの子にとっての初登場人物にして物語の最重要人物たる「台王・ロクリエ」ことアズゴおねいさんがこんなにも目立つ位置にずっと立ってるのよ、気付かないなんておかしいわ、とか思うアズゴ。
今までいっぺんたりとも邂逅したことのないパシェのリアクションに大変困惑している模様。
「え? 髪? あー。ふふ、あ、前はこの髪型だったもんね。僕さ、髪の先っちょがちょっとクルッてしてるからアヒオさんっぽくないんだけど、長いやつも嫌いじゃないよ。
ふふ、でもやっぱり短い方が邪魔にならなくていいかもなーっては思ってたんだ。確かニポも短い方が好きとか言ってたような・・・
ふふ、いろいろ片付いたら髪の毛切ろうかな。あ、この斑はたぶんクロだよ。」
おー短けーよっ!斑に関する感想が短けーよっ!髪の長さとかそんなん本編にあんまり関係ねーよっ!って言いたいのをグっと堪える台王・ロクリエ。
「な、なんだよぉ。こんな時っくらいちょっとオカシラの話はナシにしてさ、えと、えとさ、ちぺ、うんと、アタイこんな感じだったらその、・・・えと、ちぺってよ、彼女とかいんのかよ。」
おーおーちょっと待て何の話だこんにゃろう、その前にわたしに気付け、いや気付いていながらのウルトラCなのかこれ?現代っ子こえーなこれ、みたいなノリで話に混ざりたいアズゴ。
「うーうん。いないよ。パシェはいるの? 好きなヒトとか。
ふふ、でもお年頃だから秘密かなぁ。でもあれなんだろうね、それが本来のパシェの姿なんだろうね。
・・・ここにいるってことはもう知ってしまってるのかもしれないけど、パシェにはちょっと特別な血が流れてるからね。体がちゃんと年齢の分だけ成長しなかったんだね。
ふふ、僕はあっちの、えと外のちっちゃこいパシェも好きだよ?」
わーたーしっ!とジェスチャーらしき動きを始める世界の守護者。
気付いてほしいが声を掛けるとなんか負けた気がするのかもしれない。
アズゴは強情っぱりなトコがあるのだろう。
「え? え? なに、え、もっかい言って! 「も」って言ったろ? え? それって、それってもしかしてちぺ、え? もっかい言ってっ!」
目をるりるりさせるパシェ。
それもかわいいなと思うキペ。
霞みはじめるアズゴ。
「・・・・すまないキペ・・・あ、ちょ、ジャマだっただろうか?
えと、わたしは・・・・来てよかったのだろうか。」
えー、なんかそういうのは照れるよー、とやるキペに、ねぇもっかいだけ!とねだるパシェ。
その後ろからそっと出てきたカロは、そっと帰ろうかなと思ったそうな。
「ふふふ、じゃー続きはあとにしようねパシェ。・・・え、ふんがっ! カロさんっ! いつから・・・
あ、そういえば二人とも来ちゃったんですね。・・・あー。どうしよう。
・・・どうします、アズゴさん?」
そこでこっちにパスかよっ!と目を瞑り手をぴーんとやるアズゴが気持ちよさそうに体をのけ反らせる。
自分の役回りを自覚した、デキた大人の見本が彼女だ。
「え・・・と。な、・・・どうしろっていうのよ。あ、そうね、そういう話だったわ。わたしにどうしろというのよキペ。
・・・なにかこう、やりづらくなっちゃったじゃない。」
奇跡のような機転で話を戻す。
アズゴ自体は「あ、今わたし上手いことやれたわ」と満足気味だったが他の連中は彼女の会心の一撃を当然のようにいなしている。
すっごく遠くの方で「ボクの苦労がわかってくれましたかねぇ」と誰かの声が聞こえた気がするものの、そこはまぁ、無視する方向でいこうと思う。
「アズゴ、時に乗り守護する王。
知っているとは思うがわたしはカロ。休眠子からの前・真然体のようなものだから、類型上は覚醒子になるだろうか。
アズゴ、その問いにはパシェが答えたように思うが、どうかな?
わたしはあながち間違った答えだとは思わないな。
今を生きるわたしたちが決める。
歴史を見続け、そしてメタローグたちと知恵と知識を分け合ったあなたには歯がゆいこともあるだろう。わたしたちの未熟にもどかしく感じることもあるだろう。
だがどうだろう、わたしが気になるのはあなたらしからぬ一つの行為なんだ。
キペはさっき言っていたね、「僕を殺してみんなの記憶を押し込めればいい」と。
キペ、改めて説明しておくとね、わたしたちの記憶干渉は抹消することができないんだ。それはニポのことでも自分のことでも理解できるね? 押し込めるだけだ。
そうだね。ここに連れ込んだ以上、口外させない手段は「殺す」の一手しかない。記憶干渉ではいつまた呼び醒まされてしまうか分からないから。
・・・ふふ。アズゴ、あなたも気付いていたはずだ。あなたも迷っているということに。
ニポたちの命を奪わずわざわざ招いたのは、あなたも心のどこかで賭けてみたかったからじゃないかな。違うかい、アズゴ?
いつまでも古い時代の知恵者に手を借りるようでは困る、と。
今の時代の者に今の時代を決めさせてみたい、そう思ったからなんじゃないのかな。
わたしたちはあなたという存在から親離れすべきでありまた、あなたもわたしたちという存在から子離れすべき時が来ている、と。」
あは、パシェちょっとおさげほどいてみてよ。わー、なんかおねえさんみたいだねぇ、なんつー声が聞こえて、え?そーか、うふ、じゃーあれだな、おねーさんになったらその、アタイとちぺもなんつーか、お似合いなのかもしれないなー、とか聞こえてくる。
カロに、久々に殺意が芽生える。
「・・・そう、なのかもしれないわ。・・・ふふ、可能性、ね。
次代は次代を担う者に委ねるべきなのかもしれない。
でもそれは同時に破滅をより手繰り寄せてしまう可能性でもあるのよ?
わたしたちが命をこんな形にしてまでも守り通してきたもの、ユニローグは気楽に手渡せるものではないわ。アゲパン大陸全土を覆う戦を知らないあなたたちに危機意識があるかがいつまでも疑問に残るの。
ふぅ、でも。
悩んでいる、とあなたは言ったわねカロ。そこは正解よ。
だって、未来のことですもの。わかりっこない。
ふふ、あなたたちのようなヒトに出会うなんて当時のわたしに予期できるはずもないわ。
これは可能性。
未知の、ありえないと思うようなささやかな可能性の先の景色。
ついでに言っておくと、ふふふ、こんなにたくさんのヒトが怒鳴り込んできたことなんてなかったわ。ここでこんな風に笑うなんてこともね。
子離れかぁ・・・そうね。
だとしたら、それはつまりあなたたちを「親」であるわたしと同等に扱う、ということになるわ。
・・・言っている意味はもう、わかるはずよ。」
そう告げると、アズゴは一歩キペたちに近寄る。
その足元に、もう影はない。
「アンタ何する気だっ? アタイのちぺに何か変なことするなら容赦しないかんねっ!」
遮るように手を広げるパシェ。
睨めつける先の女の体からはまるで墨が紙に滲むように黒が、影が染み出している。
そして背後の男からも。
「大丈夫・・・・とは言えないかなパシェ。
でも・・・カロさん。
これが僕のやるべきことで、きっと僕にしかできないことなんですよね?」
足元に影を置くカロへ、斑に染められてゆくキペが問う。
金色の世界が、濁りはじめる。
「・・・すまないキペ。わたしではこれ以上きみについてゆけそうもない。老体だからね。」
そして一歩さがり、パシェの手を引く。
「なんでっ・・・なにっ? ちぺっ? もう仮構帯まで来たじゃんかっ! これで終わりじゃないのかよっ?」
手を伸ばせば触れ合える距離で、そしてアズゴはキペの前に止まる。
カロはパシェを護るように抱き、ただ見守る。
虹目となる前の澄んだ瞳で。
「最下層・ユニローグへの通行は「真然体への獣化」と同義よ。
本来なら自我を保った真然体がこの仮構帯を訪れ、わたしたちと共に生きるか、不適格者として「供物」になるか選んでもらうの。
キペ、でもあなたでは獣化することはできても自我を保つことはできないわ。そして自我を保てない真然体はただ糧となるだけ。永遠に閉ざされるだけ。
わかるわね?・・・だから獣化する前に取り込みたかったのよ。」
それは説明ではなく、確認だった。
「ええ、アズゴさん。でも、僕の命を奪うことはできますよね? 僕が誰かを傷つける前に。
・・・ふふ、なら、いいです。」
青年の、決意と覚悟の
「ちぺっ? どこ行こーってんだよっ! もう帰ろうよっ!」
もう会うこともないかもしれない
「カロさん・・・最期はお願いするかもしれません。」
会っても、それと判らないかもしれない
「キペ。・・・忘れてはいけないよ。たくさんのこと。たくさんのヒト。・・・いいね、キペ。」
そんな決断も、決意と覚悟があれば下せる時もある。
「はい。」
きっと、一人では歩けなかった。
「じゃあ、いいわねキペ=ロクリエ。」
最後にここへカロやパシェが駆けつけてくれたから。
「はい。」
まだ見えないちょっと先には、きっとニポたちがいるから。
「エシドを、受け入れる?」
一緒に歩いてきたヒトたちの、ぬくもりを今でも感じているから。
「はい。」
守りたいのだ、未来を。
「ではキペ。・・・ユニローグへ。」
笑いたいのだ、みんなと。
「はい。」
やがて影は闇となり、キペとアズゴの二人を包む。
その体も、その意識も、その心も覆い尽くして。
そして無辺際の心にヒトが築き上げた仮初の世界・共交層領域、
その最深部・ユニローグへとキペは沈んでいった。
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