第43話 悠長に世界旅行していいのか
この町の冒険者や受付嬢の大半は獣人族の人たちだった。そもそも町民のほとんどが獣人族のため、必然的にそうなるのはごく自然なことかもしれない。
町で見かけた人族のほとんどは商いをするために訪れた行商人ばかりで、町民としてここで暮らしている人は本当に少なかった。
ただそうはいっても国境町というのであれば、もう少し人族がいてもいいような気もする。が、残念なことに僕は、この状況も納得できるし理解もできる。
クラーク共和国の国民からしてみればアライア連邦国は何もせず、ただお金を配っているだけに見えてしまう。
実際はそうじゃないかもしれないが、庶民の視点からだとそう感じてしまうのも仕方がない。
それはそうと町を散策したおかげで、僕は色んな耳や尻尾を堪能することができた。
眼福の一言に尽きる。
そこでまた気づいたこともあった。リンが行き交う獣人族を目で追うことがしばしばあった。
ふと思い返してみると、冒険者の町にいた時にもリンは時たま今のようにジーっと通行人を眺めることがあった。もしかすると、あれは同族……ごほん、獣人族に気づいて興味を示していたのかもしれない。
その後、日も落ち薄暗くなったことや、町中を出歩く人が減り始めたことを機に宿屋に戻った。
晩ご飯を済ませ部屋に向かった。僕の部屋は階段を上がり廊下を曲がった最奥の角部屋だった。内装はシングルベッド、クローゼット、タンスに三面鏡付きのドレッサー。他にも天井照明、冷蔵庫やエアコンなどの魔具まで完備されていた。部屋自体もそこそこ広く十畳ぐらいはありそうだ。特に驚いたのは、個室では見かけたことがない洗面台に壁掛け時計まであったことだ。
思ったよりもかなりいい部屋なことに驚いたが、それらを一旦全部記憶から投げ捨て、ひとまずベッドに倒れ込むことにした。
別に体調が優れないというわけでもないが、ベッドが視界に入った瞬間そうしなければと、誰かが僕に命じている気がしたからだ。
日干しした布団が全身を優しく包み込む。自然とまぶたが重たくなっていく。
見知らぬ土地で見知らぬ人と接したことで、少しばかり気疲れをしていたらしい。
僕は布団に顔を埋めながらリンに心の内を吐露した。
「なあ~リン。とりあえず一週間はこの町に滞在するとして、その次の予定はどうしようか?」
「ギースからも好きにやるように言われておるしの。行き当たりばったり? 心が思うままにそちのやりたいようにやれば良いのではないか?」
「そうはいっても、ガレスたちが戦火に巻き込まれるかもしれないのに……僕の夢だったとはいえ、悠長に世界旅行していいのかとつい考えてしまう」
あの日、出発前日のことがまぶたに焼き付いて離れない。
表情一つ変えずにただ一言『お疲れ様でした』と口にした彼女。友好関係が築けた数少ない人物。出発当日に見送りでもしてくれるのかと勝手にそう思い込んでいた。
もしかしたら二度と会えないかもしれないのに、なんて淡白な別れ方をしてしまったのか。
「はあ~そちは律儀というか面倒くさい男というか……メグルがたった一人でどうこうしたところで、影響は微々たるもんじゃ。そちはあれか? 一人でバジリスクを倒したからって、調子に乗っておるのか。そちがおらずともこの町の騎士団なら何ら問題なく討伐しておるよ。つまりじゃの、そちが心配するほど、あやつらは弱くはないということじゃ」
「あーもう。そういうことじゃなくてだな……いや、そうか、そうなのかもしれないな」
「まあ我の妖力を授かって、調子に乗りたくなるのも分からんではないがな!」
リンは高飛車な態度をとると、すぐさま僕の背に飛び乗った。
そしてピョンピョンと人様の身体を使ってトランポリンの如く飛び跳ねて遊びだした。
猫又の体重は見た目どおり猫と何ら変わらない。尻尾が二つある分、数十グラムは重たいかもしれないが、これぐらいは誤差の範囲だろう。
何が言いたいかというと四、五キロある動物が蹴り出す力と、体重に重力を加算した着地時に生じる衝撃は凄まじいということだ。それが一定間隔で途切れることもなく、リンが飽きるまで延々と続いた。
リンが構ってくれるのは嬉しいし肉球の感触も悪くない。むしろご褒美だとすら思うのだが、身体はもうやめてくれと拒絶反応を示していた。
僕はいつしか気絶するかのように意識を失い眠りについた。
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