美園ミユカの初恋

空間なぎ

第1話 コタツにて、初恋

コタツに突っ込んだ私の足と、彼女の足が軽くぶつかる。瞬間、電気ショックでも与えられたかのように私の足は自由意志で跳ねて天板にドン!


「イッタ……」


うめく。「おー?」のんびりとした声を出しながら、彼女が横になっていた体を起こして私を見る。普段より3割増しで寝不足をうかがわせる二重のまぶたが戸惑ったように数回、閉じて開いた。制服にシワがつくことを厭わず、我が家のホットカーペットに盛大に寝転がり、コタツに下半身を突っ込んでいる彼女。こうして私の部屋でくつろいでも何ら不思議じゃない、私の幼なじみで友達で腐れ縁で、私の初恋。


今日の放課後だって、これまで幾度繰り返したかわからないほど普遍的で、日常で、彼女が私の気持ちに気づかないのも変わりない普通のこと。


「だいじょぶ?」


気の抜けたトーンで生存を確認される、けど私の足はジンジンとまだ痛む。こりゃ明日のお風呂場でアザになった現場を見れるだろうなぁ。


「大丈夫……」


「足つった?」


さすがにここで「あなたの足に触れたから」と正直に申告するのは躊躇われた。読書をしていた私がうっかり当ててしまったのか、あるいは寝転がりスマホをいじっていた彼女が動いた結果なのか詳細はどうでもよくて、問題なのは言い訳で。


「あー、なんというか、そんな感じ」


「運動不足だな、こりゃ」


必死の言い訳も、耳の痛い正論に軽く流されて、私は本に栞を挟んだ。元から彼女と同じコタツで暖をとった以上、必要としているのは暇つぶしの適当な小道具だ。彼女は「ねみー」と言いながら再びホットカーペットに体を預け、頬をつける。

……あまりそういうことはしないでほしい。

別に変な気を起こすわけじゃないけど、ひとりになったとき意味もなく思い出してしまうから。


「少ししたら行く?公園とか」


彼女からの提案には、素直に頷けなかった。

それが私の足がつったことに対する運動不足の指摘、改善策をすぐ実行に移そうという崇高な目的なのは理解している。が、今日は既に体育で走らされたし、彼女とコタツでダラダラ過ごすのが最近の私の癒しなだけに承諾しがたい。シンプルに外は寒いからというのもある。秋が地球の都合により短縮された現代では、夏は恐ろしく暑いし冬は普通に寒い。秋という概念がなくなりつつあるのに、私たちはいつまでも鷹揚としている。


「微妙てきな」


断ろうとして断りきれなくて付け足した「的な」のニュアンスを汲み取ってか、彼女は笑った。


「そう言われると行きたくなる、不思議」


「えぇ、本気?」


「美園が運動不足なのが悪い」


彼女と公園に行くのも、ありふれていて嫌いじゃない。幼い頃は一緒に砂の城を作ったり、どんぐりを集めたりしていた。小学生、中学生のときは水風船で遊んだりブランコで競ったりとか。とはいえ、学校という名の集団に属するようになってからは、ほとんどの放課後はクラスで集まって遊んでいたし、最後にふたりで公園に行ったのはいつだろう?……にわかに行きたくなってきた。


名残惜しくもコタツと足が悲恋の別れを遂げ、彼女は立ち上がった私を「まじか」と見上げた。


「正気?」


「あんたが言ったんでしょうが」


コタツとホットカーペットの電源を切ると、彼女はコタツに潜り込んで頭だけを出した。立派なコタツムリの出来上がりである。こんなに好き勝手に動いたって、明日登校してくる彼女の制服にシワひとつ見られないのは世界七不思議のひとつ。


「ほら、行くよ」


提案した奴が行きたくないと駄々をこねて、受け入れた奴がさぁ行こうと張り切る。


「風強いし」


「行くの」


はやる気持ちのままに彼女の両手をつかんで引っ張ろうとして、私は思わず手を離す。よくない、無意識に支配されてうっかり触れてしまった。


「なんで離すのさぁ」


「……なんでも?」


未練がましく半眼を向けてくる彼女を一瞬、視界に入れてしまってから後悔。ああ、言い訳も下手で自分に悲しくなる。なんで一挙手一投足に、ここまで敏感になってしまうのだろう。


初恋だからか。


初恋だからなぁ。

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