第5話 S作戦

「ペンタローはさ、金庫開錠するの得意だったよね」


「ホワッツ?別に得意じゃないけど」


「前に金庫開けるのなんてお茶の子さいさいよ、って言ってたよね」


「何の話?知らんよ」


「スキルにそういうのなかったっけ。開錠スキルみたいな」


「なんか無理やりピッキングキャラに仕立て上げようとしてる!?」


 パンツは失望した。どうにも思い通りに行かない。


 ステマを習得したことでパンツが最初に思い付いたのは、ペンタローを村長の家に忍び込ませて金庫にある借用書を奪取する作戦だった。ペンタローのステルススキルは有能であり、まず見つかることは無いだろうと踏んだ。


 問題はどのようにして金庫を開錠するかだった。パンツは金庫を何度か目にしたことがあった。かなり重厚な作りであり、無理やりこじ開けるのは不可能のように思えた。


 ただ錠自体はそれほど複雑な作りではない。『誰でもできる鍵開け術』を読破し、自宅の金庫で何度もピッキングの練習をしたパンツならば開錠できる可能性があった。彼は常に自身の自由を勝ち取る機会を窺っていた。


 だがペンタローには無理だ。付け焼刃で何とかなると思えないし、そもそもあの平べったい手で緻密な錠操作が出来るはずもない。


「あと少しなんだけどな」


「よく分からんすけど。あと少しもう少しを超えた先の景色に辿り着いた者達をヒトは成功者と呼ぶんだと、わたくしペンギン族のペンタローは思う………うひぃー!!!」


 突然ペンタローが跳ねた。そのままの勢いでパンツの右足に抱き着く。


「どうしたの」


「なんか肩のあたり這ってるぅ!取ってけろっ」


 ペンタローの肩付近に視線を落とす。確かに毛虫らしき生き物が彼の肩に乗っていた。


 パンツは右手をのばして毛虫を払い落とした。


「はい。取ったよ」


「ありがたみ~。感謝感謝」


「うん」


「…………」


「…………」


「…………」


「どいてくれる?」


「ごみん。もう少しだけこのままでいさせて」


 どうやら心臓が落ち着くまで時間がかかるようだ。肩に虫が乗っただけでこれ程驚くとは繊細な生き物だとパンツは思った。


 ペンタローが足に引っ付いたまましばらくの時間が流れる。すると前方から草をかき分ける音が聞こえた。


「ちくしょう。返り血浴びちまった。ミラに怒られるぞ…………あ?このあたりのはずだが……」


 現れたのはガンヌだった。パンツの索敵で発見したゴブリンを倒してきたようだ。


 ただガンヌの様子がおかしい。目の前のパンツを無視する形で周囲をキョロキョロしている。


「おいパンツ、どこ行った!」


「…………」


 ガンヌが叫んだ。パンツには意味が分からなかった。


「道を間違えたか?ったく、だからこの森は嫌なんだよ……」


 ブツクサ言いながらガンヌは来た道を戻り始めた。ガンヌは大きな背中に視線をやりながら考えた。


「……………………お、あのバカ息子行った?もう喋ってもいい系?」


「うん。喋ってもいいけど…」


「けど?」


「ちょっと試したいことあるから付き合ってもらえる?」




 ★★★★




 夜。パンツの自宅。


 パンツとペンタローは茶をしばきながら作戦会議に興じていた。


 作戦名は『S(借用書強奪)作戦』。


「村長の家には基本的に村長と家事手伝いの2人しかいない。奥さんは10年以上前に他界してるし、息子のガンヌ夫妻は別宅に住んでるから」


「その2人に見つからずに金庫まで辿り着ければいいってわけすね」


 パンツは首を横に振る。


「家事手伝いのシーラおばさんは7日に1度、息子夫婦の家に戻る。つまりその日に忍び込めば、村長家にいるのは1人だけ」


「おお!」


 パンツは考える。彼はこの10年間、何もしなかったわけではなかった。特に最初の数年は反撃の機会を虎視眈々と狙っていた。まずは借用書奪取のために開錠技術を向上させ、村長やその周りの行動をつぶさに観察していた。


 だが最後の一押し、金庫までの到達方法が思いつかなかった。村長は金庫のある部屋で就寝している。彼に気づかれずに金庫まで辿り着き、更に開錠まで試みるのは至難の業だった。


 いっそのこと村長を殺してしまうのはどうか。そんな考えも浮かんだことがある。だが2つの理由で止めた。1つはガンヌの父親なだけあって、村長も中々の実力者だということ。読書家の文系雑用係では返り討ちに遭う公算が高かった。


 もう1つは亡き母の訓えを守るために。他人を殺めることは否定しない。ただし自分の身を守るため、もしくは大切なヒトを守るため。その2つ以外の殺人を私は許容しないと。


 いくつか授かった母の訓えはパンツの身体に強く浸み込まれていた。


「じゃあ家事手伝いのおばさんがいない日に【ステマ】で村長家に一緒に忍び込んでさ、パンツのスゴテクで金庫開けて―の、借用書強奪って流れね」


「そう。実験で分かった通り、ペンタローに触れていればボクも気配を隠せるから」


 スキル:ステマ。その実態は対象の気配を希薄にするものだった。透明人間になるわけではない。あくまで知覚に訴えるものであり実体は存在する。


 だがその効果は絶大だった。声を出したり物音を立てたりしなければ、まず気づかれない。移動することも可能。持続時間は今のところ不明。1時間は持った。今回の作戦には支障をきたさないと判断。


 実験で判明したことがもう1つあった。ペンタローに接触している間は、パンツもステマの恩恵を授かることが出来る。これが大きい。パンツもペンタローと共に村長宅へ侵入することが可能となる。


「不測の事態が発生したらすぐに撤退するよ。姿が見られなければ何度でも挑戦できるからね」


「りょかーい。ちな、借用書を奪ったらその後どうするわけ?」


「とりあえず何もしない」


「なんも?」


 頷く。


 もしも村長が借用書を法的文書として国に登録申請を行っていた場合は、債権者の本人確認を経て再発行することが出来る。村長が再発行手続きを行った場合は、借用書が本物である証左となる。何も動かなかった場合は、偽物もしくは法的効果のないモノとなり、パンツは実質的に自由の身となる。


 村長の動きを以って借用書の真偽を判断するつもりだった。


「法律系の本も読んでおいてよかったよ」


「よーわからんけど、成功するといいねぇ。ちなみに家事手伝いのおばちゃんがいなくなる日っていつ?」


「明日」


「はやっ!」


 明日の夜、決行。

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