第44話 この部屋は一泊金貨一枚じゃぞ?

 ジリリリと、部屋に鳴り響くけたたましい電子音で僕は目を覚ました。


 この騒音がどこから聞こえてきているのか、耳を研ぎ澄ました。


「このアラームのような音はどこから……アラーム?」


 壁掛け時計に目を向けると、時計針は朝の六時を指し示していた。

 魔力を通していないのに、壁掛け時計は時を刻み尚且つ起床時間まで知らせてきた。


「なんで、動いている、この時計は……まさか!」


 僕はベッド横に置かれていたリモコンに手を伸ばして、全灯と書かれたボタンを押した。すると、人工的な明かりが部屋全体を照らした。

 次にベッドから跳ね起きて冷蔵庫に向かい、ごくりと唾を飲み込んでから扉を開けた。

 ヒンヤリとした冷風がお出迎えしてくれた。冷蔵庫の中にあったのは色とりどりの液体が入ったガラス瓶のみだった。


 ガラス瓶に触れてみると、寒いとすら感じるほどキンキンに冷えていた。


 洗面台の蛇口をひねると水が出た、もちろん冷水と温水の切り替えも可能だった。


「明るいし、冷たい……温かい……一体どうなってるんだ⁉」


 朝から僕は一人混乱していた。


 魔具は魔力を動力源にすることで稼働する。魔力が宿っていない僕は魔具を扱うことはできない。だけど、この部屋にある魔具はそんなことお構いなしに動いている。


「どうもこうも、係員が前もって魔力を込めておるだけじゃろ?」


「……どういうこと」


「そうか、そちは知らなかったのか。しょうがないにゃ~、我が教えて進ぜよう。魔具の一部には事前に魔力を込められるものがあるんじゃ。まあ簡単に言うと……あれじゃ充電池! じゃから、魔力がなくても使えて当然じゃ。最新式じゃと予備の魔具があれば、交換とかもできるらしいぞ」


「なん……だと⁉」


 リンから衝撃的な事実を告げられたショックで僕は言葉を失った。


 リンがこれほど情報通だとは知らなかったが、何となく心当たりがないこともない。冒険者ギルドに行くたびにリンはガレスと世間話をしていた。そこできっと情報を仕入れていたのだろう。 


 せめて出発前にそのことを知っていれば、少しでも楽に旅ができたんじゃないか。


 魔力がないからと泣く泣く我慢して棚に戻した懐中電灯。あれの最新式が発売されているのなら、その時はどれだけ高かろうが値段を無視して買う、買ってやる。あれさえあれば、夜道も堂々と歩けるし暗がりの場所とかも探索しやすくなる。

 今後、旅する上で絶対と言っていいほど必要になるはずだ。光源のために鬼火や松明、ランプを灯すのも慣れたから、別に面倒ではないんだが煙たいのが辛い、特に風向きが変化して目に入った時は、やり場のない怒りがこみ上げてくる。


 そのストレスが少しでも軽減されるのであれば、値段なんて二の次だ。とはいっても、懐にある硬貨だけでは少々心もとない気がしてきた。町に滞在している間は、極力依頼を受けてお金を貯めるようにするか。いい塩梅の依頼があるといいな。


 ここの宿泊代も一週間で金貨五枚だったし、消費も抑えるようにしないといけないな。って、こんな部屋と同額の木刀ってヤバすぎだろ。


「……いや待てよ、この部屋もそこそこ高くないか」


「それを分かってメグルはここに泊まることを決めたんじゃろ?」


「えっ、最初に目についたのがこの宿屋だったからという単純な理由。国境町というほどだし、部屋が空いてない可能性とかもあるから、見つめたらすぐに部屋を取っておかないと……って、思ってさ」


「そうじゃった……我の主はこういう人物じゃったわ。この宿屋は国境町の中でも比較的リーズナブルじゃぞ。ただこの角部屋だけは別格じゃがの」


「僕は部屋の指定まではしてないぞ」


 部屋を予約する際に、女将に身分証明として冒険者カードを提示し『一週間泊まりたい』と言っただけで、本当にそれ以外のことは何もしていない。


 そのやり取りの最中に女将は一度だけ一秒にも満たない刹那、彼女は目を細めていた。


 そこで気づくべきだったのかもしれない。

 僕がミスリルランクだと彼女に気づかれてしまったことを。


 女将はこう思ったはずだ、ミスリルランクであれば、名声も地位もそして富もあるだろうと。


「ミスリルランクなんだから、金持ちだろうってことか……」


「ふむ……メグル。それは正しくもあり間違っておる」


「えっどういうことだ」


「金払いのいい客と思っておるのは事実じゃろう。じゃがの、それ以上に女将はミスリルランクに相応しい部屋を、最高の癒しをと思ったはずじゃぞ。それにの、そちは高い高いと言うがの。本来の価格じゃと、この部屋は一泊金貨一枚じゃぞ?」


「なん……だと⁉」


 僕は五分前とまったく同じリアクションをしてしまった。

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